第30話 召喚貴族としての矜持
シェリダン=ファドラッサは決して馬鹿ではない。
今回のクーデターだって当然計画時から成功するつもりはあったし、そうなるように根回しを怠らなかった。それでも最悪の事態に備えて何パターンかの負け筋を想定し、"理想的な負け方"を導き出していた。
しかし、この負け方は完全なる想定外だった。
何故ならばシェリダンからすればクーデターは成功裏に終わったものと認識しており、今はもう後処理の段階であって王家のメンツの為に茶番に付き合ってやろう、という感覚だったのだ。
シェリダンはトリッシュが王家と連絡している、という情報までは掴んでいたがそれが縁談という可能性は完全に考慮の外にあった。
何故なら王家筋から嫁ではなく婿を貰うというのは普通に考えてあり得ないからだ。
この世界はどうしても家を継ぐにあたって男性が優遇されがちだ、これはカードの腕で大体の立場が決まる召喚貴族に関しても例外ではない。
息子と娘で争い、おなじぐらいの腕前であれば息子が選ばれる、それが常識だ。
嫁ならばまだ良いのだ、直系の娘、例えばカスミ等なら話は少し変わってくるが遠縁の嫁なのであれば喜んで迎え入れる。
ただ婿は厳しい、どうあがいても主導権を握られる可能性が出てくる。
王家とは付かず離れずの動きをモットーとしていた父パットンなら絶対に断るはずだった。
だがその後のカスミとトリッシュの動きからトリッシュの後継者への復帰のためというよりは縁談を用意した王家の面子の為に動いている、という印象をシェリダンは受けた。
そしてそれはトリッシュが宣戦布告をしてきたタイミングでほぼ確信へと変わる。
だからこそ「勝ったほうが次期当主である」という勝負も特に抵抗なく受け入れたのだ。
王の臣下たる身であればこそ面子は立てなければならない、このぐらいの茶番には付き合ってやろうと。
何よりトリッシュを引き取ってくれるのであればシェリダンも受ける批判が軽くなるという理由もあった。
だが、今その状況が根底から覆されようとしている。
トリッシュが持ち込んだ謎のデッキによって。
「私のターン…マナを5支払い<王機ズルフィ>を召喚し、1マナで<王機パーシー>を召喚する…」
王機ズルフィ 5 3000/7000
[盾持ち]
このカードがフィールドからセメタリーに送られた時、セメタリーから<王機>カードを1枚手札に戻しても良い
既に公開処刑の様相になっているがトリッシュは降参しろとは言わない。
ここで降伏を促し手心を加えてしまえば確実に禍根を残す。
それで後々困るのは自分だけではなく、自分の伴侶と子孫、更に言えば家中の者全員が被害を被るのだ。
「私は4コストを支払い<徴兵令>を発動します」
徴兵令 4
手札を1枚セメタリーに送り、3コストのユニットを1体ランダムでデッキから手札に加える。
汎用魔法カード。
3コストがキーとなるデッキは3コストユニットを引きたいユニットのみ投入して完全に引き切る動きが強い。
だが4マナの時間帯にこのカードを使うのはかなり悪手なので使うタイミングには注意が必要。
当然ながらこのデッキには<天下二槍 日本号>以外の3コストユニットは入ってない。
「<天下二槍 日本号>を3コストで召喚し、<王機ズルフィ>に対して9000ダメージを与えます。場に<天下一槍 御手杵><天下二槍 日本号><天下三槍 蜻蛉切>が揃ったため、<天下三槍揃い踏み>が生成され、手札に加えます。<天下一槍 御手杵><天下三槍 蜻蛉切><ドリランテ>でプレイヤーを攻撃し、ターンを終わります」
「ぐあああああああああ!!」
合計13000ダメージを喰らいシェリダンが膝をつく。
いくら召喚貴族が痛みに耐えるために鍛えているとはいえ、1万以上をダメージを一度に受ければたまったものではない。
「そのような…借り物のデッキで…<王機>を…ファドラッサを継ぐというのか…貴様に誇りは…ないのか…」
「私からデッキを取り上げた人間が言う言葉ではないと思いますが」
「<王機ズルフィ>の効果で手札に戻した…<王機マガフ>を…召喚する…<王機パーシー>で<ドリランテ>を攻撃し…破壊され手札に戻った<王機パーシー>をもう一度召喚…」
もうシェリダンに打つ手はない、だが降伏を願い出たりはしない。
当然、召喚貴族としての意地もある。
ただそれ以上にトリッシュが降伏を認めないのがわかっているからだ。
自分が同じ立場であれば同じく認めない、それがわかっているからこそ降伏は願い出ない。
全てを覆されたシェリダンは残った最後のプライドで貴族として死ぬ事を選んだ。
処刑は続く、ライフが0になるまで。
2ターン後、<天下三槍揃い踏み>がシェリダンに直撃し、後継者争いは終了した。
「…勝者トリッシュ、…事前の取り決めによりファドラッサ家の後継者はトリッシュ=ファドラッサとなります」
カスミが宣言した瞬間、ファドラッサは後継者からクーデターの主犯の転がり落ちた。
外から兵士が入って来てファドラッサと随伴した部下を拘束する。
「認めん…認めんぞ…そのような借り物で…他人の力で…」
拘束されたシェリダンはうわ言のように呟いている。
「…では私が<地王機>を使うにふさわしい力を持っている事を証明すればよろしいのですね」
「…?」
シェリダンはわけが分からないという顔でトリッシュを見る。
「カスミ王女様、ウィル様、クレア様、それにテンマ様の王家の親衛隊の皆様、我が家の揉め事に付き合わせてしまい誠に申し訳ありません。この期改めて我が家でおもてなしをさせていただきます」
トリッシュはシェリダンを無視し、後ろを向きならい優雅にカーテシーで挨拶をした。
「ファドラッサ家領主、パットン=ファドラッサで御座います、この度は我が家の恥を皆様に晒してしまい、誠に申し訳ありません」
ファドラッサ家本館の執務室。
拘束したシェリダンからデッキを回収した後部下と一緒に馬車に詰め込み、兵士と一緒にトリッシュが屋敷に入り勝負に勝った事を宣言。
直後こそゴタゴタしたものの大きな争いもなく反抗した家臣を制圧し、その後監禁されていた家臣や領主を開放した。
「私、トリッシュ=ファドラッサからも謝罪をさせていただきます、皆様、本当にご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」
パットンと一緒にトリッシュも頭を下げる。
「シェリダンは今監禁して王家から呼んだ親衛隊に警備させています、身内だと逃がす可能性もありますので」
「ありがたいお話です、今は情けない話ですがどうしても敵味方が判別できない状況で…」
パットンが答え、続けてカスミが確信を問う。
「パットン様、シェリダンの処遇はどうするおつもりですか?」
「…あれでもかわいい息子です、できれば命だけはと思うのが親心ですが…」
「決めるのはファドラッサ家の裁量になりますが、今後を考えると王家にも影響が出る可能性がありますので、そこはご考慮頂ければと」
「そう…ですな…」
パットンはちらりと後ろに控えている天馬を見た後、天を仰いだ。
パットンは天馬の事情をおおよそながら知っている。
トリッシュと天馬の婚約も承知済みなのだから当然だ。
未来の娘婿と孫の為にわざわざ不安要素を残すような事をする気はない。
微妙な雰囲気で一時会話が止まる中、近衛兵が執務室に駆け込んできた。
「お話中申し訳ありません、反乱に加担した者たちがトリッシュ様と話したいと騒いでおりまして…」
近衛兵は困ったようにそう言った。
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館の反乱分子の制圧と監禁された人間の開放はカスミが呼んだ近衛兵が行いましたが、王家の内政干渉と取られる事を防ぐ為にトリッシュが勝利し領主の後継者として確定した瞬間に王家に要請し借りたお金で兵を借りた、という体裁になるように事前に契約書を作成済です。
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