第32話 鎖・全員集合 包囲網・完成

 俺達は一泊したあとパットンさんに見送られそのまま王都へ戻ることになった。

 国家選抜出場と継承の諸手続きに王都へ行く必要のあるらしいトリッシュさんも一緒だ。



 今後のファドラッサ領はトリッシュさんが正式に後継者として継ぐ事になったが、

クーデターの後処理や国家選抜や対抗戦の兼ね合いで当面の間はパットンさんが領主のまま据え置く形に。

 シェリダンと首謀者の数名は残念ながら処刑されてしまうとの事。

 王女やウィル曰く「当然の措置」だそうだが、やはり元の世界で平和な国で暮らしていた自分としては慣れないものがある。とはいえ判断を下したトリッシュさんの前でもあるので表情には出さない。

 クーデターに加担した連中は罪の等級に応じて約1ヶ月後に処罰が下されるそうだ。

 この1ヶ月後というのは召喚法の公表後に刑を確定して処置を行うためらしい。

 そして<天下三槍>デッキは返却して貰い、カード提供に関しては対抗戦前に改めてという事になった。


 ファドラッサ領から王都までの道のりは順調そのものだったが、とにかく女性陣が近い、めちゃくちゃに近い。


 昨日のあーんから始まり、密着する・手を握ってくる・果ては頭を撫でてくる。

 これを3人が代わる代わるやってくるのだ、意識するなというほうが無理だ。

 婚約者いるんでしょと何度も言ったが大丈夫だから!で押し通されるし、ウィルにもせめてクレアに止めるよう言ってくれと訴えたが、「ま、いいんじゃない?」で済まされた。

 いいわけねえだろうがよぉ!

 ただ勘違いしてほしくないのは決して彼女たちが嫌いというわけではないということ。むしろかなり好きになってしまっている、完全にラブだ、だからダメなんだよ…。

 俺もうクレアとカスミ王女と結婚して新生活してる夢3回ずつ見てるんだよ…。

 でも彼女らには婚約者がいるわけで…。

 生殺しじゃんこんなの…。





 そんな事がありつつも無事に王都に帰還し、カスミ王女とウィルは報告があるからと王様へ謁見へ、俺とクレアとトリッシュさんは暫く客室で休憩しておいてという話になった。


 勝手知ったるなんとやら、という感じでクレアに客室まで先導され入ると、そこには見知った女性1人と見たことのない少女が1人佇んでいた。


「お久しぶりですテンマ様、クレア様、トリッシュ様、シオン=セレクターです」

「久しぶりというほどではないけど…こんにちは、シオンさん」


 相変わらず佇まいはかっこいいシオンさんに頭を下げる。


「は、初めましてテンマ様、トリッシュ様。お久しぶりですクレア様。わわわたしはタケハヤ家の次女のナギと申します、こ、今後ともよろしくおねがいします!」


 緊張した面持ちの女の子が頭を下げてきた。

 タッパは小学生か中学生ぐらい、首下ぐらいまでの黒髪ストレートの女の子、タケハヤ家と言っていたがなるほど顔つきはヤエさんの面影がある。

 綺麗より可愛いが先立つ、前の勤め先では絶対に見なかったタイプの子だ。


「初めまして、ナギ…さんかな。テンマです、よろしくね」


 商売柄子供の相手は慣れているので、商売用のパーフェクトな笑顔で挨拶する。


「ナギさんは貴族学校に通っていたのですが、ちょっと問題がありまして今休学して王宮で個別指導を受けているんですよ。ですので、テンマ様やトリッシュさんに話相手になってもらえれば、と」


 へえ、いじめとかかな…まあ初対面で突っ込んだ話をするのは絶対にNOだ、向こうから話をしてくれるのをひたすら待つのがコツ。


「そっかそっか、よろしくねナギさん」


 そういって手を差し出すと、その手の両手でにぎってぺこりと頭を下げるナギさん。

 可愛いなぁ…。


「ともあれ今日から暫くは王城内で休暇となります、テンマ様本当にお疲れさまでした」

「いやいや、色々あったけど楽しかったよ。といってもどちらかと言うと今からが本番なんだろうけど」

「そうですね、発表の前までにはテンマ様にもやって頂くことがありますので…」

「あ、そうなんだ」


 てっきりここからは俺ノータッチで王国の人らが全部やるもんだと思ってた。

 俺は対抗戦参加資格もないし、そもそも出る気もないしなんだろうね?

 発表の前だからリハーサルかなにかの手伝いかな?



 やって頂くこと。

 この言葉の意味をもっと突っ込んで聞くべきだったと俺は後々物凄く後悔することになる。





 その日、天馬は後から合流したカスミを含めた6人でスキンシップ多目の談笑した後、もう疲れているだろうから、という事で割り当てられた部屋に戻された。

 残ったのは女5人、天馬を縛る鎖が揃い踏みである。


「では!これよりテンマ対策会議を行います!まず初対面のナギちゃん!どうだった?」

「は、はい!カスミさま!わ、わたしとしては多分うまくできたかと!」

「傍から見ていてもかなり距離を縮めていましたよ、テンマ様が子供好きというのは本当のようですね」

「大丈夫そうだね。じゃあ次!シオンはどうだった?」

「私も緊張せず話せたと思います。先の対面の時もそうでしたが私の立場を知っててあのような優しい対応をしてくれるのはクレアさんが言っていた王国で一番の結婚相手というのは本当なんだな…と改めて思いました、私には本当に勿体ない方です」

「うんうん、テンマは優しいからね…。クレアは問題ないとして、トリッシュもそこらへんは大丈夫そうだね、しっかしトリッシュがあんなにうまく男性とコミュニケーションが取れるだなんて正直意外だったよー」

「私も貴族な訳ですし、婿を取る身でしたからそのあたりはちゃんと教育されましたね、一歩間違えれば簒奪の危機もありますから…」


 トリッシュは外見こそ現代で言えばいわゆる文学少女や委員長といった佇まいだが、それはあくまでもそういった印象を与えるためにそうしているに過ぎず、実際は貴族として、後継者として相応しい器量を備えている。

 旦那を立てて一歩後ろに控えて良妻賢母をアピールしつつ、当の旦那を完全に操るなんてこともやろうと思えばできる。

 女性は怖いのだ、とても。


「よし、じゃあ次は今後の予定についてよ!」


 カスミは懐から大きめの紙を取り出しテーブルに広げる。


「作戦決行日は今日から10日後!開始から3日以内に落とす!決行当日夜は関係者を集めて食事会を開く事になっているわ!お父様とお母様にも根回し済よ」


 カスミは細かく書き込まれた紙を見ながら概要を説明していく。


「まず私とクレアは既にかなりの時間慣らしているから皆のフォローに回るわ」

「お任せください」

「トリッシュ・シオン・ナギちゃんの3人はとにかくこの10日で限界まで距離を縮める事!必要な物資があればすぐに用意するから言って頂戴」

「「「はい!」」」

「ただし!テンマは女性とお付き合いしたことがないから免疫があまり付いてないわ!私とクレアで随分と慣らしたけど、それでも貴方達から急に迫られれば嬉しさより驚きが勝ってしまうはず。とにかく焦らず、自然に、でも大胆に!あと10日で限界ギリギリまで密着なさい!」

「「「はい!」」」


 3人が力強く返事をする。


「それと、皆予習はきっちり済ませておいてね!ナギちゃんは王宮に来てから習ってるから急で申し訳がないんだけど…」

「は、はいぃ…」


 何の予習か、というのは聞くだけ野暮な話だ。


「あと、当日のテンマは軽い酩酊状態になっているはずなので、服を脱がす練習もしておいてね!後で当日着せる服持ってくるから!」


 全ては予定通りに事が運び、ハルモニア家と王家が描いた青写真の実現はすぐそこに迫っている。


「いい?私達は10日後に一蓮托生の仲になるの。手抜きも抜かりも無しでいくわ!頑張るわよ!」

「「「「おー!」」」」


 山城天馬本人以外の全ての利害関係者の同意が完了し、めでたく天馬包囲網が無事完成した。

 ことここに至っても本人は気付かない。


 その後、5人による距離を縮めるための作戦立案と必要物資のリストアップが夜更けまで続いた。



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