第24話 跡目争い
俺たちはあの後馬車で領都を脱出し、近郊にある街の宿を王家の意向で強引に貸し切り&店員の締め出しを行った。
この間全員無言。
ウィルが唇に人差し指を当ててしゃべらないように俺に警告してきた。
「トリッシュ、着てる物全部脱いで、それ全部焼くから。代わりの着替えは私の予備のを使って下着は買いにいかせるからサイズ教えて」
宿についたや否やカスミ王女が指示する。
どうも発信機と盗聴機(貴族でも躊躇する値段だけどあるらしい)対策だそうだ。
車内で喋らなかったのもそのせい。
そして発信機は俺の服にも付いてるらしい、マジ?
「落ち着いたところで、説明して貰うわよトリッシュ」
「はい…」
「あ、そうだテンマ、紹介しておくね。ファドラッサ家の跡継ぎ候補のトリッシュ=ファドラッサよ」
「トリッシュでございます、ご迷惑をおかけしております…」
トリッシュさんは涙目で力なく俺に頭を下げた。
自己紹介も終わり事情聴取を行う。
トリッシュさんから聞いた話はこうだ。
この世界、継承権は王家は長男相続だが、貴族は家によって違い、ファドラッサ家は適齢期の令嬢令息の中で一番強い者が継承者、というスタンスを取っていた。
ファドラッサ家特有というよりは召喚貴族はだいたいこのスタイルらしい。
トリッシュ=ファドラッサがファドラッサ家の跡目である。
というのは既にファドラッサ家領主であるパットン=ファドラッサが決定しており、長男であるシェリダン=ファドラッサは跡継ぎ教育からは早々に除外され流れてくる情報もかなり制限されていたそうだ。
当然ながらシェリダンは良い気分になるはずもなく、トリッシュさんが言うには領主になることに決まった2年前から既に兄妹としての仲は崩壊していたそうだ。
そんな彼の耳にも王宮からトリッシュに対して連絡があった、という話ぐらいは漏れてくる。更に父親であるパットンが風邪を拗らせるという事態も重なり、彼は一世一代の賭けに出た。
クーデターである。
トリッシュさんは元来おとなしい性分であり領主には不向きとされていたが、貴族としての最低限の教育はされているし適性がない訳ではなく、前領主であるパットンと家臣団、更に婿を取って皆で支えれば良いだろう、というスタンスだったらしい。
だがそれを一部の家臣は嫌ったのだ。
現在父であるパットンがいわゆるワンマン社長のようなスタンスを取っており、トリッシュに代替わりすると性分的にその方針が180度変更されるのが目に見えている。
それを嫌った家臣の一部とシェリダンの派閥が利害の一致から以前から水面下で手を組んでいたそうだ。
そして王家からの手紙が来た事でシェリダンも一部の家臣もいよいよ後継者が確定してしまう、と危機感を持ち家長の体調不良を景気に両派が行動を起こした、というのが今回の顛末らしい。
「父と私、それから味方であった家臣は家中に軟禁され、デッキを奪われました」
トリッシュさんが泣きながら話し続ける。
「デッキを奪われたのは私の責任です、ですが王家からの手紙を処分するのを優先してしまい…ごめんなさい…」
「大丈夫、トリッシュの行動は正しいよ」
「父は体調不良といっても風邪で寝込んでいた程度なのです、ですが監禁されて対外的に病に臥せっていると言われてしまうともうどうしようもなく…」
「あとは体調不良により引退、という流れになってしまうね」
この件俺は完全に門外漢だ、話を聞いても意味がわかるが関与できる気がしないししちゃいけないだろう。
ただ素人の肌感覚からいくとトリッシュさんはもう詰んでるように見える。
そう思いつつ会話の顛末を見守る事とした。
「トリッシュ、大事な事を聞くわ、シェリダンに手紙の内容は見られてないわね?」
「内容が内容だけに私が肌身離さず携帯していたのでそこは大丈夫です、父も内容は知ってはいますが全て私が後継者教育の一環として管理していましたので。内容を知っている家臣は1人もいません」
「うん、それなら勝てるわ。完封できる」
カスミは断言した。
マジ?こっからいけるの?
「シェリダンの最大のミスは王家からの手紙の中身を把握していない事よ、あの手紙には縁談の事も書いてあったけどもう1つ大事な事も書いてあったわ。そうよね?トリッシュ」
「はい、<地王機ファドラッサ>の召喚についてのお話です」
「もし彼がそれを知っていたのであればさっきの場面でトリッシュを軟禁せず脅迫でもなんでもやって私達の前に立たせて情報収集していたと思うわ。縁談の話だけ話題に出して固まっていた点からも間違いなく手紙の内容は把握していない」
「彼らが拙速に動いてしまった理由はわからんでもないですけどね」
後継者指名が終わって王宮から手紙が来たらいよいよだという気持ちにはなるだろうな。
というかなんか嫌な予感してきたね。
「私は王族だから貴族の跡目争いに直接介入はできない、ウィルも他家嫡男なので簒奪と認識されるのでこれも無理。でもね、テンマならいけるわ」
やっぱそうくる?
「テンマ、お願い。トリッシュにデッキ貸してあげて」
そう言うとカスミ王女が俺に向かって頭を下げる、それを見たトリッシュさんが涙も引っ込んで慌てている。
「カスミ様!ダメです!そんな事…」
「いいえ、これはやらないといけないの」
頭をあげさせようとするトリッシュさんとそれを固辞するカスミ王女の争いを眺めつつつウィルに小声で質問する。
「(なあ、王女が頭下げるのってまずいの?)」
「(まずいね、密室でもまずいし外なら王族が頭を下げたって記録が残るから超まずい)」
ウィルによると王族が公式の場で謝罪をした場合、頭を下げて謝るという事はその国家の謝罪のラインそこで決まってしまうこととイコールらしい。
類似事例で王族が謝罪したレベルの事なのだからお前も謝れ、と言われると言われた方は謝るしか無い。
そのため王族の謝罪は慎重にならざるを得ないのだ。
そしてそれが密室であっても王族に謝罪させた、という事例はかなりインパクトが強い事件となるそうだ。
そりゃまずい!
「頭を上げてください、カスミ王女!貸します!貸しますから!」
俺はそれを聞いてカスミ王女に駆け寄り声をかける。
「ほんと!?ありがとうテンマ!」
それを見たカスミ王女はいきなり俺に満面の笑みで抱きついてくる
すげーやわらかい…それにいい匂い…最こ…いやまずいだろ!
俺は煩悩を振り切り慌てて離れる。
「私ならずっとそのままでいいのに…」
「よくないです、婚約者がいるのでしょう…」
この人本当に近い、好きになっちゃうだろ、というかもう好き。
でも婚約者いるんだよなあ…いいなあ…。
トリッシュさんがなにか言いたげにしてたがハルモニア家兄妹に口を塞がれていた。
「動きとしてはこうよ、まずトリッシュがそこらへんの商家に片っ端から声をかけて、7000万ほどお金を引っ張らせるわ。そのお金で現時点でハルモニア家アドバイザーであるテンマを雇う」
「それ、できるんですか?トリッシュさんって追い出されてお金とか持ってないですよね?」
「私が正装して付いていけば絶対貸してくれるから大丈夫」
「…それカスミ王女が跡目争いに介入してる事になるんじゃないですか?」
俺が疑問をぶつけるとカスミ王女はこともなげにこう言う。
「あら?私はたまたまお友達と一緒に買物に来ているだけよ?そしてたまたま正装しているだけで何も言わないし聞かれても答えないわ。相手がどう取るかはわからないけどね」
王侯貴族ってコワ~。
「このお金は実際には動かないお金だから事が終わったらそのまま感謝状と一緒に返せば文句も出ないわ、あくまで現金を集めたという事実が重要なの」
「跡目争いを起こすつもりだ、という事をシェリダン側に知らせる為ですね」
ウィルがフォローする。
「そしてトリッシュがテンマのデッキでシェリダンに勝負を挑むの、これは絶対断れないわ、跡目争いの相手に勝負を挑まれて受けないなんて召喚貴族には無理だからね」
「そして勝ってその後<地王機ファドラッサ>を召喚すれば後継者として確定する、という事か」
「そういう事。方針決まったしちゃっちゃと動くわよ!テンマはトリッシュに貸すデッキの確認をお願い。ウィルは情報収集!私とクレアとトリッシュは商家周りをするわ!」
そう言い、皆飛び出して行った。
俺は留守番で正直置いてけぼり感があるが、こうしてファドラッサ家の跡目争いがスタートしたのだった。
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