第23話 不穏なる空気
グッドスタッフ。
端的に言えば「とりあえず強いカードを横に並べて殺す」というコンセプトのデッキだ。
シナジー重視ではなく、それ単体で強いカードや、意図的にどうかに関わらず結果的に広範囲のカードをサポートすることになってしまったカードを突っ込むデッキだ。
<天下三槍>は<天下一槍 御手杵><天下二槍 日本号><天下三槍 蜻蛉切>を擦り続けるビートダウンデッキだ、<天下三槍>はメイン戦力となる3体はハイスペックだがサポートユニットの多くが戦力外となっており、汎用カードや別テーマの力を借りてなんとかギリギリ環境の端っこにいる半分ファンデッキのようなデッキだ。
だがシーズン11での基準でのファンデッキであって、こちらの世界であれば全てを破壊するレベルの強さを持っている。
これに<地王機ファドラッサ>を混ぜてやればOK、という事だ。
流石に他のカードを全部入れ替える訳にもいかない、他貴族家とのバランスもある。
この前も注意されたしな。
そんなことを考えている俺はベッドで何故かクレアからマッサージを受けている。
慣れない馬車移動・連日の貴族との会話・遊びといっても女性陣とが主で気を使う・更に半日デッキ作成に籠もったのが恐らく止めとなり体調を崩してしまった。
熱があるわけでもないが体がダルい。
かかった医者も純粋に疲労と気疲れだろうという見立てで丸1日静養しなさいとの事で当然出発も延期となった。
翌日、かなり回復してきたので散歩でもと思い外に出ようとすると丁度クレアが来て止められた。
「出発は2日後ですので、少しでも英気を養ってください」
との事で、一緒に食事を取る。
その後自然な流れでマッサージを受けているのが今だ。
…いや自然じゃねえよな!?
すっげえ気持ちいいんだけど、でもおかしいぞこれ。
嫁入り前だよな?婚約者さんいるよな?
この密着具合はなんなんだ!?
「兄も反省していましたよ、テンマ様に完全な休日を与えていなかったって」
確かにそうなのだ。
一応ちょこちょこ休暇というのは貰ってはいたんだが、ウィルや他の貴族家の人との会議が挟まったりしていて1日ずっと暇ということはなかった。
眠れないということはなかったので体は休まるが気は休まらない、そんな感じだったんだろうな。
そしてマッサージはめちゃくちゃ気持ちいい、そして痛い。
特に脚が馬車移動で気づかないうちにガッチガチになってたみたいで最初は激痛でずっと怪獣みたいな叫び声を上げていた。
もともと立ち仕事だったのもあったから慢性的なものなんだろうなこれ。
「もともと父の肩を揉んでいたのが転じて趣味として習っていたのですよ」
とはクレア談。
そのせいかかなり腕も良い、気を抜けば寝そうになる。
縁談がまとまらなければカスミ王女のツテで王宮で按摩師として働くか、みたいな話もあったらしい。
その後クレアとは普段あまり話さないような話をした。
お酒は飲むのかとか、子供と遊ぶのは好きかとか…カードのことを一切聞かれなかったので恐らくクレアも気を使ってくれたんだろう。
岩のような足が幾分まともな硬さになった段階で俺はすっかり爆睡していた。
「ただ今戻りました」
「お疲れ様、どうだった?」
マッサージを終えて爆睡した天馬の後処理を終えたクレアがカスミのいる部屋に戻る。
「出発は予定通りでよさそうかと」
「わかったわ、他は?」
「お酒は人並みに嗜む、どちらかというと辛いのが好き。子供は以前の世界で関わる事が多かったから好きな部類、女性とはお付き合いしたことはない等の話が聞けました、詳しくはこちらにまとめましたのでどうぞ」
そう言いながらクレアがカスミに報告書を差し出す。
「ふんふん、なるほど。お酒飲めるのはいいね、突撃のタイミングはお酒に薬混ぜちゃいましょう」
「子供と関わる事が好きなのであればナギも大丈夫でしょう、それに生まれてくる子も邪険にできないでしょうし」
「女性と付き合ったことがない、ってのは聞かなくても分かるけどね、引っ付くと余裕ないしまだ私達の動きに気付いてもないし」
この世界において個人の趣味・嗜好の情報は重要だ。それが貴人であれば尚更。
だから貴族は自分で話してもいい事とそうではない事の区別をつける教育を受ける。
そういった教育を受けていない天馬の個人情報など全て筒抜けだ。
「後は全てを明かした時の反応に対する対処ですが、ここはでたとこ勝負しかないでしょうね」
「私はそこは心配してないけどね、テンマは甘いから。そこがいいんだけど」
貴族に置いては優しさ・甘さは明確に弱点だ、どこかで線引をして切り捨てなければいけない。
「その甘さをサポートするために私達がいるわけですからね」
「そういう事。あともう少し情報欲しいわね」
「私のマッサージは存外気に入って頂けたようですので、向こうに到着後にもう一度実施することにしましょう」
「そうね、食事で少し酔わせたほうが口の滑りもよくなるだろうし到着した日の夜にお願い」
女性陣の準備は着々と整いつつある、天馬はまだ、まだ気づかない。
2日後、すっかり元気を取り戻した俺は周りに詫びつつ馬車に乗りセレクター領を後にした。
揺られる事4日間、特に問題なく旅程は進みファドラッサ領の領都フィンブレインへ到着した。
「なにか様子がおかしいですね」
「そうだね」
ウィルとカスミ王女が言う。
雰囲気がおかしいらしい、妙に兵が多く民の表情が硬いと。
俺が車窓からこっそり見るとなるほど確かに皆表情が硬い。
そして一様に俺らの乗った馬車を見ると縋るような表情になる。
一体なんなんだろう…?
「…ともあれ館に向かうしかない」
ウィルが真剣な顔でそう呟いた。
「ようこそおいでくださいました皆様、私はファドラッサ領領主のシェリダン=ファドラッサでございます」
領主の館に付くと、青い髪を後ろに縛ったそこそこイケメン(ウィルには負ける)の男性とそのお付きの人達が一斉に挨拶をしてきた。
「…シェリダン様が領主となった、という話は聞き及んでいませんが」
「これは大変失礼しました、この1週間で父が急に体調を崩しまして…今は安定しておりますが表舞台に立つのが難しい状態となっております故」
「なるほど、それは…大変だったようですね、こちらに連絡がないのも頷けます」
カスミ王女が応対する。
怪しさバリバリだな。
「では、トリッシュはどこでしょうか?今回の訪問についての話をしたいのですが」
「トリッシュは父の看病をしております故、席を外している次第でございます。王女様には大変申し訳…」
「それはおかしいですね」
カスミ王女の目付きが変わった。
「今回の訪問は嫁入り前の旅行という事もありますが、このファドラッサ領に立ち寄ったのは王家からの縁談の話の為です。そして彼女はそれを知っています」
笑みを称えていたシェリダンの表情が変わり、底冷えするような真顔になった。
無表情の人間を怖いと思ったのは初めてかもしれない。
「そうであれば、本人が病気でもなければ看病をしていても必ず王家の人間の来訪の歓迎に何があっても出向くはずです」
「…」
「もう一度お聞きます、トリッシュはどこでしょうか?」
シェリダンは立ち尽くす、という形容が正しいのだろうか。あくまでも自然体で、だが顔は真顔でカスミ王女を無表情に見据えていた。
暫く対峙していると横の配下に目配せし、配下が館の中に入っていった。
「…本人を呼んできます故今暫くお待ち下さいませ。お連れ様と一緒に屋敷の中へ案内しましょう」
「いえ、こちらで待たせて頂きます」
カスミ王女は完全に敵対モードを固めたようで表情も俺が見たことがない厳しいものになっている。
これが王女か…俺より年下なのに俺の1000倍ぐらい迫力あるわ。
「トリッシュ!」
カスミ王女が館から兵士に連れられて出てきた女性に駆け寄り抱きしめる、髪色はシェリダンと同じく青の三つ編みをした恐らくクレアと同年代の女の子で、髪色と同じく青色の目が丸く大きいのがかなり特徴的で、外見はまさに文学少女と言った趣だ。
「トリッシュ、どうしたの?ねえ!?」
カスミ王女が抱きしめながら問いかけるも目を伏せて首を振るだけだ。
俺でもこの状況はまずいと分かる。
シェリダンが口を開こうとするがそれをカスミ王女が制し
「トリッシュはどうも錯乱しているようです、我々が保護します。荷物等も結構。こ何しろ王家からの縁談の話ですので。本日の会談も一旦中止とします。詳細は追って連絡させていただきます」
そう言い捨てシェリダンを睨みつける。
「…承知いたしました、我が愚妹トリッシュをよろしくお願いします」
先程までの顔が嘘のように張り付いた笑顔を浮かべ、一礼する。
それを見届けて俺たちはカスミ王女に促されるまま馬車に乗り館を後にした。
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諸事情により次回更新は11/21(月) 19:00となります。
申し訳ありません。
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