第25話 宣戦布告

 カスミ・クレア・トリッシュの3人は護衛を連れて馬車であえて一旦領都に戻り、ファドラッサ家御用商人であるハダン商会を訪問していた。



「お久しぶりです、会長を出していただけますか?」


 トリッシュは応対した店員は訪問にも驚いたが連れている人間に更に驚いた。

 現状領都では表面上何もなかったように振る舞われてるが、クーデターが成功したという情報は既に知れ渡っている。

 館の前での王女に引き取られた事も既に広まっており、当然ながらこの商会も既に情報をキャッチしている。

 それと同時にシェリダン側からももし来訪したとしても相手をしないように、と釘を刺されている。

 店員は最初は指定通り追い返すつもりではあった。

 だが、正装した王族が後ろに控えているとなると話はまるで変わってくる。




「これはこれはカスミ王女、トリッシュ様とそのお連れ様。今回はどのようなご用向でしょうか?」


 応接室に通され、その場にいた商会長がにこやかに応対する。


「お久しぶりです会長、いつもお世話になっております」


 トリッシュが丁寧にお辞儀し、後の2人もそれに続く。

 会長の視線は自分の中では「終わっている」トリッシュではなく、後ろの王女に注がれていた。


「早速ですがお金を貸していただきたいのです、色々あり入用でして」

「…シェリダン領主代行よりお嬢様の相手をするな、と言い含められておりますので、申し訳ありませんが…」


 商会長はこう返すしか無い、無いが視界の隅にいる王女がどうしても引っかかる。

 カスミは何も言わない。


「シェリダンは領主代行ではありませんよ」

「…いまのお嬢様にそのような物言いをされても説得力がございません、お引取りを…」

「なるほど、説得力がないと、そうですか。お二人共、お手を煩わせて申し訳ありません。商会長、この度は大変失礼しました」


 トリッシュは全員に頭を下げ、そのまま商会を後にした。





「トリッシュ、100点よ」

「ありがとうございます」


 馬車内でカスミがトリッシュを撫でる。

 そもそも3人はハダン商会で金を借りれるなんて更々思ってはいなかった。

 普通に考えればハダン商会にシェリダン側から圧力がかかるなんてのは当たり前であり、現段階を見ればシェリダン側に付くというのも当然である。

 例え視界の隅に王族がいたとしても、だ。


 だがここでハダン商会側がこちら側に回って金を貸してくれる、ということであればそれも良し。

 ダメなら想定されていた案を使うまで、そう考えていた。


「首尾よく喧嘩が売れたわね!」

「噂が流れるまで2日ぐらいでしょうか?」

「この街の規模ぐらいだと1日で主要な商会には広がるかと、2日あれば今取ってる宿の街にも広がるのでは?」


 3人は楽しげに呟く。

 そう、真にやりたかったのはシェリダンに対する宣戦布告と噂を流す事だ。

 今回の一件は商会経由で確実にシェリダン側の耳に入る。

 そしてハダン商会以外の商会の耳にも自然と入る。

 噂とはそういうものだ、なにせ領主御用達の商会に蹴落とされた後継者が正装した王族を連れ立って入って行ったのだ。

 話題にならないほうがおかしい。


「大きい所は明日には向こうから接触してくるわ、今日はこのまま小粒のところを回りましょう」


 カスミは悪い笑顔でそう行った。








「お館様。お嬢様が色々な商会にお金を借りに回っていると」


 ファドラッサ領領主の館ではシェリダンとその部下が執務室で会議を行っていた。


「想定されていた動きだ、そうだろう?」

「ええ、ハダン商会も追い返したようですし。ただ、他の付き合いのあった中小の商会からの援助は引き出せているようです」

「王女さまが同伴すれば貸さぬ訳にもいかんだろうからな」

「やはり身元を引き渡すのは失敗だったのでは…」

「言うな、ああするしかなかったのだ」


 シェリダンにとってカスミの動きは全くの想定外だった。

 当然ながら縁談の話など全く聞いていなかったからだ、自分どころか家中の人物すら把握していなかった。

 王族の外での行動は王族内でかなりの制限がかけられおり、考えなしにやらかす王族はまず外に出れない。

 第三王女とはいえ王族の血筋の人間がああいう振る舞いを公然と行うという事は少なくとも王が許可済みもしくはそれなりの裁量権が得られているという事だ。


 対外的にあそこでトリッシュを引き渡さなかった場合、「縁談の話をわざわざ王の娘が訪ねて持ってきたのに本人が応対しないとは何事か」という扱いになってしまう。

 これはクーデターによるものとはいえ後継者候補となったシェリダンとしては非常にまずい。

 彼にとって今は外でも内でも1つのミスも許されない。


「問題は金を集めてどうするか、という所ですね」

「まあ召喚士を雇用する為だろう、悪あがきだろうがね」


 この世界、在野の召喚士はごく少数だがいるにはいる。

 遺跡で奇跡的にカードを束を見つけて平民がデビューしたり、貴族家を継げなかった者がデッキだけ貰って実家の許可の元傭兵まがいのことをやったりが主なパターンだ。

 ただ前者は基本的に現れた瞬間速攻で大きめの商会か貴族に女を投げられて家に組み込まれるし、後者は実家の範疇での行動となるため、派閥からは逃れることはできない。

 この地域で探すのは現実問題としてかなり難しい。


「もしくはカードを購入するため…ですかね」

「それはないだろうな、あいつは口惜しいがカードラプトだけは私より上だ、そんなことが意味のないことは一番良く知っているだろう」


 <地王機>デッキはこの世界基準であればかなり強力なデッキで、それをお金で買える範囲のデッキでどうにかするというのは無理な話である。


「ともあれ、あいつに打てる手立ては殆ど残っていない。王女のとりなしでどこぞに嫁入りするというのであればそれも良いだろう」

「ハルモニア家に身を寄せるという可能性もありますな」

「どうせあのままならばどこかのタイミングで南部あたりに嫁に出すか愛人にして子を産ませるぐらいしかないと思っていた所だ、別に良い」


 シェリダン達は最初の最初で大いなる勘違いをしていた。

 そもそも何故第三王女が縁談とはいえわざわざ家長のパットンではなくトリッシュを訪問してきたのか。

 何故ハルモニア家嫡男が側仕えとして一緒に訪問してきたのか。

 一緒にいた黒いジャケットとバイザーの男は誰なのか。


 どれかにひっかかりを覚えていれば未来は多少変わっていたのかもしれない。









「ただいまー!」

「お、お疲れ様です王女様…」


 デッキの調整をしていた俺に後ろから抱きつくカスミ王女。

 だから近ぇって!

 あとクレア対抗して腕掴まなくていいから!


「こっちは完璧に事が進んだけどそっちはどう?」


 カスミ王女は背中に抱きついたまま俺へ問いかける。


「予定通り、というわけではありませんが<天下三槍>を使って貰います」


 いろいろ考えたが、デッキの組み直しは今の手持ちのカードプールでは現実的ではないので、バラしたデッキから汎用パーツを抜き取って使いやすくした<天下三槍>デッキをそのまま使ってもらうことにした。


「強いんだよね?それ」

「全部向こう側のカードなんで多分この世界で俺の手持ちを除けば一番強いデッキだと思います」


 俺の顔の横から首を出したカスミ王女に平静を装い答える。

 だから近い!近いよ!吐息当たってるから!!やめて!


「観覧者も制限しないとダメだねえそれ、王都から身辺警護目的で応援呼んでおくね」

「向こう側…?」


 あ、トリッシュさん知らないのかこの話。

 カスミ王女もやべって顔してる。



「トリッシュ、そのへんの詳しい事情は後で話すわ。テンマは今日はもういいからご飯食べて休んじゃって!デッキの説明は明日からで!」


 そう言ってクレアとトリッシュを連れて部屋を出るカスミ王女を眺めてながらいつの間にかその場にいたウィルが一言。


「あの人を嫁に貰う男性は苦労するね…」


 と零した。

 それ言っていいやつ?



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