第26話 鎖
翌日、一行が貸し切っている宿にお目当ての人物が来訪した。
「お初にお目にかかります。カスミ王女、そしてトリッシュ様。わたくしザンザ商会会長のミハエル=ザンザと申します」
ザンザ商会。
このファドラッサ領ではハダン商会に次ぐ規模を持つ商会である。と言っても規模的にはハダン商会の半分ほどで、領主御用商という立場はそれだけ強い。
「初めましてミハエル様、私ファドラッサ家の領主代行であるトリッシュ=ファドラッサでございます」
トリッシュがそれに答え、カスミは認識はしているがニコニコと笑うだけ。
これがカスミのもうひとつの狙い、商売敵からの資金援助だ。
基本的に1つの商会が領の商売を寡占しているような領は殆ど存在せず、大小様々な商会が存在している。
当然ながら御用商であるハダン商会は自分の傘下以外の商会に利益を供給する事はほぼなく、基本的に領主から回される仕事は全て身内で回す。
どうしても量が必要な時だけは他の商会にも回すが当然領主からの依頼という部分を前面に出して買い叩く事もしばしばあった。
これが悪いわけではなく御用商としては当然であり鉄板の動きだが、それを周りの商会が良く思うはずもない。
「お金がご入用という話を耳に入れまして、差し出がましいようですが我々からいくから援助できれば。と思い訪問をさせて頂きました」
「まあ!それは大変にありがたい申し出です」
トリッシュは大げさに手を叩いて喜ぶ。
本来、トリッシュの今の置かれている状況でお金を貸す商会など存在はしない。
だが、トリッシュの横に座って正装で微笑んでいるカスミ、彼女が今この場にいるのであれば話は別。
今回起こったこの一件はこの1日で瞬く間に領都を駆け巡った。
第三王女であるカスミがトリッシュをファドラッサ家から連れ出した事。
トリッシュには王族から縁談が持ちかけられている事。
トリッシュと正装したカスミがハダン商会を訪問し資金援助を求めたがにべもなく断られた事。
特に縁談に関してはカスミが領主の館の前で宣言してしまった為、商会だけでなくほぼ領民の全てが知ることとなってしまった。
こうなってしまえば「カスミ王女はトリッシュ=ファドラッサに加担している」と誰もが思うのは当然だ。
ただ王族が貴族家の後継者問題に口を挟むのは厳禁であるというのも一般常識として広まっている。
本当に加担しているのであればすぐに連れ戻されるはずだが、カスミ王女は元気に活動している。
となると少しでも頭の回る人間はこういう結論に達する。
カスミ王女は後処理のみ引き受けている
この継承争いに負けた後のトリッシュの処遇に関して、シェリダンから苛烈な扱いを受けないための対策として随伴している。
シェリダンも、ハダン商会も、他の商会や領民もそう考えた。
第三王女とはいえ王家がバックのいるのであれば、シェリダンもうかつな事はできない。
特にこの縁談はクーデター前に決まっていたのがカスミによって白日の下に晒されたという事情もあり尚更だ。
となれば、これはチャンスと考えるのがハダン商会以外の商会だ。
万が一トリッシュが勝てば間違いなくハダン商会は御用商ではなくなる。
負けたとしても王家から援助した資金は間違いなく帰ってくる、そうでなくては王族がバックに付かない。
シェリダン率いる新生ファドラッサ家からの扱いは間違いなく悪くなるが、王家と自分の起こしたクーデターの手前そう苛烈なものにはならないはず。
そもそも現時点でファドラッサ家からの扱いは悪いというのも後押しした理由の1つだ。
「本日はお近づきの印にお二人に我が商会で作っておりますお菓子をお持ちいたしました、後でご賞味頂ければ」
そして何よりも王族に顔と恩を売れるというのが大きい。
王族に面会など地方の商人にとって一生に1度あるかないかの出来事だ。
しかも商談ができるなど人生三回やって1回あればいいねぐらいの幸運。
ここを見逃すような人間は商人ではない。
総じて今回の資金提供はハダン商会以外の商会からはリスクは当然あるが許容できるレベルのリスクと判断された。
「まあ」
「ありがとうございます」
2人は用意された包みを笑顔で受け取る。
この時渡すものは高級品や贈答品であってはならず、あくまでも手土産に終始させる。
ここは勘所としてミハエルも抑えていた。
余りにも高いものを渡せば賄賂と見做されカスミ王女は受け取らない。
かといって王族に対し手土産の1つも渡さないのも失礼の極み。
こうなると高級ではない消え物、石けんやお菓子等を渡すのが定石となる。
こうして、この日は多くの中堅商会が宿を訪れ、トリッシュとカスミは資金援助の約束を取り付けていった。
「テンマ様、おかげんはどうですか?」
「最高です…」
別室でトリッシュさんやカスミ王女が客の対応をしている間、俺はクレアからマッサージを受けていた。
前回足だけしかできなかったから今日は腰から上らしい。
めちゃくちゃ気持ちいい…。
嫁入り前の女の子にこんなことさせるの本当にどうかと思うんだけど気持ち良すぎて抗えない…。
昼食で軽くお酒を飲んだもの相まってもう寝てしまいそうだ…。
「頭、全体的にガチガチですね…寝てしまっても大丈夫ですよ」
クレアが俺の顔を見下ろす形で頭をマッサージしてくれている。
とにかく顔が近い、喋る度に息がかかる、顔がいい。
この子も嫁いでいくんだなあ…。
カスミ王女もだけど将来の旦那さんが本当に羨ましいよ。
「…テンマ様、少しお聞きしてもよろしいですか?」
「何?」
雑談の中でクレアが改まって聞いてきた。
「やはり今でも帰りたいですか?」
「…そりゃあ、まあ」
正直。
正直な話だけど、日に日に帰れなくても良いかなあって思いがちょっとずつ、ちょっとずつだけど増えてるのは確か。
ただ今の気持ちとしては帰りたいっていうのはその通り。
絆されてるってやつなんだろうなあ、これ。
テレビもゲームもないけど正直自分が思ってた以上にあんまり影響がないというか
多分カードラプトが遊べてるのが大きいのかもしれない…。
「…ごめんなさい、変なことを聞いてしまいましたね」
俺を見下ろすクレアの顔が少し歪む。
「でも今は楽しいよ。皆に拾われたのは幸運だと思ってる」
「そう言って頂けると嬉しいです」
その後はクレアとこの前のように雑談。
結婚願望の話とか、クレアの婚約者の話(とても優しいお方らしい)とかしつつマッサージを受けていたらそのまま寝てしまった。
「お疲れ様ですカスミ王女、トリッシュさん、どうなりましたか?」
「予定通りよ、お金のほうも大丈夫。そちらは?」
「流石にまだ故郷に未練があるようです、詳しくはこちらに」
クレアは聞き取りをまとめた紙を渡す。
「お酒はグラス2杯でほろ酔いね…3/4ボトルも飲ませれば本格的に酔うかな」
「結婚願望があるのであればハードルはそこまで高くないのでしょうか…?」
当然ながら、トリッシュもテンマを縛る鎖の1本だ。
ファドラッサ家が選ばれた理由は適齢期のうら若き女性がいたのもあるが、
東部貴族とあまり接点がない為縁を結びたいハルモニア家と共和国と距離が近くスパイや寝返り工作、情報流出が多い東部に楔を打ち込みたい王家の思惑が一致した形だ。
トリッシュからしてもそもそも婿を取るつもりであったので王家が選出してくれるのであれば悪い男はこないだろうと踏んでいたのと、状況が変わった今だとあのまま軟禁されていれば良くて南部に嫁入り、悪ければ家中で監禁され愛人扱いか部下に払い下げられていた為、反対する理由も無かった。
自分よりカードラプトが強く、デッキまで貸与してくれるというのだから尚更だ。
「しかし、シェリダンも間が悪いというか運が悪いわねえ、あのまま家に残ってれば間違いなく領主になれてたのに…」
そう、実は本来シェリダンはトリッシュが嫁入りする関係上クーデターなどしなくても領主になれる予定だったのだ。
最初は種だけ貰いトリッシュが領主という形になる予定だったがテンマを少しでも慰留するための理由の欲しい王家側に押し切られた形になる。
ここに関してはパットンとトリッシュがクーデター直前に話し合っていたので本人に通達するのが遅れたのが原因だ。
「本当、無駄な仕事が増えたわ…」
「こうなってしまうと暫くはパットン様に頑張って頂くしかないのでしょうか」
こともなげに話すクレアとカスミにトリッシュが困惑した表情で問いかける。
「あの…その…テンマ様からデッキを借りるというのは分かったのですが…勝てるのですか…?手前で言うのもあれですが<地王機>って相当強いデッキですよ、それにシェリダンも下手な訳では無いですし…」
「ああ、大丈夫大丈夫。明日テンマと練習するんでしょ?そしたら分かるよ」
「今までのカードラプトってなんだったんだろうってね」
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