第27話 シェリダンとトリッシュ
私はトリッシュ。
トリッシュ=ファドラッサ。
ファドラッサ家次女にして次期ファドラッサ家嫡女…だった女。
今は兄に謀反を起こされ宿無し役無しです。
そんな私がカスミ王女に助けられ、引き合わされたのは私が嫁ぐ予定だったテンマさん、ただ本人はまだ知らないらしいのだけど。
初対面の印象は服装が凄いのに普通の顔、って印象。
私もそんな特別な外見してるわけではないけど…。
そしてカスミ王女の「絶対大丈夫だから!」という言葉と強引な後押し…いや説得で兄に闘いを挑むことを決めました。
今の立場で王族に逆らうという選択肢は私には残っていませんでしたしね。
あのまま監禁されてるよりは絶対にマシでしょうから。
ただ私にはどうしても拭いきれない懸念がありました。
何故人にデッキを貸してくれるのか。
そして貸してくれるようなデッキで勝てるのか。
そもそも、人にデッキを貸与する、なんてことは普通肉親以外はやりません。
負ければ家名に傷がつきますし、何よりも貴族家の持つデッキは1つで屋敷どころか街の一部がまるごと買える値段になるものだって少なくありません。
そんなデッキに借りたデッキで勝てるのでしょうか?
そう思っていました。
そう思いながらテンマさんに「練習だから」と貸し切り状態でものすごい警備のバトルステージに案内され、練習を開始した瞬間。
私の中のカードラプトの全てが崩れました。
お貸しいただいたテンマさんが<天下三槍>と呼んでいたこのデッキ、私が今まで使っていた<地王機>なんて比較にならない強さです。
私も一応後継者に選ばれるぐらいの強さはあります。
初めて見たカードでもどのように対処するか、使いこなすかぐらいは分かっていたつもりでした。
でも違いました、<天下三槍>は分からない、分からないんです。
分からないけど、カードのテキストのままに、テンマ様に言われるがまま動かすと明らかに強いのです。
私が今まで触った、見たカードのどれよりも。
そして何よりも驚いたのが、テンマさんが使っている<魔導師>と言うデッキが
明らかに<天下三槍>より強い事です。
もしかして今この大陸で一番強いのは彼なのではないでしょうか。
カスミ王女、というよりは王家が婿を取るのではなく嫁に来いと言った理由が分かります。
この腕前と知識、更にもっと沢山の見たことのないカードを大量に持っている。
<地王機ファドラッサ>の召喚方法を知っている。
しかも聞くところによれば故郷への帰還方法も同時に探しているのだとか。
あまり察しの良くない私でもわかります、類稀なる知識と腕前、カードを持つこの方を帰してはいけません。
国のためにも、私のためにも。
この方に嫁ぎ、添い遂げる事でこの恩に報いることとしましょう。
そのためにも、まずはこのデッキを使いこなさなければ。
領主の館の門前での騒動から5日後、俺たちは再び同じ場所に立っていた。
門前にはシェリダンと部下が10人ほど。
挟んで向かい側にトリッシュさんにカスミ王女、ウィル、クレア、そして俺と護衛の方々。
なんと今日はカスミ王女に続いてウィルもかっこいい服を着ている。
ほんま美形だなこいつ。
「トリッシュ=ファドラッサからシェリダン=ファドラッサに宣告します。不当なる屋敷の占拠を直ちに中止なさい」
トリッシュさんが見たこと無い厳しい表情で宣告する。
あんな顔出来たんだなあ、さすが貴族。
「これは異なことを、後継者は既にこのシェリダンであると決まっている、周辺貴族への挨拶も済んだし商会にも通達済みだ」
「お父様の了承を得てはいないでしょう」
「病床に伏せている父には直接私が後継者であると言付けを既に頂いている」
「なるほど、あくまで詭弁を吐き続けると」
トリッシュさんは一息ついて決心したように相手を睨む。
「ここにシェリダン=ファドラッサに対しカードラプトにて勝負を申し込みます!」
大声で言い切った。
「勝利したほうが正当な後継者、そう言いたいのか?」
「その通り。弱い者が当主になるのはファドラッサ家の伝統に反しているわ」
お、シェリダンのこめかみがピクってなった。
「…貴族としては断る事はできぬ、受けよう。ただし…」
「デッキは各々の手持ちのものを使う。当然そうだな?」
シェリダンはにぃと笑い舐めきった表情でトリッシュさんを見る。
この余裕具合はここまでは想定済みって感じだな。
「当然です」
トリッシュさんは俺が渡した<天下三槍>デッキを見せ、それを見たシェリダンが少しだけ表情を変える。
「今回の一件、王家は干渉しませんが無関係ではありません。その為場所に関しては私が仕切らせてもらいます」
カスミ王女が前に出て宣言する。
シェリダンからも反論はでない。
「勝負は4日後、場所は隣町ピリの屋内バトルフィールド。立会人は私を除きお互い3人まで」
ピリというのは俺たちが今宿を貸し切ってる街のことだ。
「…カスミ王女は干渉しない、という言う割に随分と我が愚妹に入れ込んでおられるようだが、それは立会人として不適切では?それにハルモニア家の嫡男様も我が家の問題に首を突っ込むつもりかな?」
「勝負において私は王族として関与できることはありませんし、カードの貸与等もしていません。この王装に賭けて誓いましょう」
「僕もそうだ、ただの付き添いでありカードやデッキの貸与もしていない、同じくこの装束に賭けて誓おう」
なんでもこの世界は正装をして何かを約束する事にかなりの法的拘束力があるらしい。
だから貴族や王族が正装しているかどうか、というのは非常に重要だそうだ。
まあ嘘は言ってないわな、カスミ王女もウィルも貸してないもん。
「なるほど、その服でそう言うのであればその通りなのでしょう、いいでしょう、では4日後に」
そう言いシェリダン以下は踵を返して屋敷に戻る。
ひとまず宣戦布告は終了だ。
シェリダンが屋敷に戻るとシェリダンに協力的だった執事長が声をかけてくる。
今はクーデターで捕らえた主計長の変わりに彼が家を取り仕切っている。
「シェリダン様、長女のヴァナート様より状況を説明せよとの連絡が入っております」
「多忙ゆえあらためて連絡すると伝えよ、既に嫁いだ身で関与できぬとはいえ今動かれるとまずい」
「わかりました…トリッシュ様、意外と早かったですな」
「まあ想定通りの動きではあったからな、自分が闘うと言った時は少し面食らったが」
「あの2人からデッキが貸与されたのでなければ他の貴族家でしょうか」
「…王女がああまで言うならその線はあるまい、ハルモニア家の縁者から借り受けた可能性もある。ただ貴族家から借りたとすればカードの種類でおおよそ判別がつくからな、もしそうならそこを突けばよい」
「可能性は薄い、というわけですね。となるとやはり」
「牽制、だろうな」
「おそらくは」
シェリダンも執事長も、というよりはこの街の全ての人間はトリッシュはおそらく負ける、と踏んでいる。
ハルモニア家嫡男と王女が出張ってきたのはトリッシュが負けた後の処遇について圧力をかけるためだ、と。
そしてシェリダンはウィルとカスミの対応を見てそれを確信した。
「随伴人数を3人と制限したのも負けた時の処理を他人に見せぬ為でしょうな」
「トリッシュの身柄を渡せというのならそれでも良い、渡す交換条件にファドラッサ家からの廃嫡を条件とすればこちらとしても願ったりだ」
「では条件についてはそれを中心に詰めておきましょう、契約書も用意しておきましょう」
「そうだな、頼む」
シェリダンは馬鹿でも無能でもない、クーデターもかなりのリスクを取ったが今しかないと踏んで実行し、更に完全に成功させた男だ。
彼がただただ不幸だったのはトリッシュの近くにいた貴族でも王族でもない何者かが全てを破壊する力を持っているのを気付かなかっただけであり、そんなものに気付ける人間など存在しない事である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます