第56話 初授業
4日後、とうとう初授業の日がやってきた。
厳密には2回目なのだが。
生徒は全員出席している、だが顔色は優れない。
露骨にイライラしている生徒も何人かいる。
授業開始が近づくにつれ皆徐々に口数が減り、開始少し前には静まり返っていた。
そこに扉を空けるがらがらという音が響き天馬が教室に入ってきた、
「皆、おはよう」
天馬はにこやかに挨拶する。
が、反応はない。
無視しているというよりはどう対応すればいいかわからない、という生徒が多数であった。
「……まずは改めて自己紹介をするね、僕の名前はテンマ、先日から貴族として国王から任命された人間だ。貴族としての歴は君たちのほうがよっぽど長いので失礼があっても多めに見てほしいね」
ここでも生徒からの反応は返ってこない。
とはいえ、想定内の事態ではあるので天馬はそのまま言葉を続ける。
「じゃあ出席取るよ。まだ顔と名前が一致しないので返事をしてくれ…えーと、アスターシャ…」
天馬が名前を読み上げる。
皆返事に関しては負けてしまった手前ちゃんと返し、暫く名前と返事が交互に行き来が続く。
クロスモアやドライドも思う所はあったにせよ返事はしていた。
「…リューズ…リューズ=ギアゴールド君」
返事は帰ってこない。
とはいえ他の生徒の視線を見るに憮然とした表情で座っている金髪のタイトマッシュの男の子がそうなのであろう、というのは天馬にも予測ができた。
「…リューズ=ギアゴールド君は……欠席かな」
「……来ている」
「おっと、いたのか。返事をしてくれないと困るね」
「貴様に返す言葉はない」
「……僕個人としてはその態度は特段気にしないけど、教師としては君に低い評価を付けざるを得なくなるし、それを繰り返す場合君を待っているのはこの授業の単位を認定しないという結果だけど良いかな?」
「は?」
教室が一瞬、ざわつく。
召喚貴族においてカードラプトの授業の単位を認めない、というのはイコール落第を意味する。
このようなルール無用な修羅の学校ではあるが必修科目は存在するのだ。
そして必修科目は本当によっぽど、よっぽどでない限りは単位を貰える科目である。
万が一、億が一必修科目が取得できないという事があっても流石にその場合は実家が出てきて調整を行うものなのだ。
「ふ、ふふふざけるな!そうなれば我がギアゴールド家が……」
「効果なかったでしょ?」
「ッ!?」
「君のお母さんの実家が抗議をしてきたのは僕も知っている、連絡があったからね。ただこれだけは言っておくよ、僕に君たちの実家からの抗議は効かないし、従うつもりもない。僕が単位を認めない、といえば認めないから」
「なんだと…」
リューズが激昂するのとは対照的にドライドは難しい顔をしていた。
ドライドも父に止められて叶うことはなかったが抗議をいれようとしていた側の人間だ。
抗議といっても辞めさせろ、とかそういうものではなく初回の授業態度から攻めようとしており、ギアゴールドを筆頭に他の貴族家も抗議をするだろうからそれのアシストを、という気持ちだったのだが、ギアゴールドの抗議が効果がない、という事は他の貴族家の抗議もほぼ効果がない、という話になってくる。
つまり、天馬は事実上この学校において無敵の存在ということになる。
基本教師はよっぽどの体罰やらセクハラをしない限りは学校内に置いては無敵なのだが、この学校ではそうではないのだ。
「とはいえ僕だって基本的にはこの学校の方針に従うつもりだ、きちんと出席をして、僕の指示に従ってくれれば落第なんてさせるつもりはないよ……さて、これを踏まえた上でもう一度。リューズ=ギアゴールド君は出席しているかな?」
「ぐぐぐぐぐ……し、出席している」
「はい」
そのまま出欠は続く。
「さて……、今後の方針だけど、暫くこの部屋で座学のみを行うから、時間もそう長くはしない」
再度ざわめきが起こり、その中で1人が手を上げた。
「…先生、よろしいですか」
「ええと……君は」
「クロスモアです、クロスモア=ヘルオード」
「失礼、クロスモアさん、なんだい?」
「先生が強いのは先日痛いほどわかりました、基本的には従うつもりです」
自分らのトップが先生として認めたからであろう、教室内の雰囲気が少し変わる。
「ですが、座学というのは解せません、講義よりは実戦をと思うのですが」
「クロスモアさん、君は自分でデッキを1から組んでみたこと、あるかな?」
「……いえ、ありません」
これはウィルやトリッシュから聞いた話だが、この世界のデッキはそれそのものが継承の対象となったりするため、あまり大規模に中身を弄ることがないそうなのだ。
デッキの中身を入れ替える、という文化はあるにはあるが、その入れ替え用のカードも自前ではなく、親より貰う事がほとんどのよう。
カードがそもそも手に入らないので弄れないというのが正解なのかもしれないし、家ごとに信奉するカードが決まっているのもあるだろう、そういった要因が絡み合ってデッキは作るものではなく与えられるもの、という気分の人間は結構多いようだ。
「なるほど、ではクロスモア君に聞こうか、自分のデッキに一番入っている枚数の多いコストのカードは何コストだい?」
「2コストです」
「なるほど、じゃあなんで2コストが一番多いか分かるかい?」
「それは……序盤から出しやすいからです」
「なるほどなるほど、では何故1コストではなく2コストなのかは分かるかい?序盤からの出しやすさを優先するのであれば1コストが一番多いはずだよね?」
「それは……」
考え倦ね、沈黙するクロスモア。
「そういったカードラプトに関するものをわかりやすく、納得できるように教えるために座学をするつもりだ、まあ今の出しやすいから、という答えは70点ぐらいの正解ではあるんだけどね、残り30点を僕の授業で学ぼう、という事さ」
「…わかりました、時間を取らせて申し訳ありません」
「いやいいんだ、何が分かってないかが分かるというのは大事な事だからね、お互いに」
にっこりとショップ店員時代の営業スマイルでクロスモアに笑いかける天馬。
本人はよし、楽しく話せたなと思っていたが、生徒側からは威嚇としか思われなかったようだ。
「……まず、カードラプトにおいてデッキに入れる枚数は50枚と決まっている、ここは皆知っていると思う、だがそれを構成するデッキのカードは一部を除き何を入れても自由、ここで貴族家の傾向や各々の個性が出る訳だ」
手元の資料を見ながら淡々と説明する天馬。
ちらりと生徒側に目を向けると聞いてる人と内職している・無視している人で半々ぐらい。
(まあ、最初はこんなもんだろう)
そう天馬は思いつつ授業を続ける。
「さっきクロスモアさんが言った2コストのカードは出しやすい、というのがどういうことか具体的に見ていこう、少し待っててね」
喋りながら天馬は黒板にチョークで表を書き始める。
「当然ながら1ターン目であれば1コストのカード、2ターン目であれば2コストのカード、とそのターン中にマナを使い切るのが最も望ましい動きだ。だが現実はそう上手くはいかない、ドローで何を引いてくるかは誰にも分からないからだ」
表を書きつつ、更に続ける。
「そして、ここも難しい所で、4ターン目で4マナのカードを使うということが正解とは限らない、2マナのカードを2枚つかう、はたまた3マナのカードを1枚と1マナのカードを1枚使うことが正解の時だってある、ここに答えはないと言っていい……だが、やはりその中でも2マナのカードの汎用性は群を抜いている、というのが事実としてある」
カードラプトは2マナこそ重要、という言葉がある。
基本的に2マナのカードが重要な点は普通のゲームとしてもそうだが、カードラプトは開発側の意図として2マナのカードに色々な効果を持たせている。
このゲームはライフが50000と多く、どう頑張っても決着まで8ターンはかかってしまう為速攻戦術があまり有用ではなく、その結果低コスト、所謂1~3のカードが相対的に弱くなってしまっており1戦が長くなりやすく、泥沼化しやすい状況が作り出されていた。
それをなんとかしようとした開発が考えたのが、ライフを削る能力を高めるのではなく2マナのカードにカードサーチ等の多様な効果を持たせて後半はある程度引きに左右されることなく決定打を手元に抱えれるようにするという事だ。
「例えば1ターン目、ここは1マナのカードしか使えない、2ターン目は2マナ、3ターン目は3マナ、と言いたい所だが、ここは2マナ+1マナでも成立する、更に4ターン目は4マナでも成立するが2マナが2枚、または3マナと1マナでも使い切れる。とにかく2マナはその時出せる最善の一手になれる場面が多い、更に少し飛んで8マナになると2マナで手札に6マナのユニットを引き込み、残りのマナで出す、という動きも可能だ。だからこそデッキを組むと2マナが多くなる、逆に言うと2マナが少ないデッキはごく一部を除いて本来の実力を発揮できている可能性がある、という事だ」
もしかしたら皆のデッキに2マナが足りないものがあるかもしれないね、と天馬は皆に向かって笑いながら言う。
生徒たちの反応を見ても少しばかり興味深そうに聞いてる子が増えたようで、こちらに顔を向けている生徒が増えている。
(初回はこんなもんか)
そう思いつつ話を続けようと黒板のほうに顔を戻そうとすると、おずおずと1人の生徒が手を上げた。
「おっと、質問かな?ええと君は…」
「ウィンスター、ウィンスター=ギハルです」
「すまないね。ウィンスター君、何か質問かい?」
「はい、僕らのデッキに2コストが足りないかもしれない、と言っていましたがその…勝手にデッキを勝手に改造する、というのは先生的にはアリなんでしょうか」
「……むしろ何故駄目なのかが聴きたいね」
天馬の問いにウィンスターは少し俯き、自分の考えを話し始める。
「やはり、親から借りているものですし……伝統というか、歴史もありますから。一応入れ替え用のカードも親から貰ってはいますが……」
「それももの足りない、と」
ウィンスターは小さく頷く。
「質問を重ねて申し訳ないが、君は召喚貴族として何が一番大切かは分かるかい?」
「それは…カードラプトの勝負に勝つ事です」
「わかってるじゃないか」
にこりと天馬は笑い、ウィンスターを見据えて断言する。
「デッキに伝統も歴史もない、組み換えて勝てるならそれでいいんだ、勝率が上がるのであればそれが正しい、君が変えたほうが良いと思うのなら変えなさい。それは自分のデッキなんだから」
これが元の世界であれば天馬もこういう事は口が裂けても言わないが、この世界はカードの勝ち負けで人生が変わってしまう中々イカれた世界だ。
その前提を知っておいて好きなカードを使えというのは無責任にも程がある。そう天馬は考えていた。
「ですが、僕には入れ替えて強くなるかどうかがわかりません、自前で手に入れたカードは何枚かあるのですが……」
「そういうものこそ僕に頼らなくてどうする、僕は先生だよ?」
ウィンスターはハッとして「その手があったか」という顔で天馬を見る。
カードラプトの授業を受けてる生徒たちは教師がアテにならず自主学習主体で動いていた為、教師に頼るという選択肢がそもそもなかったのだ。
「そうだね、今度授業の一環として希望者のデッキを見てあげることにしようか」
「お、お願いします!」
ウィンスターは勢いよく頭を下げる。
「では委細決まったらまた連絡するよ、じゃあ続けよう。コスト4以上は…」
その日の授業は1日、コストと出しやすさの話で終わった。
「モアちゃん、今の授業どう思った?途中からちょっとついていけなくて…」
「…まあ、前任よりは100倍マシみたいね」
授業終了後、モアとローラが授業の感想を話し合っていた。
「あの教師の言っていたデッキの組み換えに関しては私も同意ね、強くなれるなら変えたほうが良いと思うわ」
「私は正直良くわからないなあ…確かに使っててちょっと違和感はあるのだけど」
「ローラは割と直感で戦うタイプだから難しそうよね、あの教師に見てもらったら?」
「授業でやるって言ってたよね、お願いしてみようかな」
「面白い話をしているようだな、僕も混ぜてくれよ」
そこに割り込んできたのはファロン=マグネトランザ。<磁力覇王マグネトランザ>を信奉する南部の中堅貴族家の一人娘で、緩くパーマのかかったボブカットで片目を隠した黒色の髪が特徴的な女性だ。
「ファロンちゃんはさっきの授業どうだった?」
「少なくとも毎回きちんと出ようって気にはなったね、誰かさんが突っかかっていったのも面白かったし」
それを聞いたクロスモアがむくれてファロンを睨むも、ローラになだめられる。
「さっきリギルとテミッサとシシリーの3人とも話をしたけど、全員ちゃんと聞くことにしたってさ、多分女性陣は全員出るんじゃないかな」
カードラプトの授業を受けている女性は7人。
カードラプト科に所属する女性の数としてはかなり多いほうで、年度によっては5人以下ということもザラにある。
そして現状女性への圧力が強いため女性は基本的に集まって行動するようになり、その過程で全員顔見知りという事になることが多い。
「リギルあの子初回にボロボロにされて泣いてたのによく出る気になったわね…」
「怖いけどクレア先輩の旦那様だからって言ってたよ」
「ああ……1年目のときずっと後ろについていってたっけ…」
「それに女性に優しいのは本当みたいだしね、うちの母がハルモニアと当たった時観客席でクレア先輩が見たこと無い表情であの教師とイチャイチャしてたもの」
「あれはびっくりしたね、学内だとずっと厳しい目付きだったし」
クレアは自分であまりカードラプトが上手くないと言っているが、貴族学校卒業時の最終勝率は学内4位という非常に優秀な成績を収めている。
女性でTOPだったのもあり女性陣に対する壁として動いていたため学内での表情と態度は非常に厳しいものになっていた。
本人的には自分が凡人だったから4位にしかなれなかったと認識しているようであるが。
「イチャイチャといえばあのトリッシュ先輩も学内と観客席でイメージ違いすぎて驚いたなあ、あの人孤高の人って感じだったのに」
「シオン先輩も…」
天馬の嫁を肴にガールズトークはまだまだ続く。
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