第55話 母と娘

 クロスモアを倒した後は消化試合、といった感じで<爆音>と<不死王アンデッド>を使い分けながら危なげなく勝利し、全ての試合が終わる頃にはとっぷりと日が暮れていた。


「いや、思ったより時間かかってしまったね、お疲れ様。というわけで、誰も僕に勝てなかったので次の授業はちゃんと出席よろしくね、では解散」


 そう言い残し、足早に修練場を後にする天馬。

 姿が消えたのを見た生徒たちが一斉に喋り始める。

 だがざわざわ、というような感じではない。戦場から生きて帰った帰還兵のような鎮痛な面持ちでぽつり、ぽつりとひねり出すように語る。


「なんだよあれ…」

「なんであんなのが教師やってんのだよ…」

「クロスモアさんもドライドさんもライフ10000も削れないなんて…」

「……勝てる気がしねえよあんなの」




「モアちゃん、モアちゃん、しっかりして。大丈夫?」


 ローラが頭を抱えて座り込んでいるクロスモアに必死に声をかける。


「大丈夫、大丈夫だから……もうちょっとこのままでいさせて」


 油断していたか、と言われるとしていなかったとは言えない。

 今まで負けたことがない訳では決して無い、あの母だって不敗ではないのだ、カードゲームとはそういうもの。

 でも今回の負けは違う。

 全てを見透かされた上、ハンデありでの負けだ。

 見たこともないカード、見たこともない戦法、おどろおどろしいユニット、デッキの強さ、そして何よりも扱う人間の強さ。

 今まで経験したことのない大きな壁にぶち当たりクロスモアは無力感を覚えていた。


「……落ち着くまで一緒にいるから、一緒に帰ろ?ね?」

「うん……」


 結局落ち着くまでに1時間ほどかかり、ローラに励まされながらクロスモアは帰路についた。





「ふー、疲れた」


 カードラプト部門長室で大きく伸びをする天馬。

 生徒たちと対象的にやりきった感全開で清々しく達成感のある顔をしている。


「とりあえず一通りシバいたけどあの2人がやっぱ抜けてたな」


 あの2人とは当然だがドライドとクロスモアである。


「他は光るものがあったのが4人くらい、残りは普通…って感じかな…とはいえまだ顔と名前も一致しないし、本格的な評定は先の話だな」


 天馬が今日の総評をまとめていると、ヴァディス先生が訪ねてきた。

 今日の試合をこっそり見ていたのだという。


「いや、おみそれしました。王家のお墨付きとはいえ正直疑っていましたよ」

「まあ無理もないです、僕も校長のお立場であれば同じ事を思ったでしょうし」

「今後はどうするおつもりなのですか?」

「まずは座学です、カードラプトの基礎を徹底的に叩き込みます。授業が週1か2として2ヶ月ほどでしょうか」


 このカードラプトというゲーム、数字で見ると直感に反す面がかなり多いので座学は結構大事なのだ。


「なるほど、今日の試合ぶりを見る限りではおまかせしたほうがよさそうですね……時間があれば座学も見学させていただきます」

「お願いします、何分教鞭をとるのは初めてなもので…」

「そんな感じはしないですけどね……おっと、良い時間ですね。そろそろ帰りましょう」


 ヴァディス先生に促され、天馬は帰路に付く。

 王都とはいえ、夜の街は危険度は現代社会のそれとはまるで違う。

 夜半は護衛を付けない限り出歩かないのがこの世界での基本。

 生徒は特に安全面を重視され寮に入っている生徒以外は学校の用意した護衛付きの送迎用の馬車で通学している程だ。








「モアちゃん、じゃあ明日ね」

「うん、またあした」


 ヘルオード家王都邸、相乗りで帰ってきたローラと別れクロスモアは家に到着する。

 気分は未だ最悪、原因は当然天馬である。

 そんな最悪な気持ちで家の扉を空けるとクロスモアにとっては意外な人物が待っていた。


「ただいま戻りました…」

「おう、遅かったね」

「お母様!?」


 玄関前で仁王立ちで佇むヘンリエッタ。


「新任教師に負けたんだろう?」

「…!」


 この時、クロスモアは叱責されるのかと思い身を固くし目を閉じた。

 しかし帰ってきたのは意外な答えだった。


「気にするな、あれに負けるのは正常だ」

「えっ…」


 そう言い、クロスモアの頭に手をやるヘンリエッタ。


「正常、とは……?」

「現状では勝てないという意味だ。多分私でも無理だろうね」


 私でも無理、その言葉はクロスモアにあまりにも大きな衝撃を与えた。


「お母様でも無理ってそんな……」

「私は実際の闘いを見てはいないが、人づてに聴く限りあいつは一切本気を出していなかったはずだ、そこはお前が一番良くわかってるだろう」


 そう言われ言葉に詰まる。

 あからさまにプレイに手を抜かれていたという感じではなかったが、そもそも出発点でライフに30000の差が付いていた。

 本気を出してなかったというのはそうだろう。


「……これは母親ではなくヘルオード家当主としての助言だ。あいつに逆らうな、従っておけ。あいつの存在はお前に有利に働く」

「……はい」

「不服だろうね。でもね、あの男が出してきた情報は実に役に立つ」

「え?」


 ヘンリエッタはそう言い、手に持っていた紙の束をひらひらとクロスモアに見せるように振る。


「これはあいつが王家に出してきた資料さ、お前にはまだ見せれないがね」

「というと、カードラプトの?」

「そうさ、なんでも一部は授業でも使うらしい。というわけでだ、あいつには従っておけ。じゃあ私は領地に戻るよ、がんばれよクロスモア」


 そう言いながら背中をポンと叩き、クロスモアと入れ違いに屋敷を後にするヘンリエッタ。


「お母様が勝てない、一切本気を出してない、か……」


 クロスモアは頭の中で2つの言葉をしばらく反芻し、その日は食事もとらずそのまま寝てしまった。








「いだだだだだだだ!!!!」

「我慢してください、こういうのは早めのケアが大事なんです」


 一方天馬は悶絶していた。

 悲鳴の元は両足のマッサージ。

 うつ伏せの体勢でクレアとリリに片足ずつグリグリと揉まれ、運動は苦手だがパワーだけはあるシオンが天馬の体を抑えている形のパッと見は天国みたいな状況だ。

 今日1日で30人以上と戦い、その間は常に立ちっぱなし。

 更になんだかんだで集中力も使ったため帰った途端に疲れがどっと襲いかかり、それを見た2人がまずはマッサージを、と申し出た形だ。


「待ってこんな痛いの!?なんで!?」

「痛いという事は疲れが溜まっているという事です、旦那様しばし少し我慢を」


 リリが笑いながら親指でぐぐっとふくらはぎの筋肉を潰すようになぞる。


「1日で30人以上とのバトルなんて疲れて当然ですからね、後で腕や頭もやります…よっと」


 クレアは土踏まずを拳でグリグリと刺激している。


「テンマ様、初授業はどうでしたか?」


 テンマの背中に乗り痛みで細かく動く天馬を平然と制圧しているシオンが聞く


「うん……まあ…いてて…予想通り反発されたよ、全員倒したけど」

「面白そうな子いた?」


 その横でナギと一緒になにかの本を読んでいるカスミが横槍を入れてくる。


「あー……ヘンリエッタさんの娘?かな、全然似てなかったけど……あと例のスルト家の三男は強かったね」

「まああの2人よね、他は?可愛い子とかいなかった?」

「まあ正直皆可愛かったけど、‥いだだっだだだ!ヘンリエッタさんところクロスモアちゃんだったか、あの子とその友達のローラちゃん?が抜けてたかなあ、痛っ」


 カスミの探りに天馬は正直に答える、というかマッサージが痛すぎて取り繕った答えが言えない。

 そしてその発言により女性陣に衝撃が走る、がテンマは気付かない。


 貴族学校は貴族としての最低限のマナーを教える、という面があるのは勿論だが、もう1つ「婚活の場」としての機能も存在する。

 そしてその対象は生徒同士だけはなく、教師同士、更には教師と生徒も包括している。

 そう、「教師と生徒の恋」が禁断でもなんでもなく、アリなのだ。

 男女関係なく未婚の講師が赴任しようものならそれを見初めた生徒の実家から連絡があり、生徒とのお見合いがセッティングされる、等というのはザラにある。

 そしてこの世界におけるお見合いは婚約成立とほぼイコールだ。

 年齢的にギリギリなら学園講師へ、という流れもあるため貴族から敬遠されているのはこういう風潮も一因としてある。


 見合いをセッティングされるならまだ良くて、保健室に赴任してきた女性教諭が剣術の時間に怪我をして運ばれてきた有力貴族の令息に見初められ半ば強引に関係を持たされ結婚したり、未婚の王国史教諭が仲の良い女生徒2人組に麻痺薬入りクッキーを差し入れされ、流れで一緒にお茶をした結果関係を持たされ2人を娶ったという事例や、逆に未婚の赴任したての女教諭がこちらも入学したての未婚約の男子生徒を呼び出し、マンツーマンで極めて個人的な授業を行い夏の終わりに結婚した、などなどかなりバイオレンスな事件も決して多くはないが発生している。

 ちなみに事件化することはごくごく稀で、基本的には両家同士が話し合い、結婚という手打ちに持っていく形になることが殆どである。

 何故ならば仕掛ける側も貴族同士の力関係を把握しているからだ。

 仕掛けた側の貴族が立場や商売上で上であれば仕掛けられた側は泣き寝入りするしかない、むしろ諸手を上げて歓迎する家もあるほどだ。

 ちなみに教師と生徒が婚約した場合、相手の教師の授業の成績は強制的に担当生徒の中での半分に固定される。

 例え評価が100点でも50点になるし、逆に20点でも50点となる。

 これは言い寄ったりして成績を上げてもらう等の措置を防ぐためだ。

 まあ、卒業に関して成績はあまり影響しないのでたいしたルールではないのだが。


 そういった点から天馬の性格から考えると、ある日突然「嫁さんが増えた」と言いながら連れて帰ってくる、という未来に至る可能性が無いとは言えない、というのが女性陣ら全員の見立てだ。

 初回授業がどうだったかは見てないから分からないが、恐らく生徒たちの中には天馬の優良物件さに気付く人間が絶対に現れる、そしてそんな彼女たちが行動する可能性は決して低くない、それほどまでに今の貴族令息の評価は低い。

 これが普通の召喚貴族家であれば話は別であるが、天馬は召喚貴族家ながら公的に妻を5人抱えている。

 これは以前ウィルも言っていたが対外的には「後継者を産む妻が既に決まっている」とみなされ、それであれば「愛人枠として1人ぐらいならいける」と考える女生徒が出てきても不思議ではない。

 当然、天馬のバックは主に王族とハルモニア家という有力なタッグなのだが、貴族家の歴史が浅すぎて東や南の貴族に「他の地域の貴族家とも縁を持つべき」などと言われると反論しにくい部分があるのは事実で、その点でもやる貴族家が出てきてもおかしくはない、という部分も女性陣の予測を補強している。


「少し考える必要があるわね」

「ですね」


 トリッシュとカスミが頷き合う。

 痛みで悶絶している天馬は気付かないが、女性陣は全員カスミに向けて「対処の必要アリ」と目で訴えていた。

 誰とて夫が自分に振り分けるリソースを削られて喜ぶはずもないのだ、リリの場合は正妻筆頭であるカスミの意向で受け入れられたという前提があり、ある意味で身体検査も事前に済んでいたという点が大きい。


 そんな策謀が動き始めたのにも気付かず、天馬は始終悶絶しながら1日の終わりを迎えた。




 翌日の貴族学校ではちょっとした騒ぎが起こっていた。

 話の発端はカードラプトの授業を受講している生徒間でだけであったが、受講者の多くな大物貴族な都合上、受講者以外にも話は波及し話が大きくなった格好だ。

 クロスモアは昨晩眠れず、やむなく一限目を休み二限目からの登校となった。


「モアちゃんおそよう」

「おはよう…ローラ、ちょっといい?」

「え、なになに?」


 一応周りを気にしつつ、小声でクロスモアは話し始める。


「……お母様から、あいつには従っておけ、って」

「そっか、やっぱりか」


 クロスモアは怪訝な顔をローラに向ける。

 やっぱり、とは?


「ああ、ごめんね。他の人達が親に抗議してくれって言ってもおとなしくしてろって言われたって、スルトのあの子が騒いでて」


 この世界において親経由で学校に抗議するというのは禁止カード並の強さがある。

 子供のケンカに親が出るような事をする貴族は少ない、少なくはあるのだがそれでも出てくる貴族は一定数存在するし、その貴族の立場が上だろうが下だろうが出てくる奴は出てくる。

 だからこそ貴族学校の教師をやりたがる人間が少ないのだ。

 だが天馬は違う、その抗議が効果ない


「リューズ君いるじゃない?」

「ええ、どうせあそこも抗議したんでしょ?」


 リューズ=ギアゴールド。

 貴族家としては中堅といった所だが、母親が上位の貴族家から嫁いできたのととにかく親馬鹿で、所謂モンスターペアレントという扱いで学校も対処に困っていた生徒である。


「それがね、お母さんの実家筋から言っても跳ね返されちゃったんだって、本人が朝怒ってたよ」

「嘘、あそこの実家良いとこでしょ?跳ね返されるって…」

「そうそう、それでモアちゃんとこのお母さんも従えって言ってたからやっぱりって…」

「なるほどね……つまり、あの教師の赴任には」

「「王家が関わってる」」


 2人が思わずハモる。


「そうなっちゃうよねえ……」

「そもそもあの強さで選抜に出場していないのがまずおかしいのよ」


 この国において選抜で7傑に入るのは最高レベルの名誉だ。

 それをみすみす捨てる貴族がいるなどというのは考えづらい。


「これはあんまり言いたくないんだけど……お母様が、私より強いって言ってたのよね、あの教師の事」

「ええ!?」


 クロスモアが小声で言った言葉に素っ頓狂な反応を返すローラ。

 当然他の生徒の注目を集めてしまい、罰が悪そうに顔を赤らめ周りに会釈する。


「……続けるね、それで今回の7傑にあの教師の奥さんの実家が4家もあるわけで、関係してないって考えないほうがおかしいと思う」

「ハルモニア・タケハヤ・セレクター・ファドラッサ…かな」

「特にファドラッサなんて使うカードすらまるっと変わってるもの、あの教師が関わってないはずないわ」

「……とはいえ、私達でなにかできるわけでもないよね……」


 そうなのだ。

 一番影響を受けるのは自分達だが、親のルートを潰されれば基本受け身に回るしかない。

 至極普通の事ではあるのだが、貴族令嬢令息としてはやはり受け入れるのは少しむずかしい部分がある。


「……ともあれ、おとなしくあの教師の授業を受けましょう」

「そうだね」


 結局、納得は未だしていないが天馬の授業を受けるしかないという結論に着地し、眼の前の授業の為の準備を始める。

 次の授業は4日後。

 そこまでは憂鬱な日々が続くな、とクロスモアはふう、ため息を吐いた。


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 年始は仕事の繁忙期と重なりますので、更新が不定期になる可能性があります

 


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