第57話 青田買い
「ティナ=カーンズです、本日は来店頂きありがとうございます」
「夫のクリストフ=カーンズでございます」
「テンマです、よろしくお願いします」
ティナさんは茶色の髪をお団子でまとめた顔立ちは美人というより可愛らしい感じの女性で、クリストフさんは少し恰幅の良い方でオールバックにして髪を撫で付けたセールスマンといった印象を受ける。
俺は2人と挨拶を交わし握手をする、今日は女性陣を連れ立ってクレアの友人の親が経営しているというカードショップを訪れた。
しかも貸し切りである。
「ティナさん、お久しぶり」
「クレア!」
ティナさんとクレアの2人が抱き合ってキャッキャしている。
2人は貴族学校時代の友人同士らしい。
「申し訳ありません、こんな大袈裟な対応をさせてしまって…」
「いえ、どうせ改装するつもりでしたから問題ないですよ、それにクレアからの話を聴く限り貸切にする価値はありますし」
ティナさんは笑いながら言う。今回行うのはカードの仕入れだ。
シーズン6当時と今のシーズン11では当然ながらカードの価値は全然違う。
当時は3000円以上の値段がついていたカードが今では50円になっていたり、昔は100円だったハズレが今は2000円以上の値段がついているなどザラにある。
そして俺のデッキとストレージも万能ではない。
ストレージ内のパワーカードもそう枚数があるわけでもないし、なんなら<天印の大戦鎚>のようにシーズン11で使われているカードよりも強い禁止や制限カードもある。
そしてジョイント召喚、ダブル召喚が可能になった以上、高騰するカードというのもかなりの数存在する。
王家には既にリストを渡してある程度収集をしてもらっているが、クレアの友人に親が大きなカード店を経営しているという子がいると聞いて、ならば自分たちが使うカードを直接仕入れにいこう、という話になったのだ。
今回はそのあたりの情報をこの商会にのみ限定して教える、という事でカードの代金は全てタダとなっている。
流石に悪いと思ったがクレアやトリッシュから「この情報はお金で買えるようなものではなく、お金を出して買えるなら皆感謝してお金を払いますよ」と言われ、ご厚意に甘える事になった。
「倉庫にあるカードをとりあえず1枚ずつ全部引っ張りだしました、存分に見ていってください」
クリストフさんがそう言い、店内に案内してくれる。
店内は広く豪華な作りで、平常時であればなるほどさぞ見栄えするレイアウトなのだろうと思うが、今は床や机の上にカードの入ったケースが散乱している引っ越し中のような状況だ。
そして雑多に並べられているカードを見ている内に1枚のカードが俺の目に止まった。
コストテントウ 1 1000/1000
このユニットがフィールドに出た時、味方フィールド上のユニットのコストを2ダウンしアタックを2000下げ、このユニットのコストを2アップさせアタックを2000アップさせる事ができる
このユニットがセメタリーにある時、このユニットをデリートすることで味方フィールド上のユニット1体のコストを1ダウンするか1アップしてもよい
「うお!?」
思わず叫んでしまった。
この<コストテントウ>、歴史は古くシーズン3のカードで、シーズン11では禁止カードに指定されている。
本来の使い方としてはシーズン2に登場した、「コスト○以上、以下に効果を及ぼす」カードへの対抗策だったのだが、時代が移りジョイント召喚やダブル召喚に使い倒されるようになってしまった。
登場時効果も強いがセメタリーに置かれた時の効果が超凶悪で特にジョイント召喚を使用する全てデッキに4枚入り序盤にセメタリーに落として後半コストを操作してやらかしまくり猛威を振るった為あえなく禁止となってしまった。
「ど、どうかしましたか?」
「このカードあと何枚あります?」
「ええと…<コストテントウ>は20枚ほど在庫があったかと…」
「全部ください、あと市場に残ってたら根こそぎ買い占めたほうが良いです、多分すぐにお金では買えなくなると思いますよ」
クリストフさんが慌ただしく店員に指示を出す、王家の使う<緋紋機竜ミラエル>デッキにも4枚確実に入るからな、向こうは向こうで入手はしているだろうけど。
その後、価値が下がるカードなどをピックアップしてメモ係となっているクリストフさんに教えてるとまた1枚のカードが目に入った。
ファナティックミラー 5
味方フィールド上のユニット1体を対象として発動する。
そのユニットのコピーを召喚し、効果を無効化し更に[盾持ち][攻撃不可]をコピーに付与する
次の自分のターンの開始時、コピーとコピー元のユニットを破壊する
「このカードも強いですよ、さっきの<コストテントウ>ほどではないですが」
「これの在庫は…9枚ですね。失礼ですが、用途を聞いても?」
クリストフさんの質問に一応カスミに目配せを送ると、手で親指と人差指で○マークが出る。
答えてもOKのようだ。
「例えば…7コストのカードを出すでしょう?そして次のターンでこれを使えば、手元に同じコストのカードがなくてもダブル召喚が可能なんです」
「なるほど……」
「ですので、ダブル召喚のカードを信奉している貴族家に持ち込むとかもアリだと思います。申し訳ないですが4枚ほどいただきますね」
少しもらいすぎかなと思ったがここは遠慮なくいくことにする。
<ファナティックミラー>はシーズン4で登場した時間稼ぎ用の魔法だ、だがシーズン11では1枚制限のカードとなっている。
当然ながら本来の用途として使われる事は稀で、専ら高コストのダブル召喚に使用されている。
7マナ以上のダブル召喚カードは召喚しにくいぶん非常に性能が凶悪で、1枚出せれば形勢が傾くカードもごまんと存在するため、5コストで代用となれるカードが許されるはずもなく禁止も近いのではないかと囁かれている。
「あとこの<徴兵令>ですね、普通に使うとあまり強くありませんが、ジョイント召喚やダブル召喚でコスト3を使う時はどのタイミングでも必要な時に引けるので今よりは値上がりするかと思います」
「私のデッキにも入っていますね」
徴兵令 4
手札を1枚セメタリーに送り、3コストのユニットを1体ランダムでデッキから手札に加える。
トリッシュが言う。
<徴兵令>はシーズン4で登場したカードだが息が長く、絶妙にバランスを崩さない調整だったこともあり優良カードの範疇に収まっている。
普段であれば女性陣はここぞとばかりに俺に話しかけスキあらば密着してくるが、今回は真面目な商談の一環ということもあり静かなものだ。
こういう切り替えができる女性陣で良かったと心から思う。
この期いろんなカードの高騰予想や暴落予想を話しつつ、店の奥まで進んでいくと一段床が上がった豪華な一角が見えた。
「ここのフロアだけなんかかなり気合入ってますね」
「ああ……ここは高額カードのフロアです、基本1枚のみしかなく、本来であれば警備員がここだけの為に2人ついています」
「少し見てみても?」
「どうぞどうぞ」
この世界の高額カードは純粋に気になるんだよね、この歪なカードプールの世界でどういうものが高くなっているかだとか。
そう思い眺めているとやはり順当なものも多く存在したが、やたらと女性ユニットのカードが多い。
しかもレアリティも千差万別。
「いやに女性ユニットのカードが多いですね」
「お気づきですか、ご存知ではあるとは思いますが、本当に強力なカードというのものはお金では買えないのですよね」
クリストフさんが笑いながら答える。
そう、この世界の常識として「お金で買えるカードは安い」のだ。
それこそ<光響聖騎士ハルモニア>や<機械天使ヴァルキュリアZERO>などのカードはまず市場に出て来ない。
ハルモニア家やヘルオード家が何かしらの条件、例えば売り手と家の誰かを婚約させて貴族の一員として召し抱えたり、逆に貴族家側から嫁なり婿なりを差し出したり、なんらかの権利と引き換えに譲渡、という形になる。
「ですので、所謂コレクターの方々向けのカードが高騰するわけです、例えばこの<舞姫カムラ>は色々な絵柄や光り方があってこういった女性ユニットカードの中では一番の人気ですね。彼女だけをコレクションしているコレクターも結構多いんですよ」
<舞姫カムラ> 2/2000/1000
他の味方ユニットがフィールドに存在している限り、<舞姫カムラ>は相手の攻撃対象にされない
舞姫カムラは性能的にはそう強くはないが、とにかく絵柄が可愛く、何枚も何枚も別イラストのカードが刷られては再録されていたカードだ。
シーズン11時点で絵柄違いやレアリティ違い含めて40枚ほどあったはず。
「なるほどなるほど……」
そう言いつつ、しげしげと高額コーナーを眺めていると一番奥の一際豪華なスペースに1枚のカードが鎮座していた。
ゴブリンの巫女ファーン 6/2000/5000
ワースカード
このユニットがフィールドに出た時、セメタリーに存在する<ゴブリン>と名の付くユニットを3枚手札に戻し、コストを3下げる
「ま、マジか…」
<ゴブリンの巫女ファーン>はシーズン11では禁止カードとされている。
理由は当然ながら凶悪な<ゴブリン>をセメタリーから回収した上でコストを低下させれる点にある。
このカードが出たタイミングのゴブリンは正直弱く、だからこそこのカードが許されていたのだが、あるとき環境で一切活躍していかなったこのカードが突如禁止になりプレイヤーが皆混乱していた所で次回パックでゴブリンを超強化すると発表され多少荒れるというハプニングも起こっている。
現在ではゴブリンは非常に強く、シーズン11でも最強のデッキとして君臨している。
<ゴブリンの巫女ファーン>自体のビジュアルも非常に可愛らしく人気があり、デチューン版である<ゴブリンの姫巫女ファーン>がワースカードとして追加されてはいるものの、その性能は本家に遠く及ばない。
「あ、あの…ものは相談なのですが…<ゴブリンの巫女ファーン>をいただくことは無理ですよね…?」
「<ゴブリンの巫女ファーン>をですか?流石にそれは…」
さすがのクリストフさんも難色を示す。
うん、カードをいただけるという言質を取っているとはいえ俺もこれは流石に駄目だと思う。
女性陣もまじかよという顔をしているし。
「では、<ゴブリンの巫女ファーン>となにかをトレードではどうでしょうか?」
「トレード…ですか」
だがどうしても俺の今持っているデッキに入れる為にこのカードが欲しいのだ。
俺の愛する<ゴブリン爆殺>デッキに。
クリストフさんに俺が頭を下げているとティナさんが割り込みこう言う。
「これは実は売り物ではなく展示用のカードなのです。この<ゴブリンの巫女ファーン>はこの地方でも過去に3枚しか出土しておらず、非常に貴重でして……」
当然ながらその反応はクリストフさんと同じく渋いものだ。
「なるほど、過去に3枚ですか……でしたら、この地方。いや恐らくこの大陸で1枚しかないカードと交換、とならどうでしょう?」
「「!?」」
ティナさんとクリストフさん、更にお付きの店員さんの表情が変わる。
なにやら2人でごにょごにょと会話したあと、ティナさんから真剣な目付きで
「少し、別室でお話しましょう」
と言われ、応接室のような部屋に案内された。
応接室では俺と妻代表としてカスミとクレア、相手側はティナさんとクリストフさん、更にその親父さんであろう方が対面して座っている。
お相手の顔は先程の店内とはうって変わって真剣そのものだ。
「まずはいきなりこのような事をお願いしてしまい申し訳ありません、改めてご挨拶を、私は法服貴族のテンマと申します」
「カーンズ商会頭取のファイザー=カーンズでございます」
お互いに頭を下げる。
「……お話は娘夫妻より聞いております、<ゴブリンの巫女ファーン>を別のカードとトレードしたいと。更にそのカードはこの大陸で1枚しか無いカードだと」
「はい」
「ふむ……まずはその大陸で1枚しかないカードを見せていただいてもよろしいですかな?」
怪訝そうな顔でこちらを見るファイザーさん。
カスミがいるとはいえまあ俺の正体知らないし当然だな。
多分カスミいなけりゃ話すら聞いてくれなかっただろうし。
「少しお待ちを」
俺は持ってきたバインダーを探り1枚のカードを取り出す。
他のカードとは違いスクリューダウンに入った元売り物のカードだ。
「…こちらです」
「手にとっても?」
「どうぞ」
「これは…<舞姫カムラ>……ですよね?」
そう、俺が提示したのは<舞姫カムラ>だ。
「<舞姫カムラ>は確かに人気ですが先程見ていただいたように我々も保有しています、確かにこの絵柄は見たことのないものですが大陸に1枚というのは…」
ティナさんも困惑した表情で言う。
まあ、そう言われるとは思ってはいた。
「少し、そこのスペースを借ります。カスミ、トリッシュを呼んできてくれ」
「え?ああ、わかったわ」
カスミも理解が追いつかないといった感じで外に出てトリッシュを呼びにいく。
「それと、申し訳ありません、この店の<舞姫カムラ>を3枚ほど少しお貸し頂いてもよろしいですか?」
トリッシュと疑似的にバトル状態に入り、お互いターンを進めて5マナを貯める
当然手札は予め操作して<舞姫カムラ>4枚が手元にある。
カーンズ商会側は当然ながら困惑したままだ。
「まず、お借りした3枚の<舞姫カムラ>を1枚ずつ召喚します」
俺は1枚ずつ<舞姫カムラ>を召喚する
カードラプトはレアリティごとに召喚演出に若干差があり、エフェクトが違う。
<舞姫カムラ>は3枚ともレアリティがN・SR・HRと違うものをカーンズ商会より借り、そのままその3枚を召喚して見せる。
<舞姫カムラ>はその名の通り踊り子のユニットで、その髪色は薄い青で服装はベリーダンスで使うような扇情的な衣装となっており、その色は髪色と同じく薄い青色となっている。
「では、僕の<舞姫カムラ>を召喚します」
召喚した瞬間。
通常の召喚エフェクトではなく桜の木と桜の花びらが舞い散り、薄い青ではなく薄いピンクの髪色と衣装を纏った<舞姫カムラ>が場に降臨した。
カーンズ商会の皆様は完全に口を空けて固まっている。
なんならうちの女性陣3人も固まっている。
そう、これこそが「第47回さくらまつり限定<舞姫カムラ>」である。
さくらまつりというお祭りに参加しカードラプトのイベントで5戦中4勝するともらえた特別なカードで、市場には恐らく200枚ほどしか存在しない超貴重なカードである。
うちの店舗でのお値段なんと25万円。
これを自宅に持ち帰らせた店長は本当に頭がおかしいと思う。
「…どうでしょうか?これならば<ゴブリンの巫女ファーン>に十分匹敵すると思うのですが」
俺はにっこりと笑い、ちょっと自慢げにそう言った。
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年末年始にかけてロクに更新できていないのにも関わらず
見て頂いてる人が増えているようでとても嬉しいです、フォロワーも気付けば50を越えていました。
ありがとうございます。
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