第58話 お金で買えるカードは安い
「これは……」
「なるほど……」
ティナさんやクリストフさん、ファイザーさんが俺が召喚した限定版の<舞姫カムラ>と隣にいる通常版の<舞姫カムラ>を比較して眺めて唸っている。
「す、少しお時間を頂いても……?」
ファイザーさん以下カーンズ商会の方々はなにやら話し込んでこう告げてきた。
「ええ、僕も急ぎではないのでなんなら後日でも」
「いえ、今日中に結論を出しますので」
そう急がずとも、とも思ったが後日聞いたところによると他の商会に流れる事を恐れて今日中に結論を出す事にしていたらしい。
「暫くお待ち下さい」と女性陣と一緒に別の応接室に通される。
「テンマ、あんなカード持ってたのね……」
全員が揃った途端に口火を切ったのはカスミだ。
「まあ、元の世界でも<舞姫カムラ>は人気だったからね」
「やはり皆さん女性ユニットを集めたりされていたのですか?」
トリッシュがそこに重ねて質問する。
「んー…確かにそういう人も多かったけど、ドラゴンを集めてた人のほうが多かったかなあ、それこそ<緋紋機竜ミラエル>とか人気あったよ」
カードラプトというゲームは初期の競合TCGがドラゴンを推していたというのもあり、そこで競うのではなくドラゴン以外を推す天邪鬼なやり方を長い間行っていた。
その為ドラゴンという存在そのものがかなり希少で、そこを逆手に取って収集していたコレクターが多かったのだ。
「<緋紋機竜ミラエル>、こちらでも木彫りの人形とかも高くても売れるからねえ、そうなるとあのなんだっけ、タケハヤノミコトか、あれも人気出そうよね」
「版画は何枚刷っても足りない状態だと姉が嬉しそうに言っていましたよ、木彫りはまだできていないそうですがこちらも売りにだせばすごそうです」
ナギが我が事のように嬉しそうに話す。
この世界、印刷技術はまだ未熟で絵は一点ものか版画の二択だ。
その影響が本にも現れていて本の一冊一冊が馬鹿高い。
「うちも<光響聖騎士ハルモニア>の人形を増産すると父が言っていましたよ、やはり実際に召喚できると売れ行きが全然違うようで、残っていた在庫が全部捌けてしまったとか」
「うちの実家は人形というよりもモチーフにしたタペストリーなんかが人気みたいですね、購買層の違いがあるのかもしれません」
クレアとシオンも話に乗ってくる。
いろんなお土産需要があるんだなあ。
「我が家の<地王機ファドラッサ>は元々イマイチ人気がないので…天下三槍で盛り返したい所ではありますね」
「やっぱ自分の家のシンボルが人気無いのは気になるものなんだね」
トリッシュがちょっと不満げに話しているのを見て思わず口に出す。
そういうの気にするタイプだったんだな。
「<地王機ファドラッサ>がどうこう、というよりも単純にお金の問題ですね、グッズ売上とか旅行で落ちるお金って馬鹿にならないんですよ」
「あー…なるほど」
「召喚貴族家が裕福な家や大きな家が多いのはそういった需要があるからなんです、私の実家も一応貴族家でささやかながら領地もありますが収入に乏しくて王都の平民のほうが良い暮らししてますね」
トリッシュの言葉にカスミの髪をセットし直しているリリが補足を入れる。
「その家のシンボルそのものが特産品みたいなものか、確かにそれだと召喚貴族家がでかくなるのもわかる気がするな」
「名産品とか、名物になるような美食とか、絶景とか、そういうものがある家のほうが珍しいですから……」
私も実家に給金をいくらか仕送りしていたのですよ、とリリが苦笑しながら答えた。
「テンマはそのへん気にする事はないけどね、なんせ法服貴族だしカードの代金も年金に上乗せする形で分割で払ってるし」
法服貴族は土地の管理などをする必要がない代わりに土地を利用した資産形成ができず、国からの年金がほぼ全ての収入源の為自由に使えるお金が制限される。更に国の命令には給金を貰っている立場上従わなければならない。
ただ俺の場合はある程度の裁量権を国からもらえているのと、通常の年金+王家からのカード代金+女性陣の実家からのカード代金を分割で頂いているので普通の法服貴族と比較にならないぐらいお金がある……らしい。
何故らしいなのかと言うとお金は全て女性陣が管理しているから。
俺は1人で出歩くことも殆どないしその気もない、根が引きこもりなので別にどこかにいきたいという欲求もない。
外に出るといえば精々学校へ通勤するぐらいだ。
なので未だに普通の店で買物をしたことがなくざっくりとしたお金の価値が分からない。
今更だけど流石にまずい気がしてきたぞこれ。
「そういえば、なんでテンマは<ゴブリンの巫女ファーン>を欲しがっているの?だってゴブリンでしょ?」
「ああ、それはね……信じられないかもしれないが、俺の元いた世界では<ゴブリン>は最強クラスのカードでね、<ゴブリンの巫女ファーン>は強すぎて使っちゃいけないルールが制定されたぐらいなんだ」
「代表戦に出る身としてはなんか想像できませんね…」
カードラプトがよくわからないリリを除いた全員が意外そうな顔をする。
「実は護身用に持ってきてるんだよねゴブリンデッキ、ちょっと見てみる?」
護身用、というと大袈裟に聞こえるかもしれないが実はそうでもない。
法服貴族ではあるが俺はれっきとした召喚貴族、戦いを挑まれればよっぽどの理由がない限りは応じない訳にはいかないのだ。
その為移動時はまず「召喚貴族本人に接触させない」方式が取られる、それこそ俺がウィルと最初に出会った時のように兵士の護衛を増やすなど、だ。
だが有力貴族ならいざ知らず普通の貴族では始終護衛をつけるのは限界があるのが現実。
そして挑まれた場合デッキがないとなればそれはそれで問題があるらしく、出歩く際は念のためデッキを1個持ち歩くのが常なのだそうだ。
俺は<魔導士>と<ゴブリン>デッキの2つを持ち歩いている。
もう強さを隠す必要性もないし負ける訳にはいかないので"本気"のデッキだ。
「そういえば旦那様のデッキの中身をちゃんと見るのって初めてな気がします」
クレアの言葉に女性陣がうんうんと頷く。
「あー、確かに見せてなかったかも…御家騒動の時にトリッシュと戦った時もデッキの中身までは見せてなかったね」
「そうですね、あの時は最初の方は瞬殺されて正直あんまり練習になりませんでしたけど…」
トリッシュごめんて。
「一応、<魔導士>と<ゴブリン爆殺>の2つを持ち歩いているけど、どっちが強いかと言われると多分…<ゴブリン爆殺>かな」
「<魔導士>より強いんですか…」
トリッシュが感心したというよりはちょっとげんなりした顔で答える。
「まず<魔導士>と<ゴブリン爆殺>は動きのコンセプトが違うからね、対面すると<ゴブリン爆殺>のほうが有利というか相性というか…<ゴブリン爆殺>はこのあたりのカードがデッキの要かな」
ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒 4
デッキ内のコスト5以上の<ゴブリン>を1枚セメタリーに送ると発動できる
これをプレイヤーに[装備]する
装備したプレイヤーの攻撃を2000上げる
3回攻撃を行うとこの[装備]は破壊される
このカードを[装備]して攻撃を行った時、相手のデッキのランダムな位置に<不発弾>カードを挿入する
ゴブリンの破壊工作員 3/1000/2000
このユニットがフィールドに出た時、相手プレイヤーのデッキのカード3枚をランダムに選び、爆弾を設置する
ドローした時、爆弾が爆発する
ゴブリンのぽんこつ爆弾職人 3/1000/3000
このカードがフィールドに出た時、相手プレイヤーのデッキのランダムな位置に<小型爆弾>を3枚混ぜる
「爆弾を…混ぜる…?」
「カードに爆弾を設置…?」
カードを見たクレアとシオンが頭上にはてなマークを出している。
同じくカードを眺めているトリッシュも少し困惑気味だ。
「<ゴブリンの巫女ファーン>が欲しかったのはこれと入れ替えたかったんだよね」
ゴブリンの姫巫女ファーン 5/2000/5000
ワースカード
[盾持ち]
このユニットがフィールドに出た時、セメタリーに存在する<ゴブリン>と名の付くユニットを1枚手札に戻し、1枚をデッキに戻してシャッフルする
「……確かに<ゴブリンの巫女ファーン>のほうがずっと強いですね、私でもわかります」
シオンが感心したように言う。
「このカードと交換する手もあったんだけどそれじゃあ納得しないだろうし、あの<舞姫カムラ>を出したんだよね」
「こちらのほうが貴重ですけど、弱くなる訳ですからね」
「しかしこのゴブリンデッキ、本当に強いの?イマイチ強さが分からないわね…」
カスミがデッキを眺めながら不思議そうに呟く。
「まあ機会があれば対戦してみよう、見てる分には面白いからさ、このデッキ」
「それは対戦相手は面白くないのでは……?」
「ご想像にお任せする」
トリッシュのツッコミが冴える。
まあカードゲームって対戦相手に不快を押し付けるようなもんだし…ね?
「お待たせしました、テンマ様」
そういう言ってるうちにカーンズ商会の方々がノックして入ってきた。
結論が出たようだ。
「結論から申し上げまして、2つの条件付きで交換に応じるという事となりました」
「条件、ですか」
ファイザーさんの言葉に少し身構える。
あまり良い予感はしない。
「そう警戒せずとも、テンマ様にご迷惑を掛けるようなことではないのです」
ファイザーさんは笑顔を崩さず続ける。
「まず1つ、テンマ様の結婚式にて使用する物品等の斡旋を我が商会に全てお任せいただく事、もう1つはテンマ様の所有するカードの版画を我が商会で独占的に販売させていただきたい、この2点です」
「ふむ……」
2個目の版画の販売は別に良い。
さっきの話にも上がっていたが俺には商人の知り合いもいないし販路もない。
でも1個目はどうなんだ?
振り返ってカスミに目で訴えてみる。
「結婚式には王族や他の家からも搬出があります、それの邪魔をしないというのであれば私は夫の判断に従います」
「それは当然にございます」
カスミがよそ行きモードで回答する。
お、大丈夫っぽい。
「俺のカードの版画と言うと……」
「テンマ様は教職に付かれており、そちらの授業で見たことのないカードを使用して教鞭を振るっておられるとか。そちらのカードを…と思いまして」
情報源はそこか。
まあ別に隠しているつもりもなかったしな。
「俺としては問題ないと思います、<ゴブリンの巫女ファーン>は是非とも欲しいカードなので」
「では、商談成立ですな」
俺はファイザーさんと握手を交わす。
「委細は後日お屋敷に書類を持ってお伺いします、本日はまず交換、ということで……入ってきなさい」
ファイザーさんが扉に向かって声を掛けると、<ゴブリンの巫女ファーン>を手に携えたティナさんと後ろに控えるクリストフさんが室内に入ってきた。
「では、まずはこちらの契約書の確認を」
「テンマ、まず私が確認するわ」
カスミが書類を手に取り、中身を精査する。
しばしの間確認を行い、大丈夫みたいねと言って俺に渡してきた。
サインして良い、との事なのだろう。
俺も一応書類を確認し、サインを行う。
「それではこちらをどうぞ」
「そちらも確認をよろしくお願いします」
ここに<ゴブリンの巫女ファーン>と<舞姫カムラ>の交換が成立し、ティナさんクリストフさんとも握手を交わし、最後にもう一度ファイザーさんと両手で握手を交わす。
なるほど、カードを通じてこうやってお金では買えない部分の交渉もしていくという事か。
これは確かにお金で買えるカードは安いわ。
「ささやかながら商談成立の記念として軽食をご用意しました、ご賞味ください」
そう言うなり部屋の外からドリンクと食事が運ばれ、セッティングが開始された。
こういうお付き合いも今後増えるんだろうなあ……。
その後しばらくして、カーンズ商会のカードショップの高額カードフロアでは<舞姫カムラ>に特化したコーナーが設けられ、<ゴブリンの巫女ファーン>が鎮座していた場所には警備員を増員して限定版の<舞姫カムラ>が飾られるようになった。
展示初日には天馬がそうしたように他の<舞姫カムラ>との違いを召喚して見せるイベントを行い、更に<超爆音 赤熱ベリル>や<超爆音 黒煙暴走オニキス>の版画も売られるようになり。
どちらもカードショップの集客に大いに貢献した。
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