第86話 作戦

 <ゴブリン爆殺>が何故強いのか、何故環境トップなのか。

 それは一方的な攻撃性能がある為に他ならない。


 基本的にこのゲームは最終的にはユニットでの殴り合いで勝負が付くゲームである。

 そのため強力なアタッカーを採用したり、[盾持ち]を採用したり、その[盾持ち]を排除するための除去手段を採用したり…と、基本的に殴り合いを主軸にゲームが進行するのが一般的であった。


 だがシーズン11で出現した<ゴブリン爆殺>はそのどれともコンセプトが違っていた。

 爆弾カードのデッキへの挿入はシーズン11であっても防ぐ手段はほぼなく、相手がどれだけ[盾持ち]を揃えようがドローをするたびに確率でライフが削られて行く。

 それならば速攻で殴り倒してしまえば良い、と考えるであろうが、当然ながら<ゴブリン爆殺>側も防御を固めないはずがないわけで…

 この試合のように序盤さえ凌いでしまえば、後半はずっとイニシアチブを取りつつ有利に事が進めれるからこそ、環境トップなのである。



(デッキの中にあと4枚…まずいね)


 今の爆発でライフが残り45000となったヘンリエッタは頭の中で被害の皮算用を始めていた。

 デッキに残る爆弾カードはあと4枚。単純計算でさっき爆裂したものを含めて10000ダメージは確実に食らう。

 <ゴブリンのぽんこつ爆弾職人>がデッキにあと3枚眠っているとして、全部引いたとして18000ダメージ。

 デッキからカードを引くタイミングでしか発生しないので実際に全部引くことはないであろうが、<小型爆弾>にあるようにドロー保証があると考えれば連鎖的に爆発する可能性もあり、洒落にならないダメージになってしまう。


(ライフを回復しつつ…やるしかないか)


 ヘンリエッタの出した結論は正しい。

 シーズン11では度重なるインフレにより、ライフ回復手段を自然に差し込めるデッキが上位に君臨しているという事情があるからだ。


「私は手札の<機械天使ヴァルキュリアZERO>を公開し、4マナを支払い<聖矛ゴールデンエンゼル>を装備し、プレイヤーを攻撃する」


 聖矛ゴールデンエンゼル 4

 手札の<天使>の名の付くカードを相手に公開することで使用できる

 これをプレイヤーに[装備]する

 装備したプレイヤーのアタックを4000上げる

 攻撃宣言時にライフを2000回復する

 2回攻撃を行うとこの[装備]は破壊される


 これで天馬のライフは34000まで減り、ヘンリエッタは49000と満タン近くまで戻す。


「<天使の番犬サーラメーヤ>で<機械天使ゲシル>を攻撃し破壊、更に手札から<研究発表>を使用し、2枚ドローしターンを終える」

 研究発表 2

 アタック2000以下の<機械>と名の付くユニットをランダムを2枚デッキからドローする


「では僕は2マナを使用し、[作戦]を設置します」

「ほお…」


[作戦]、それは相手の一定の行動を起こした場合に発動する罠のようなもの。

 最大5個まで付けられ、おおまかに分けてコストは低いが発動タイミングを選べない[作戦]と、それなりのコストが要求されるが発動タイミングが選べる[作戦]の2種類がある


 基本的にこの[作戦]が存在するテーマは専用魔法カードが殆ど存在しない。

 <ゴブリン>もその口で、設定的には魔法を使う知能を持っている者が少ない、という感じなんだとか。

 そして<ゴブリン>を環境トップに押し上げた要因の一つがこの[作戦]と、あまりにも強すぎる[作戦]に絡んだワースカードである。


「4マナで<ゴブリンのイカサマディーラー>を召喚します」

 ゴブリンのイカサマディーラー 4/1000/3000

 このユニットはデッキ内に存在する<ゴブリン>カードが40枚以上存在しない場合、召喚することができない。

 このユニットがコストを支払ってフィールドに出た時に発動する事ができる

 手札を全てデッキに戻し、シャッフルする。

 このカードのコントローラーが1~10までの数字を1つ、宣言する。

 宣言した数字のコストのカードを手札に加える。

 その後、デッキに戻したカードの枚数より1枚少ない枚数をデッキからドローする。


 手札を豪快に交換し、ある程度狙ったコストのカードを手札に引き込む事ができる凶悪なカード。

 運は当然絡むが、この効果で更に攻撃可能なユニットまでついているのでとても便利。

 ただ、このカード交換効果は強制のため3枚も4枚も投入するカードではなく、手札が最高に良い状態の場合は死に札でしかなくなる点に注意。


「僕は6を選択し、カードをドロー…更に<ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒>で<天使の番犬サーラメーヤ>を攻撃します」


 <ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒>がこのタイミングで壊れ、同時にヘンリエッタのデッキにカードが挿入される。


「私のターンだね…」


 ここでヘンリエッタの行動が止まる。

 天馬の貼った[作戦]が何をトリガーに発動するか、次のターンで間違いなく出してくるであろうコスト6のキーカードの正体を懸念しているのだ。

[作戦]はごくごく一部のカードを使用するしか解除する方法がない。

 基本的になるべく被害が少ないように踏み抜くしかないのだ。


(あいつのデッキは明らかにユニットのステータスが低い、となれば回復・攻撃阻害・パンプアップ(ステータスを上げる)にほぼ絞られる…か…?)


「私は<聖矛ゴールデンエンゼル>で<ゴブリンのイカサマディーラー>を攻撃し…」

「[作戦]が自動発動!<虎の威を借るゴブリン>!」

 虎の威を借るゴブリン 2

[作戦]

 フィールド上の<ゴブリン>がバトルを行う時に発動する。

 2/4000/2000の<とら>を召喚し、対象の<ゴブリン>の代わりにバトルをする


 攻撃対象を移し替える[作戦]。<とら>のアタック4000が絶妙で、<超爆音 赤熱ベリル>などの高火力ユニットを相打ちに持っていける他色々なユニットを低コストユニットで破壊できるようになる非常に優れた[作戦]である。

 なお、[作戦]の仕様として自分のターンでは絶対に発動しない、というのがあるのであくまでも相手から戦闘を仕掛けられた時のみ発動する事を留意しておかなければならない。


「…<機械天使アパシア>を召喚してターン終了だ」

 <機械天使アパシア>5 4000+1000/4000+1000

[盾持ち]

 このユニットがフィールドに出た時、手札の<機械天使>カードのアタックとタフネスが+1000される

 このカードがフィールドからセメタリーへ移動した時、アタック2000/攻撃回数2の<アパシアの宝剣>を装備する



(悪くない)


 ひび割れた<聖矛ゴールデンエンゼル>を投げ捨てながらヘンリエッタは心の中でそうひとりごちる。


 差し引き2000ダメージを貰ったとはいえ、この<虎の威を借るゴブリン>の踏み方はほぼ理想的な処理の仕方だ。

 今の状況で一番ダメな処理は<機械天使アパシア>で<とら>を攻撃してしまう事だった。

 それを考えれば2000ダメージなど安いもの、という事である。



「では僕は…ワースカード<語らぬ語り部ゴブリンミスティックチャイルド>を召喚する!」

 語らぬ語り部ゴブリンミスティックチャイルド6/5000/5000

 ワースカード

 このユニットはデッキに<ゴブリン>カードが35枚以上存在しない限り、召喚できない

 このユニットがコストを支払い、手札からフィールドに出た時のみ発動する

 デッキ内のコスト2以下の[作戦]を、1種類につき1つずつプレイヤーに設置する

 このユニットが破壊された時、セメタリーへは行かずデリートされる


 <ゴブリン爆殺>における最強ユニット、通称ミスチャイ・糞ガキ。

 <ゴブリンのイカサマディーラー>はこれを手札に引き込むためにデッキに入れると言っても過言ではない。

 何と言っても効果が強烈の一言で、貼れる[作戦]の最大枚数は5枚のためこれ1枚出すだけでデッキが5枚圧縮+最低でも5マナ、平均7か8マナが節約できる。

 そして本体も5000/5000と決して弱くなく、更に<ゴブリン>にありがちな攻撃不可プロパティも存在しない。

 まさしくシーズン11を代表する超絶パワーカードである。


「ハハッ!なんだいそりゃあ!未来じゃそんなバケモンがいるのか!」


 ヘンリエッタは思わず笑ってしまった。

 いくらなんでもこれは凄すぎる。

 天馬が本気を出していない、というのも頷ける。

 そうヘンリエッタは思った。

 そしてそこで絶望するようなタマではない。

 彼女の脳内にある思考は3つ。

 未知の怪物への闘争心。

 未知のカードへの好奇心。

 この眼の前のクソガキからどうやって、何枚カードを毟ってやろうかというぎらつく欲望である。



「何よあれ…」


 一方のクロスモアは軽く絶望していた。

 観戦している他の兄弟連中も概ね同じような感想を抱いている。


 <超爆音 赤熱ベリル>や<不死王リッチー>には、召喚に一手間かかったり、魔法に耐性がなかったりアタックやタフネスどちらかが低かったりと、なんらかの穴があった。

 だがこの<ゴブリン>デッキは違う。

 確かにユニットのアタックやタフネスは低いし、攻撃も殆どしてこない。

 単純な力比べであれば<機械天使>デッキで蹴散らしてしまえるだろう。

 だが、[作戦]やデッキに挿入される爆弾などで母が明らかに良く言えば持久戦に持ち込み、悪く言えば攻めあぐねているのだ。

 先日行われた国内選抜であっても、いけすかない担任の嫁の実家には負けはしたものの、キーカードは一通り粉砕し、これぞヘルオード家という印象は少なくとも家内には与えていた、だが今回この闘いは事情が違っている。

 天馬のライフは既に3万を割りそうな情勢で、前ターンまでは明らかに盤面上ヘンリエッタが有利だったのは間違いない。

 だがクロスモア自身上手く言葉にできないが、いくら母が天馬を殴っても相手が不利になっている気が見ていてまるでしないのだ。

 当然、自分たちは見ているだけであるからして母の感じ方が自分と同じかはわからない。

 ただ、直接的に会話はしていないものの姉や兄の表情を見ていると自分の感じ方とそう離れていないとは思っている。


 そして不思議なのが妻であるはずの3人も自分たちと同じような表情をしているのだ。

 さきほど姉が探りを入れて撥ねつけられていたが、もしかしてあれは本当なのか?とクロスモアは思い、自分でも探りを入れることにした。


「トリッシュさん、本当にあの先生の使っているデッキ、見たことがないのですか?」

「え、ええ…」


 どうやら本当のようだ。

 思ったよりそのへんは抜け目がないのだな、と少しだけ関心する。


「ただ…」

「ただ?」

「見る分には面白いよ、と以前に言ってはいましたね…」


 目線を自分の旦那のほうに泳がせながら、若干引き目にトリッシュが言う。


 あの男、やっぱりちょっとおかしいんだなとクロスモアは思った。


(あんな男…)


 そして、そんな男に嫁ぐことをクロスモアは母から「強く」勧められているのだ。


(というか、結婚なんてしたくないのに!)


 これが彼女が常に天馬の前で常に不機嫌な理由である。





(まいったね)


 ヘンリエッタは思案する。

 現状、相手には作戦が隙間なく5枚貼られている。

 こうなればこちらの展開所ではない。


(<機械天使ヘルオード>を呼ぼうと思っていたが…)


[作戦]が5枚あるとなると、1枚ぐらいはこちらの展開を阻害したり、行動不能にしてくる[作戦]が確実にある。

 それらを処理してからでないととても切り札を呼ぶ事はできない。


(あちらで一番強いデッキ、という理由が分かる気がするよ。この息苦しさったらないね)


 そう言い、カードを引いた瞬間。先ほどよりも大きな爆発が起こった。


 爆弾 0

 [強制詠唱](自動で発動する)

 このカードをドローしたプレイヤーは3000~4000ダメージを受ける

 カードを1枚ドローする

 このカードはセメタリーへ行かず、デリートされる。


「ちい…」


 <ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒>により挿入された爆弾は威力が高い。

 これでヘンリエッタのライフは43000となった。



「まず私は<天使の旗振り役 リリン>を召喚し、効果でカードを1枚ドローする」

「[作戦]発動!<鏡よ鏡>!こちらのフィールドに<天使の旗振り役 リリン>のコピーを召喚し強制的に戦闘させる!」

 鏡よ鏡 2

[作戦]

 この[作戦]はデッキに<ゴブリン>が30枚以上存在しない限り、使用することができない。

 相手がコストを支払い、フィールドにユニットを召喚した時に発動する。

 相手が召喚したユニットのコピーを作り、強制的に戦闘させる。

 このコピーしたユニットは効果を持たない。


 相手の召喚したユニットの確実に手傷を与える事ができる優良な[作戦]カード。

 欠点としては持っているとわかっている場合低コストから順番に出されるだけで簡単に対策されてしまう所。

 また、コピーしたユニットは効果を持たない為、死亡時効果を狙っている相手に使用すると利敵になってしまう事もある。


 天馬のフィールドに効果の消失した<天使の旗振り役 リリン>が出現し、お互いに攻撃を行う。

 これで互いの<天使の旗振り役 リリン>のタフネスは1000となった。


(あと4枚)


 少なくともあと2枚は処理しなければ、とても切り札を呼ぶ事はできない。


「私はこのターン、<機械天使ボルクナール>を召喚し、効果で<語らぬ語り部ゴブリンミスティックチャイルド>に対し4000ダメージを与える!」

 機械天使ボルクナール 4 2000+4000/3000+4000


 このカードがフィールドに出た時、ユニット1体にxダメージを与える

 このxは強化されたアタックの数値に等しい

 この効果で与えるダメージの上限は7000となる


「[作戦]発動!<補給物資>でフィールド上のユニットのアタックとタフネスを1000ずつアップさせる!」

 補給物資 1

[作戦]

 ユニットがダメージを受けた時に発動する

 味方フィールド上のユニットのアタックとタフネスを+1000する


 汎用的な[作戦]カード。

 <ゴブリン>は素のステータスの低いカードが多い為、ほぼマストで投入されている。

 特に序盤に発動できれば、つらい低マナ帯をなんとかはねのけれるぐらいの性能はある。

 消費マナが1なのも評価が高い点である。


(…あと3枚)


 ヘンリエッタは慎重に、1つずつ[作戦]を解除していく。

 だが、その姿勢は天馬にとってまさに理想的な動きなのであった。


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 ちなみにですが、今回出てきた語らぬ語り部ゴブリンは明確な元ネタがあり元ネタはこれより強いです。


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