第87話 機械天使ヘルオード

(残り3枚)


 ヘンリエッタは脳内で知識を総動員し、残り3枚の発動条件のアテをつけていた。


(今までの2枚は攻撃反応・召喚反応、残り3つはこれではない)


[作戦]は自動発動のため、同じ発動条件のものが2つある場合同時に発動する。


(こうなると残るのは、プレイヤーへの直接攻撃、魔法使用、ユニットの破壊…あたりか、となると…)


「<機械天使アパシア>で<天使の旗振り役 リリン>を攻撃する」

「[…作戦]<九死に一生>を発動、<天使の旗振り役 リリン>を蘇生します」

 九死に一生 2

 この[作戦]はデッキに<ゴブリン>が30枚以上存在しない限り、使用することができない。

 ユニットが破壊された時に発動する

 破壊されたユニットをタフネス1000で[蘇生]する


「あと2枚だ」

「…やりますね」


 天馬は率直に称賛した。

[作戦]は基本的に設置も発動も邪魔されることがない為、多くのものでマナ消費は2、最大で4となっている。

 効果も自動発動によるもので設置者のコントロールが効くものではない。

 つまり、逆に言えば受ける側はある程度被害をコントロールできるのだ。

 そして今の所のヘンリエッタの処理は


 ・召喚時発動の[作戦]対策に弱いユニットから召喚し

 ・タフネスの一番大きいユニットにダメージを与える

 ・[蘇生]対策に一番弱いユニットを攻撃


 と、完璧な処理をしている。


 ちなみに、同じ発動条件の[作戦]を2つ設置している場合、それが2個同時に発動することはあるが、[作戦]発動中に起こった事象に反応して[作戦]が発動することはない。

 <鏡よ鏡>で発生した戦闘中に<補給物資>が発動しなかったのはそのためである。


 とはいえ、この[作戦]の本質は時間稼ぎだ。

 そういった意味ではヘンリエッタは天馬の時間稼ぎにまんまと載せられたとも言える。


「私はここで<天使の導き>を発動する」

 天使の導き 2

 自分フィールド上の<天使>と名前の付くユニット1体を破壊する

 そのユニットが3コスト以下だった場合、カードを1枚引く

 そのユニットが4コスト以上だった場合、カードを2枚引く

 そのユニットが7コスト以上だった場合、カードを1枚引く


 <天使>デッキにおいては貴重なドロー加速用カード。

 書き方が分かりづらいが、3コスト以下なら1枚 4コスト以上なら2枚、7コスト以上なら3枚カードを引ける 

 専ら瀕死の4コスト以上のユニットを引いて2枚ドローするのが一般的ではあるが、1枚ドローでも十分に役目を果たせるカード。


「<天使の旗振り役 リリン>を破壊し、1枚ドロー…<天印の大戦鎚>を[装備]し、プレイヤーを攻撃する」

「…<ゴブリン特製ハリボテのカカシ>を発動」


 ゴブリン特製ハリボテのカカシ 2

[作戦]

 このカードは<ゴブリン>カードがデッキに30枚以上入っていないと発動することができない

 プレイヤーが攻撃された時に発動する

 <ハリボテのカカシ>を召喚し、プレイヤーの代わりに戦闘する


 ハリボテのカカシ 2/1000/2000

[盾持ち]

[攻撃不可]


「これで残り1だな、ターンを終わる」





「…とんでもない対応力ですね」


 トリッシュは称賛を通り越して驚愕していた。

[作戦]はシーズン7でもそれなりに見るカードではあるが、魔法カードと比べてコストが低い代わりに発動は相手任せで効果も低い為あまり使われる傾向がなかった。

 だが、それでも5枚いっぺんに貼られるという事は初めての体験だったはずだ。


 だが、ヘンリエッタは現状ほぼ完璧にそれに対処をしている。

 正直なところ自分ではこのような動きをできたか、と言われると恐らくできていない。

 事実として国内対抗戦では直接対決において勝利はしたが、それは結局未来のカードを使用した分のマージンで勝利しただけであり、実力ではない…というのをまざまざと見せつけられているのだ。


(修行不足、という事なのでしょうね)


 <王騎>から<天下三剣>に乗り換えたてとはいえ、このようなダメージコントロール能力はデッキの質にあまり関係がない。

 そういった意味で明らかにトリッシュはヘンリエッタと比較すれば2段3段落ちる。


(そして何より…)


[作戦]を処理されようが微笑みを絶やさない自分の夫である。

 わかってはいたが、自分は体を重ねたこの人の事をまだせいぜい2割か3割ほどしか理解していない。

 そしてこの人はカードが強いだけではなく、知識とプレイングに裏打ちされた実力がある。


(本当に、カードラプトの事になると人が変わったよう)


少し呆れたような、仕方ないな、といった顔でトリッシュは自分の夫の闘いを見守る事にした。

終わった後にもっと色々話を聞こうと思いながら。



「あれが先生の本気…」

「明らかに今までのデッキとは違うな、闘い方そのものが違う、というか」


 クロスモアが漏らした言葉に、カーネル王子が続ける。


「はい、今までの先生の闘いはどちらかというとミッドレンジ寄りというか、10ターン前後で決着をつけるようなものが多かったように思います」

「そうだな」

「でもこれは…」

「明らかにコントロール寄り、もっといえばファティーグまで見据えているのかもしれないな」


 ファティーグ。

 意味はざっくり「疲労」であるが、このゲームにおいては少し用途が違う。

 カードラプトにおいて山札からカードがなくなり、カードが引けなくなっても敗北ではない。

 あくまでもライフが0になったほうが負けなのだ。

 そしてデッキからカードを引けなくなるとどうなるか、答えは単純で通称デスドローモードという別の山札に切り替わる。

 デスドローモードは山札の中身が固定されており、ルールとしてシャッフルされる事がない。

 そして肝心の中身は

 デスドロー 0

[自動詠唱]

 xダメージを受ける。

 xは<デスドロー>をドローした枚数x1000に等しい。


 これである。

 つまり、引くごとにどんどんダメージが積み上がっていく、それが転じて疲労、ファティーグと呼ばれるようになったのだ。

 そしてここで重要なのがこのドロー回数は通常のカードの影響も受ける事である。

 例えば、カードを1枚引くという効果は通常であれば非常に有用であるが、デスドローモードに入ると死が近づく要因となってしまう。

 ちなみにデスドローモードに入った段階で<爆弾>がデッキに混ぜ込まれるとどうなるかというと、シャッフルされずデッキの上にそのまま積まれる形になる。


「とはいえ、この先<機械天使>は大型ユニットが控えている、それをどう対処するかは見ものだな」

「絶対、なにか企んでるでしょうからね」


 現状、天馬のライフは34000で場には<ゴブリンのぽんこつ爆弾職人><ゴブリンの催眠術師><ゴブリンのイカサマディーラー><天使の旗振り役 リリン>そしてタフネスが2000まで減った<語らぬ語り部ゴブリン>が存在する。

 いずれもアタックとタフネスが1000ずつ強化されている。


 翻ってヘンリエッタのライフは43000。

 場には<機械天使アパシア><機械天使ボルクナール>が存在。



「僕のターンです、<ゴブリンの破壊工作員>を召喚します」

 ゴブリンの破壊工作員 3/1000/2000

 このユニットがフィールドに出た時、相手プレイヤーのデッキのカード3枚をランダムに選び、爆弾を設置する

 ドローした時、爆弾が爆発する


 これは他の爆弾カードとは毛色が違い、相手のデッキのカードに爆発効果を付与するカードである。

 これの有用な点は相手のカードサーチによるランダムドローでも発動する事。


「…更に、<適者生存>を発動」

 適者生存 2

 自分フィールド上の<ゴブリン>が存在する場合に発動できる

 <ゴブリン>を1体破壊し、カードを1枚ドローする

 <ゴブリン>を続けてもう1体破壊すると、更にカードを2枚ドローできる。


 非常に使いやすいドロー加速カード。

 ゴブリンにおける唯一の[魔法]カードである。

 ドローカードとしてはかなり性能が高いが、<ゴブリン>関連カードではあるが名前に<ゴブリン>が付いてない関係でサーチができなかったり、複数枚デッキに投入するとゴブリンと名前の付くカードの要件に引っかかったりだとかの問題があるため、ある程度のバランスは取れている。

 <ゴブリン爆殺>はこのカードが問題にならないほどの異常なカードが揃っているというのも理由にある。


「僕は<ゴブリンのぽんこつ爆弾職人><ゴブリンの催眠術師>を破壊し、3枚ドロー、更に…<天使の旗振り役 リリン>と<ゴブリンの破壊工作員>でダブル召喚をお行います」

「ほお」


 ヘンリエッタは特になんとも思ってはいないが観客、特にヘルオード家側はどよめく。


「その肌は岩のごとく、その体躯は山のごとく、その身を持って我が身を守り給え!<スケイルアーマー パギルダン!>」

 スケイルアーマー パギルダン3 1000/6000

 コスト3のユニット2枚

[盾持ち]


 OU3:このターン中のみ、ユニットのアタックをタフネスと同じ数値とし、ダメージを-2000する


 時間稼ぎ特化のダブル召喚ユニット。

 スタッツ的にはそう高くはないが、新品を殴ろうとするとOUを使われた場合8000ダメージ与えないと破壊することができず、返しで6000ダメージを食らう可能性があり非常に厄介。

 基本処理する場合は魔法や効果ダメージを与えてから処理するか、または[効果無効]で対応することになる。


「<語らぬ語り部ゴブリン>で<機械天使アパシア>を攻撃…相打ちですね、これでターンを終わります」


 <機械天使アパシア>で<アパシアの宝剣>がヘンリエッタに[装備]される。


「なるほど、ね」


 <アパシアの宝剣>で肩をとんとんとたたきながら1人、納得する。


(このデッキの本質は時間稼ぎだな、つまり時間さえ稼げば私、というよりは誰でも殺せるデッキなのだろう、そうなれば…)


 ヘンリエッタのドローした瞬間、手札が炸裂する。

 <ゴブリンの破壊工作員>の効果によるものだ。


(ガン詰めだ!)


「私は手札から<機械天使カーダー>を召喚し、ジョイント召喚を行う!」

 <機械天使カーダー> 5/4000/4000

 ジョイント

 このユニットが<天使>または<機械>と名の付くジョイント召喚によってセメタリーへ送られた時、セメタリーのこのカード以外のカード1枚を対象にして発動する。

 そのカードを手札に戻す。


 ジョイント召喚で発生するディスアドバンテージを一瞬で回復できる優良カード。

 とはいえ、ジョイント先が指定されてしまっている為シーズン11現在では稀にしか使用されていない。


 既に慣れた、と言わんばかりに爆発を無視してジョイント召喚を行う。


「その身を機構に変えし異形の天使よ!その力持ちて矮小たる我の願いを聞き入れたまえ!<機械天使ヘルオード>召喚!」

 機械天使ヘルオード 9/10000/16000

 <天使>または<機械>と名の付く5コスト以上のユニット+4コスト以上のユニット

 このユニットがジョイント召喚された時、カードを1枚引く

[魔法無効]

 このユニットが戦闘する時、セメタリーの<機械天使>をデリートすることで以下の効果を発動することができる

 戦闘する相手ユニットの効果を[無効化]する

 このユニットが場を離れる時、一度だけ手札のコスト6以上の<天使>または<機械>カードをセメタリーへ送って発動する事ができる

 このユニットをタフネス7000で[蘇生]する


 <機械天使>のエース。シーズン7で登場。

 はっきり言ってしまうと性能は<機械天使>のハンドバフの方向性とは絶妙に噛み合わないやや迷子じみたカードであるが、単純なパンチ力と効果を無効化する能力や一度だけ蘇生する能力などシンプルに戦闘能力が高いため、やや素の打点が低めな<天使>や<機械天使>ではシーズン11でも稀に使用されるほどの強さ。



「あれがヘルオード…!」

「ああ、モアは初めて見るのね、そういえば」


 クロスモアが高揚している横でうわぁ、という顔をしている兄妹。

 それを見たクロスモアは怪訝な顔をしている。


「私達は毎日平均10回は見てますので」

「大体アレに殴られて負けるからね」

「ああ…」


 母ならやるだろうだろうな、とクロスモアは天を仰ぐ。


「でもね、やっぱ強いよヘルオードは。あれが簡単に負けるようなのは正直考えづらいかな」


 三女のエストは疲れたような顔をしながらそう言った。


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