第37話 家族会議(上)

 俺は自分の部屋…ではなく、トリッシュを呼ぶために昨日の部屋に戻っていた。

 一瞬躊躇するが意を決してノックし、入室する。


「お、テンマお帰り~」

「おかえりなさいませ、お兄様」

「テンマさん、おかえりなさい」


 入るや否やカスミとナギとトリッシュが抱きついてお出迎え、気軽にこういう事をしてくるのだ、この子達は。


「ええと…会議があるからトリッシュを借りようと思って…シオンとクレアは?」

「今寝てるよ、流石に私達も疲れたからねぇ」


 5人と婚姻を結んだ結果、まず言われたのが呼び捨てで呼ぶように、ということだ。

 基本的にこの世界、夫婦となった場合旦那は妻を呼び捨てが基本らしい。

 これは男性の方が格が上とかそういう理由ではなく、単純に妻の名前を呼び捨てにすることは親愛を表現することである、という伝統があるからだそうだ。


「あーテンマ、会議終わったらこっちの部屋戻ってきてね。荷物とかも全部運び済みだから」

「ええ!?なんでだよ!?」

「なんでって…私達6人は夫婦でしょ?同衾するのは当たり前じゃない」

「いや…それは…そうだけど…っ」


 グダグダ言ってたらいきなりカスミに口を口で塞がれた。

 密着した顔から女性特有のほのかに甘い体臭が香りそれが鼻孔をくすぐり、同時に口の中でカスミの舌が生き物みたいに暴れまわり、歯や舌、下唇を味見するように蹂躙していく。

 ひとしきりカスミが口腔を味わった後、ようやく開放された俺はすっかりふにゃふにゃにされてしまった。

 トリッシュとナギも顔を赤くしてこちらを見ている。


「ぷはっ…もう一度言うわ、会議終わったらこっちの部屋戻ってきてね」

「ひゃい…」

「よろしい。皆で待ってるからね。じゃあトリッシュもいってらっしゃい」


 ダメだ。

 俺、少なくともカスミには一生勝てないや。





「おお、よく来た、息子よ!」

「義弟よ、改めてよろしく頼むぞ」

「こんないい子が婿だなんて嬉しいわ、早く孫の顔を見せてね」


 会議室に入った俺を待っていたのはつい先日親戚となった皆様からのパワハラだった。

 会議の面子は先日の食事会に参加した面子の中で更に選抜に絡む人間、つまり全員身内だ。


「テンマにとっては家族会議みたいなもんじゃの」


 王様が笑いながらそう言い、つられて俺以外全員が笑った。

 まったくもって笑い事ではないが、ヤッた事を考えると文句も言えない。


「さて本題よ、選抜についてじゃ。既にテンマより何枚かカードが配布されてはいると思うが、状況はどうか?」

「ハルモニア家は後日別口で調整をするので、まだなんとも言えませんが大丈夫でしょう」

「タケハヤ家は現状は必要十分と認識しております、国家対抗戦ではわかりませんが」

「セレクター家も問題ないと考えます、ですが選抜の結果次第では追加で助力を受ける事も視野に入れています」

「ファドラッサ家は先日もお伝えしましたがどうすべきか思案中です、父は私に任せる、と言っておりましたが…」


 そう、これが今回の一番の課題、<王機>が弱すぎるのだ。


 王家・ファドラッサ家・ハルモニア家の三家でも事前に話し合ったが、他の家と違いファドラッサ家の使う<王機>は確かにこの世界基準であれば国内でもトップクラスなのだが、残念ながら俺の手持ちにカードの在庫がない為強化ができず、このままでは伸び代が<地王機ファドラッサ>のみとなってしまうのだ。

 それでは流石に俺が直接カードを渡したデッキには遠く及ばない。


 お家騒動時にトリッシュに渡した天下三槍についても関係した貴族家には伝えてある、だがここで王家とハルモニア家からストップがかかった。<天下三槍>デッキ自体が強すぎる為だ。

 別に貴族家が強くなることを否定している訳では無い。それを否定していては召喚貴族は成り立たないし、寄り親より寄り子のほうが強くなり下剋上、というのも過去例がないわけではない。

 ただ今回は話が違う、あくまでも提供されるカードによって強くなるからだ。

 そしてそのカードの配布先によって枚数に差が出てしまう、というのは他家からそれはどうか、と意見が出るのは当然である。


 ただまあ、これの解決策は簡単なのだ。

 皆それがわかっているのだろう、俺に視線が集まってる。


「…天下三槍デッキは必須のカードは35枚、残りはファドラッサ家所有のカードで埋めれば申し分の無いデッキになります。しかしこれでは他の方々に不公平と考えます、ですので僕が各家にその35枚の差分を戦力を考慮して追加でお配ります」


 これしかない。


「なるほど、それならば異存ないの」

「なんだか悪い気はしますが…」


 そう言いながらネフィさんの顔は綻び嬉しさを隠せていない。

 そりゃそうだ、セレクター家は20枚近く追加でカードを貰えるんだから。

 とはいえ義母となった人なのだからそのぐらいの配慮はするべきだ、とも思う。

 こういう感情が生まれるからこそ嫁入りさせたんだろうな、そしてその狙いは完璧に的中している訳だ。

 ちらっとトリッシュを見れば本当に申し訳無さそうな顔をして頭を下げている。

 君が悪いわけじゃないんだけどね…。


「とはいえ、特定個人からこれだけカードを贈与されたのだ、妻1人を差し出す対価としては大きすぎる。彼に対する追加の見返りは各家十分用意しておくこと。親類となったとはいえ甘え通しでは面子が立たぬ」


 第一王子が俺のフォローと釘刺しをする、まあこれも儀式みたいなもんなんだとは思うが、あるなしで俺の心証は違うからな。

 実際ちょっと救われた気持ちになったし。


「では次だ、本人にはもう伝えてあるが、テンマは選抜戦の後に召喚貴族扱いの法服貴族として叙爵される事となった、これは優遇ではなく実績に関するものであり、文句を付けるものはここにはおるまい」


 王様から俺を貴族にするよ宣言。

 これはカスミから聞いているし、他の人達もそりゃそうだろうなという雰囲気。


「法服であれば事情を知らぬ他家からもあまり文句は出ないだろうしの。名目としては<緋紋機竜ミラエル>とその他カード献上と召喚方法の発見の評価、とする事とした。召喚方法の確立に関しては、事後報告となって申し訳ないが国の機関と共同で極秘裏に研究した結果という形にさせて欲しい」

「構いません、俺に注目が集中するのはゴメンですしね」

「そう言ってくれると助かるぞ、そして今はこの5家のカードの呪文のみ見つかった、と対外的には発表することとする、こちらとしても呪文を教える相手は選びたい所じゃからな」


 変なのもおるんじゃよ、と王様がげんなりした顔で言う、やっぱり苦労してんだな…。

「あと貴族派の連中にも情報を回さぬ訳にはいかんからの。テンマ教える家の選定が済み次第連絡するゆえその時は頼むぞ」

「貴族派に教えて良いのですか?」

「別に表立って敵対したりいがみ合いをしている訳では無いのでな、バランスを取るためにも多少は情報を振り分けねばならん、最悪1枚か2枚でもカードの提供をお願いするかもしれん。当然そうならぬように務めるがな」

「そう言われれば仕方ないとしか言えませんよ、わかりました」


 王様と第一王子のお願い、これは断れんわな。

 言いたいことは理解できるし、ウィルも「王様からの頼み事」は極力断るなと言っていたし。

 視線を外すとウィルとキャニスさんがニコニコで頷いている。

 パーフェクトだったようだ。


「あとあの、貴族に関連してちょっと質問が…」

「何じゃ?」


 俺はついでに先日からずっと気になっていた事を聞いてみる事にした。


「俺、結婚相手5人もいるじゃないですか、これって大丈夫なんですかね?なんか叩かれたりだとか…批判されたりだとか嫉妬されたりだとか…いや5人が嫌ってわけじゃないんですが…王様だって王妃様お一人でしょう?」


 俺が気にしているのはここだ、とりあえず身内から殺される事はほぼなくなったがいらん嫉妬を買うのは少しでも避けたい。


「あー…」

「…」

「えっと…」


 んん?なんだか微妙な雰囲気だぞ?

 やっぱりまずいのか?


「ガンデラ王、僭越ながら私から説明してもよろしいでしょうか?」

「…頼む」


 ウィルが立ち上がり俺に向き直って喋りだす。


「いいかいテンマ、今から話す言葉をよく聞いてくれ。それとトリッシュ夫人も怒らないで聞いて欲しい」


 どういうことだ?


「まず対外的に君がどう見られるか、なんだが…端的に言うと"若くして貴族と王家に完全に取り込まれて食い尽くされた哀れな奴隷"だ」

「ええ…」


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