第36話 全ての策が帰結する時

 天馬の食事と酒には興奮剤と媚薬が混ぜられていた。

 6人のまぐわい、いや5人の捕食は日が登ってしばらくするまで続き、天馬が正気に戻る頃には彼女ら5人の中には決して消せない証が刻まれていた。






「やっちまった…」





 俺は頭を抱えてベッドの縁に座り、今後どうすればいいかを必死に考えていた。

 他の5人は休憩なのかシャワーを浴びている。

 あの浮かれるような熱はなんだったのか、というほどに今は頭は冴えている。

 自分がやらかしたことは完全に覚えており、それが夢ではないことは全てがぶちまけられたベッドにありありと証拠として残っている。


「まずいじゃんこれ…」

「あら?何がまずいの?」


 いつの間にかシャワーから上がったらしいカスミ王女が横に座る、もちろん全裸だ。

 だが今はそんな事を気にする余裕はなかった。


「いや…だって…5人共…婚約者…俺…全員とキスしたし…中に…」

「全く問題ないけど…」

「問題ないわけないじゃないですか!俺以外に相手がいるんでしょう!?」


 ついつい大声が出してしまう。


「だって、婚約者ってテンマだもの」

「は?」


 なんて?


「もっかい言うね、婚約者はテンマ、5人全員」


 しゃあしゃあとカスミ王女は答える。


「いや、だって婚約者いますよって…というかなんで俺が…」

「うん言ったよ、クレアも言ってたでしょ、婚約者は優しい人だって。でもテンマじゃないとも言ってないでしょ」

「それはそうですが…それは詭弁でしょう…ていうかそんなの誰からも聞いて…」

「秘密だったからね~」


 あくまでカスミ王女は軽い。

 ああ、やっとわかった。


 これ、仕組まれてたんだ。

 全部。


「…いつから決まってたんです…?」


 俺はうなだれ、力なく問いかける。


「まず、ハルモニア家がテンマを拾うと決めた時点でクレアとの婚約は決まっていたわ、それでミラエルを召喚できたのを確認した段階で私とトリッシュ、シオンは確定、タケハヤ家はヤエの予定だったけどああなっちゃったのでナギちゃんに変更したって感じかな」


 最初からじゃん。


「スキンシップが多かったのも…」

「婚約者だもの、他の人にはそんな事しないよ?」

「なるほど、つまり…俺が保護された時点で最終的にこうなる事は決まってたんですね…?」

「そういうことになるわね」


 俺は色々ぶちまけたベッドに体を投げ出した。


 やられた、いろんな意味で。


 今思えば不審な点は多かった。

 でも世界が違うしそういうものだと思ってたのもあるし、なによりモテるのに悪い気がしなかった。

 慕ってくれる女性がとびきりの美人なら尚更だ、元の世界だと全然だったし。


「さて、見目麗しい少女や美女を5人かわるがわるたっぷり楽しんだテンマくんに質問です」


 カスミ王女が顔を近づけてニコニコしながら言う。

 いつの間にかシャワーから上がったらしい4人が近くにそれぞれ座っている。

 そして。


「全員、責任とってくれるよね?」


 カスミ王女からのトドメの一撃。

 そうなるよな、うん…。

 貴族のご令嬢5人だもんな…俺の返事は。


「とります…」


 これしかない。

 これだけの証拠があれば言い逃れはできない。

 全てを王家とハルモニア家に依存していた俺に逃げても受け入れ先はない。

 全て仕組まれていたのであればこの部屋にも何かしらの仕掛けがあるのだろう。



「やった!これからよろしくね、あ・な・た♡」

「旦那様、ありがとうございます」

「お兄様、いえ旦那様、末永くよろしくお願いします」

「この先ずっと添い遂げる所存です、テンマ様」

「テンマさん、よろしくお願いしますね」


 5人全員が抱きついてくる。

 全て仕組まれていたというのはとても引っかかるが、全員文句無しに抜群に美人なのだ。

 悪い事ばかりではない、うん。

 というかいいことのほうが多い気さえする。

 ていうかその裸で抱きつかれるとその…


「あっ」

「あら、元気」

「…もっかいやりましょうか」

「休憩できましたし」

「そうですね」







 俺は再び5人のけものに捕食された。












 おそらきれい。


 あれから結局、捕食されて休憩を挟みを繰り返し開放されたのは翌日の朝。

 その頃には完全に女性陣に骨抜きにされてしまった。

 そして今俺は王宮の中庭で1人ボケーっと空を眺めながらこれまでとこれからを考える。

 色々と出し尽くしたので思考が凄まじくクリアだ。


 あれからカスミ(もう妻なのだから呼び捨てになさいと言われた)に色々聞いたが、どうも政略全振りという訳ではないようだ。

 同年代の男性がどうしようもないのは本当みたいだし、この世界基準であれば俺はとんでもない優良物件であるというのは5人から散々愚痴を聞かされてなんとなく理解できた。

 せめて嫁ぐならばまともな男に、という親心もあったんだろう。

 皮肉にも今後俺が殺される可能性がかなり低いという証明にもなっている。


 そして今ここで考えをまとめていて自分の事ながら衝撃を受けているんだが、俺はもう元の世界に帰還したい気持ちが殆どなくなっている。

 理由は当然ながらこの2日の出来事だろう。

 手を出した以上責任は取らないといけないという考えも当然、ある。

 二重の意味でハメやがって、冗談じゃないぞという気持ちもある。

 でも、この数日の彼女らとの交流で完全に絆されてしまった。

 もう彼女たちがいない生活を想像するだけで寒気がするほどだ。

 仮に帰還方法が確立されたとして、彼女たちを置いて1人で帰ってその後俺は幸せになれるのか?と考えるようにもなってしまった。

 そして今後を見据えると5人は近い将来確実に懐妊する。

 それが目的なのだから当然だ、そして子供が生まれてしまえば俺は完全に帰る気がなくなるだろう。

 これこそ王家が狙い、完璧なるハニートラップだ。


 とはいえ、俺に実益がない訳では無い、大前提としてハルモニア家に拾われてなければまず死んでいたのだから。

 拾われた後もカードを全部取られて殺される、という展開もどこかで道を間違えれば十分あり得た。


 カスミに聞く限り王家から妻を娶り正式な国王直下の人間になったとはいえかなりの自由裁量は認められている、カードの管理も王城の宝物庫の一部を間借りして管理することにはなるが取り出しは自由に可能。

 更に国内対抗戦のタイミングで2枚目のミラエルとその他のカードを発掘し王家に献上した見返りとして法服貴族、土地を持たない勤め人の貴族として選定され王都に屋敷を貰えるらしい。

 ちなみに肩書はカードラプトの王宮付き講師。


 …今思うと、最初はアドレナリンを分泌させてヤケクソになって高く買わせてやる!ってイキってたけど、本当に高く買われたんだなあ…。

 そんなことをぼんやり空を見上げて考えていると、急におそらに影が出来る。


「やあ、義兄さん」


 ウィルが過去一イラつく笑顔で絡んできた。


「…お前知ってたんだな、止めないはずだ」

「…そりゃまあね。でも感謝して欲しい所だよここは、僕が強引に父にプッシュしてなかったら死んでたかもよ」

「…だろうな、ていうかお義兄さん言うな」


 そう、ウィルは年下だったのだ、俺も知ったのは結構最近。

 どちらかというとウィルより年上なの!?と周りに驚かれた側だったが。


「ははは、感謝もしてるんだよ義兄さん、クレアの嫁ぎ先本当に見つからなかったもの、未婚のままでいいですって言うんだよ?あんな可愛い妹が。ありえないでしょ」

「本人達からも聞いたけどそんなに酷いのかよ同年代の男子…」

「そうだね…シェリダンいたじゃない?ファドラッサ家の。あれが相当まともに分類されるぐらいかな」

「うわぁ」

「僕らの世代はもっともっとマシだったんだけど、ここ4年5年が特に酷くてね、まともな男はそれこそ入学前から結婚決まってたりしたから余計に」

「入学時にはまともな男は市場にないわけか…」

「戦闘貴族の子息の気性が荒さは昔から問題だったんだけど、それでもある程度の荒さはカードラプトで勝つにおいては必須だから難しくてねえ…ここ数年はどこも制御できていないみたいだ」


 カードゲームに限らず、勝負事ではある程度の反骨心というか負けん気は大事だ。

 絶体絶命の時に勝ちを手繰り寄せるには諦めない心が一番必要だからな。


「そういう男性がとても多いのもあって貴族じゃなくて商人に嫁いだり、貴族家同士のパワーバランスを悪用して3歳の男の子と15歳の女の子を婚約させるとかも発生してるからね。うちらとしてもなんとかしたい所ではあるんだけど…」

「利害関係のない貴族なんていないもんなあ」


 上司の子供を指導するなんて金貰ってもやりたくない、嫌過ぎる。


「そういうこと、なんとかしないとな…って思っててね…ん?」


 ウィルが俺のほうをジロジロ見ている。


「なんだ?どうした?」

「いや…うん、なんでもない」

「また隠しごとか?」

「まさか。ああそうそう、雑談だけに来たんじゃないんだよ、王様からの伝言だ。午後から会議するからトリッシュと一緒に参加してくれ、我が息子よ。だってさ」

「…」

「伝えたからね、義兄さん」


 息子よ、かあ…そうなっちゃうのか…。


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