第49話 教材となるもの
リリさんを加えた女性陣とのお茶会が始まった。
リリさんはその外見に違わぬ癒やし系というかぽやぽやした雰囲気の女性で、初対面のはずのシオンとナギが爆速で懐いていた。
正直俺からの印象も結婚を意識して考えると(厳密には違うが)非常に魅力的だ、同年代でもあるし……凄いデカいし、どことは言わないが。
この世界の結婚事情についてだが、以前聞いたところによると貴族は大体婚約が12-18歳までのうちに行われ、20歳までには結婚するのが普通であり、ギリギリ待てる年齢が22から23でそれ以上はかなりランクを落とさないと結婚は難しいらしい。
これが男性だとやや余裕があり26ぐらいまでに結婚できればなんとかセーフ、という感じらしく、実は俺はギリギリセーフだったようだ。
ちなみにナギが今14だが、この年齢で結婚をするというのは推奨されているわけではないがそこまで珍しい訳ではないらしく、家の関係で跡継ぎが一刻も早く欲しい、という事情等で低年齢で嫁ぐという理由でこのぐらいの年齢で結婚することはたまにあるとか。
というわけでこの世界では合法なのだ、うむ。
話を戻すと、リリの実家は召喚貴族ではなく普通の貴族であり、しかもそう影響力のある貴族ではない為、ランクを落とすとなるとどうしても高齢の貴族の後妻であるとか、商人の○番目の嫁、という事になってしまう。
そしてそういう家に嫁がせてしまうこと自体が恥、と考える家も少なくない。
特にリリは身分はともかく幼少から第三王女殿下の側で常に侍女として働いてきた身であり、当然色々な秘密も抱えている為結婚相手にも王族のチェックが入る。
その本人の器量と立場から引く手数多であったがカスミの決死の妨害で断念し未婚のまま暮らす事を決意した、という流れだったようだ。
なるほど、それならば俺についでにもらってくれれば万々歳という事になるはずだ、国王夫妻もリリとその家族にかなりの負い目があるだろうし。
「さっきカスミから聞きましたがリリさんはお酒が好きだとか」
「あら!カスミちゃんったらもう…旦那様になんて話を…」
「ふふふ、いいじゃないのリリ」
「僕も結構好きなので、今度一回付き合ってくださいよ」
「えっと……旦那様からのお話とあっては断れません……ね」
彼女は少しはにかみながらもOKしてくれた、少し強引ではあったが2人で話す為の根回しをしていく。
カスミがリリさんの視界の外でサムズアップしている。
その後、親睦を深める意味でグローディアさんとリリさんを含めた屋敷の主だった面々と一緒に食事をすることにした。
こんなことをする貴族家はまずないらしく、皆一様に驚いていたが「この家は俺がルールだから」と言って強引に席についてもらった。
顔を覚えないといけないっていう副次的な理由もあったけどね。
疲れた。
帰りたい。
「テンマさんはカードも強いとか、今度一度拝見させていただきたいですな」
「機会がありましたら…」
「シオン様と随分仲が良いようで、非常に喜ばしい限りです」
「彼女は私を立ててくれるとても良き女性ですよ」
食事会の翌日より、地獄の四家周りが始まった。
トップバッターはセレクター家でのパーティだ。
俺と結婚した女性陣の実家の寄り子の貴族や親戚筋は機密保持のために俺との結婚を貴族銘鑑を見るまで知らされていなかった。
本来であれば婚約段階でパーティを開いて大々的にお披露目するのが筋であるので、この親戚筋周りは絶対に避けては通れないイベントなのだ。
幸運だったのが変に敵対的な人間や取り入ろうとする人間がいなかったことで、これは選考の段階でやばそうなのはハネてもらっているのと、俺の教師赴任予定という肩書が想像以上に効いた事によるものらしい。
俺が強い、というのはウィルやネフィさんやらヤクモさんが散々家臣に説明しているので広く認識されているようで、中にはうちの子供が学校に通っているのでよろしく、と牽制してくる人もいたが大半の人は「許可を出すからうちの息子を叩き直して欲しい」という話をしてきた。
どうやらどこの家も子供の教育に難儀しているようだ。
妻は全員連れてきているが、今回はセレクター家主催のパーティの為常にシオンが帯同し、他の4人は壁の花となっている。
とはいえおかしな人間に絡まれないようにグローディアさんが常に見張ってくれているし俺もたまに視線を向けている。
「あっ」
「おっと」
シオンがスカートの裾を踏んづけてコケそうになったのを素早く受け止める、コレで2回目だ。
「ごめんなさい……テンマ様……」
「主役がそんな顔しちゃ駄目だ、笑って笑って。今度はもっと裾が短いドレスを作ってもらおうね」
「は、はい……」
泣きそうな顔になっているシオンを慰める。
この子なんていうか末っ子感あるんだよな…嫁さん達の中だと最年長なのに…。
「あらあら、仲が良いわね」
「あっ、ネフィさん、セクトさん、先日はどうも」
「お父様お母様、こんにちは」
「相変わらずそそっかしいわねシオンは、もう少ししゃんとしなさないな」
「は、はい…」
ネフィさんにはバレてたようだ。
ここはフォロー入れておかんとな。
「いやいや、彼女はよくやってくれていますよ」
「それはないだろう」
「ないわね」
俺の渾身の擁護がシオンを一番良く知る2人に両断される。
いや俺もちょっと苦しいかなって思ったけどさ!
「とはいえ、夫としては合格の行動よ、私達以外から言われても守ってあげてね」
そう言い、2人は他の来賓の対応に回った。
「というわけでさ、シオンはちゃんと守るから。いつも通りでいいよ」
「……はい」
シオンは耳まで真っ赤になって俯いている。
うまいことフォローできたようだ。
さて、もう少しがんばりましょうか。
そこから大体1週間で3領を回るというハードスケジュールをこなし、流石に俺も女性陣もヘトヘトだ、護衛の人も目に見えて疲れているというのに1人ピンピンなのがグローディアさん。
屋敷に着いて玄関前で座り込んでいる俺に対し「お館様はもう少し運動をしたほうがよろしいですな、落ち着いたらメニューを作りましょう」と言いそのまま庭で「日課が終わっていませんので」と言って剣振り始めた時は思わずこの人無敵か?って口走りそうになったよね。
「旦那様、奥様方、長旅お疲れ様でした。お風呂をご用意していますのでどうぞ」
全員生まれたての鹿みたいな足取りで屋敷に入るとリリさん以下メイドさんたちが既に待機しており、案内されるまま風呂に放り込まれた。
あー……
誰かの気の抜けた声が聞こえる。
ここは屋敷の浴室、超デカい。
その広さに見合った巨大な浴槽に皆無言で浸かる。
圧倒的な疲労の前にはイチャイチャする気など消し飛ぶのだ。
「……普通あんな強行軍は組まないから……今回だけだから…多分……」
「そう願うよ……」
カスミが天井を向きながら目の上にタオルを載せて吐き出す呟きに俺も消え入りそうな声で同意する。
「最後のハルモニア家で頑張りすぎたかな……でも疲れてる顔を見せるわけにもいかないからな」
「旦那様物凄くテンション高かったですものね……」
「あのぐらい頑張らないと疲れに負けちゃうから……」
最初のセレクター家と次のタケハヤ家まではまだ良かった。
ファドラッサ家が距離的に少し遠かった為パーティが終わってすぐ馬車に乗り夜を徹して走りハルモニア家にパーティ当日早朝に到着、仮眠をして着替えてパーティへ、という流れが想像以上にキツかったのだ。
とはいえ、ゲストにはそんなことは関係ない。疲れてるからナシで、などと言えば顰蹙を買うだけだ。
なので頑張るしかなかった。
「……変な貴族が殆どいなかったのが救いですね……」
「素行調査ちゃんとやったからね……王家も合同で」
「ああ、やっぱり配慮してくれてたんだね……」
「テンマは存在が半分機密みたいなもんだからね…当然…当然」
クレアの発言に既に会話の速度が普段の半分以下のカスミがふりふり手を降って答える
「……」
「ナギちゃん、まだ寝ちゃ駄目よ」
広い湯船の端によりかかりうつらうつらしているナギをトリッシュが慌てて抱きとめる。
シオンは既に湯から上がり備え付けのデッキチェアで完全に"寝"の体勢に入っている。
これはよくない。
「このままだと全員寝ちゃいそうだな、名残惜しいがもう上がるか…」
「そうですね……シオン、起きなさい。風邪引くわよ」
「んう……」
ナギに肩を貸したままデッキチェアに横になっているシオンの顔をトリッシュがぺちぺちと叩く。
呼び捨てかあ……一番年上のはずなんだがなあ、シオン……。
結局この日は風呂上がってそのまま皆で爆睡してしまった。
翌日、結局皆疲れが取れず動き始めたのが夕方。
今日から学校が始まるまでは授業のリハーサルと教材研究の時間にあてることになっている。
「お兄様、格好いいです!」
「うんうん、良く似合ってるわ」
まずは形から、という事でサスペンダー付きの服を見繕って貰い、頭も無造作ヘアという名の適当なボサボサ頭から整髪油できっちりオールバックにセット。
更に伊達眼鏡も付けて教師っぽい装いにチェンジしてみた。
ちなみにヘアスタイリングと着付けはリリさんにやってもらった。
「身分を隠すわけではないけれど、印象は変えたほうが良いかな、と思ってね」
「髪型を変えるだけで結構印象が変わりますね、ワイルド系というか……」
「もう少し髪自体を短く切ってもいいかもしれませんね」
「…」
女性陣の品評会が始まるが概ね好評のようで良かった。
そして明らかにクレアが元気がない、心ここにあらず、って感じだ。
教師になるの反対してたって言ってたからなあ…。
「クレア」
「!っひゃ、はい!なんでしょうか!」
「心配してくれるのはとても嬉しいけど、大丈夫だから。その為に王様から生徒全員捻じ伏せて苦情きても取り合わないって言質もらってるんだし」
そう、女性陣の実家で一筆書くか、という話がかなり大きくなり、正式に王様から
「学校で俺が生徒をボコボコにして苦情がきても特段の理由がない限り取り合わない」という内容の書類を貰ったのだ。
これを見せれば少なくとも国内貴族は基本俺のやり方に文句は付けれない。
恨みは多少買うだろうけど、ね。
「それは分かっています……ですが、どうしても在籍当時に良い思い出がなくて…」
「うん、それは分かってる。王女だったカスミでさえ嫌な思いをしたぐらいだしね。でもね、僕らの子供も結局貴族学校に入るんだよね」
「あ……」
「それ考えたらさ、俺が突撃して全部一度生徒の文化みたいなもんを破壊してしまったほうが後々の為かな、って思いもあるんだよ」
「子供…子供……私と旦那様の子供が、そうか、その通りです。入れないわけにはいかないんだ……」
クレアがうんうん、と頷きながら思案している。
俺が教師になることを前向きに捕らえた大きな要因として、生まれてくる子供の為という理由が多分にある。
遠からず彼女達は俺の子供を孕んで産むだろう。
どこの科に所属するかは今は分からないが少なくともトリッシュの子は召喚貴族としての道を歩むことになる。
その時に明らかに終わってしまっている貴族学校に入れるのは余りにも可愛そうだ。
話を聴く限り現状の貴族学校が終わっているのは教師が教師としてブレーキ役になれていないからだ、俺がそこに突入して少なくとも「教師には逆らわない」という共通認識さえ作れればある程度期間はかかるであろうがかなりマシな環境になるはず。
王家もそれが分かってて書類をくれたとも思っている。
「さて、話を変えて授業を試しにやってみようか」
俺が教えようと思っているのはとりあえず4つ
1.ゲーム開始時にドローした時に何を何枚入れると何%の確率で手元に来るかの計算
2.デッキのマナカーブの考え方
3.ユニットの攻撃優先度
4.[効果を全て消去する]カードの仕様優先度
1と2は実際には似たような事を言っているのだが、わかりやすいように分けて教えるつもり。
「……こんな感じで教えるつもりなんだけど、どうかな」
とりあえず1と2の触りだけやってみたが生徒の反応がおかしい。
皆笑っていない、めちゃくちゃ目が真剣だ。
「……テンマさん、この話って誰かにしたことは?」
トリッシュが真剣な顔で訪ねてくる。
「いや、無いけど…」
「テンマ」
カスミがいつになく真剣な、というよりは心配そうな顔でこちらを見つめてくる。
「これ、やばいよ。今の内容だけでもまずパパに送ったほうがいい。これは秘伝とかそういうレベルのものだ」
うんうん、とクレアとシオンも頷く。
「秘伝……?」
「うん、大体どこの家もデッキを組む秘訣みたいなのは機密扱いで、文書になっていれば良いほうで口伝のみで伝えられているものとかもかなりあるの」
まあ、そんな気はしてた、前にも思ったがこの国の貴族家のプレイ精度はヘルオード家以外かなり荒い。
デッキも最適化されていない。
インターネットもなく情報が貴族家同士で共有されない環境でカードプールの変化があまり起こらない、となるとなんとなくで色々通じてしまうんだろう。
「とりあえず、今作ってる資料途中まででいいので私にください、モノにしてみせます」
トリッシュが燃えている、代表選手だもんな…。
「ローディ!」
「は」
カスミの呼びかけに外に待機していたグローディアさんが入ってくる。
「テンマの持ってる資料を2部ずつ複写して、秘密厳守よ。終わったら1つはトリッシュに、1つは王室に」
「どちらを優先しましょう」
「王室用を優先して」
「王へはなんと」
「学校で教えていい部分と駄目な部分を分けてよこしてって言えば多分分かってくれるわ」
「御意に、すぐにかかります。口が硬い内務の者を何名か応援を呼びます。お館様、失礼ですがそちらの資料を全てお借りいたします」
もうリハーサルどころではなくなってしまった。
この反応見るとジャッジ用ルールブックとかウィル以外に見せなくて正解だったな、王様とかから言及がないということは律儀に黙ってくれてるみたいだし。
このへん出すのはもうちょっと落ち着いてからだな…。
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年内後1回更新したいですね…。
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