第21話 魔法と包囲網
「…」
「…」
今俺はおっさん…というのは失礼だ、セレクター領領主のネフィさんの夫であるセクトさんと2人だけで釣りをしている。
他の皆はネフィさん含めて両家同士の和解案を作らなければならないので忙しいとの事。
暇だなと思っていたらセクトさんが釣りでもどうかと誘ってきた。
「…」
「…」
長い沈黙が続く。
「テンマくん…でいいかな」
「…!えっと、はい」
セクトさんが話しかけてきた。
「君の境遇は人づてだが聞いている、不憫だと思う。ソレと同時に申し訳なさもある」
不憫はいいとして申し訳ない?どういうことだ?
「仮に、仮だ、元の世界に戻れなかったとして、君はどうしたい?どうするつもりだ?」
「それは…」
「脅すわけじゃない、だがその事は常に考慮しなければならないのではないかな?」
「そのとおり…ではあると思います」
帰れる保証なんてものはない、その通りだ。
ハルモニア家でも王家でも探してくれるとは言っていたが見つかる保証はない。
いや、見つからない可能性のほうが高いだろう。
「私が言いたいのだはね、帰る事に固執、いや言い方が悪いな…帰る事にだけを考えてしまって、他の色々な周りの変化とか、そういったものを見逃さないようにしたほうが良い、という事だ。帰れるのであれば良い、だが選択を間違えれば帰れないのに手元に何も残らない、ということも当然ある」
俺は素直に聞き入る。
「保険はかけておけ、と言うことだ。全てにおいてな」
「…すみません、よくわかりません」
「保険・妥協・逃避、言い方は色々あるが…帰る事を一旦忘れて改めて今の立場を考えるということも重要、という話だ」
「なるほど」
「例えば…そうだな、魔法技師になるとか、そういう手に職を付けるとかそういったプランだな」
んんんんんん?魔法??????
「すいません、魔法ってなんですか!!!??」
俺はセクトさんに掴みかかる。
「いや…魔法は魔法だが」
「魔法あるんすか!??何も聞いてないんですけど!!!!??」
本当に聞いてねえぞ!
そんなモンあるのかよ!
「落ち着いて…ちょっと待ってくれ…あー…多分君が思ってる魔法とはちょっと違う…と思う」
セクトさんは俺をなだめながら続ける
「多分君の指す魔法というのは、手から火の玉が出たり空を飛んだりとかそういうものではないかな?」
「それは…そうです」
魔法っつったらそれだろう、常識的に考えて。
「それはこちらでもおとぎ話の世界の話でね、実際に僕らが魔法と呼んでいるのは、体に回る魔力、それを効率よく利用するための手法を魔法、その効率よく利用するための手法を道具の形にしたものを魔法具と読んでいるんだ」
「それを作るのが魔法技師と?」
「そういう事、魔力は誰にでも存在する、魔法のない人間など誰1人存在しない、魔法がなければ例えばこの屋敷のトイレなんかは動かないし、召喚器も動かない」
なるほど、カードが実体化しているのはその魔力のせい、という事か。
「私が思うに、我が家やハルモニア家もそうだし、他の貴族家や王族に伝わってるカードは元は君のような別の世界から来た人の物なのではないかな、と思っている」
これは俺も最初から思っていた。
ウィルは初代様は<光響聖騎士ハルモニア>を呼べた、と言っていた。そして呼べなかった理由は召喚口上がわからなかったからだ。
そしてそんな口上があるのであれば言い伝えとして残ってないとおかしいのだ。
つまり、その初代様が持っていた召喚器、というよりはボードは元の世界のものではないか、という事だ。
「まあ、全ては200年以上前の過ぎてしまった事だ、今を生きる私達には君が呪文の知識を持ってきてくれたのが何より重要だ。すまない、話が横にそれてしまった」
「いえ…僕も取り乱してしまいました…手に職をつけるという話でしたね」
「そうだ、例えば君はカードラプトが強いだろう?コツを書き記して指南書を作るとか…」
その後セクトさんとは元の世界の話やくだらない話、はたまた女性の話なんかで盛り上がった
最初の印象とは違ってよく喋る面白い人だ、そして女性の話になった際に少し気になっていた事を聞いてみた。
「そういえばセクトさん、少し聞いても良いですか?」
「なにかな?」
「答え辛いようなら別に良いのですが…セフィさんとあまり仲がよくないのです?」
「何故かね?」
「いえその…先程の対応が事務的というか…上司と部下みたいな感じというか…」
「ああ…」
セクトさんが言い淀む。
「…仲が良すぎるんだ」
「え?」
「妻と私は仲良くてね、特に妻が。油断すると人前でもくっついてしまうのだ、だからあえてああいう厳しい対応をとっているんだ、先日も食事の際にね…」
そこから2時間延々とノロケをきかされた。セクトさんあんたも大概だぞ。
「シオン=セレクターと申します。カスミ王女様、クレア様、同じ殿方に嫁ぐとの事でこれから何卒よろしくお願いいたします」
シオンが丁寧に頭を下げる、身長は天馬よりわずかに高く女性としては高身長で髪は白のハイポニーテール。顔は切れ長の目が特徴的な凛とした印象で、悪く言えばキツめの顔といった感じ、バストはクレア以下カスミ以上といった所で一言で言えば女騎士というのがわかりやすいかもしれない。
「カスミです、よろしくね」
「クレア=ハルモニアと申します、シオン様よろしくお願いします」
カスミは軽く、クレアはカーテシーで答える。
「ええと、結婚したら同じ立場になるから、とりあえず敬語はなしでさ?そっちのほうがやりやすいし」
「しかし…」
「そうですよ、我々は家族になるのですから」
「では…これからよろしく頼みます、お二方」
「まだ固いなあ…」
「私はあまり出来がよくないので…この後未来の旦那様と顔合わせと思うとどうしても…」
シオンはその風貌から誤解されがちだが気が小さく運動も苦手だ、その割にこの世界としてはかなり身長が高く目付きも悪くみられがちな為見合いも失敗し続けすっかり意気消沈していた。
「大丈夫!テンマは本当に優しいから!その優しさに寄りかかっちゃえば大丈夫だから!」
「私もそう思いますわ、今この王国で一番の結婚相手と言っても言い過ぎではありませんもの」
2人が言う、これは本心だ、本人の意思は確認していないが。
「そ、そんな人に私が嫁ぐなど…」
「大丈夫大丈夫!それでテンマとの顔合わせなんだけど、結婚とかそういうの匂わせちゃダメだからね!今回は本当に顔合わせだけ!」
「というと…?」
「今テンマの結婚相手はシオン含めて4人決まってて、あと多分1人ぐらいは増えると思う。その全員で国内選抜前にテンマに一気に襲いかかって勝負決めるから!」
「お、襲いかかるって…」
シオンの顔が真っ赤に染まった。
「テンマ様は頭が良く思慮深い、それでいて女性にはとても紳士的で優しく、非常に善良で情の深い結婚相手としては申し分のないお方。ただその上で故郷への帰還を望んでおられます」
クレアが続ける。
「だからこそ短期決戦が有効なのです、考える暇を与えず既成事実を作ってしまえば、あの方は私達を見捨てることはないでしょう」
「そういう事。弱みにつけ込むようだけどテンマも絶対幸せになるし、幸せにするからさ。嫁さん5人以上だよ!男の夢ってやつだよ!多分!」
「顔合わせには私達も同席しますので、シオン様はとにかくテンマ様との交流を最優先にしてください、今は結婚等は考えず、ね」
そんな女性陣を見ながらネフィは微笑んで頷いている。
ネフィからすればこの縁談は得しかないので当然だ。
ウィルは自分が片棒を担いだとはいえ引いている。
着々と天馬包囲網は完成しつつある、本人はまだまだ気付かない。
女性は恐ろしい。しみじみとそう思ったウィルは愛する妻へのお土産を増やすために席を外し1人買い物へ行くのであった。
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