第44話 一枚噛ませろ
「いやいや、参った参った!降参だ降参!」
会場がざわつく。
基本的に召喚貴族は「みっともなくあがくよりも大人しく負けを認めるほうが貴族としてスマート」という不文律があり、それに則って見れば何もおかしくはない。
だが、ヘルオード家は違う。
所謂記録の残る公式の試合で負けた事が殆どない上、例え負けるとしても最後の最後まであがく、そういう戦闘スタイルなのだ。
そういう意味でヘンリエッタの降参はウィルを含めた観衆全員に衝撃を与えた。
試合終了後、ヘンリエッタが高速でウィルに近づきその肩を寄せ、ギリギリと万力のように力を入れつつこう言った。
「今日の夜予定開けとけ、聞きたい事がある」
「……王宮の許可が必要ですよ」
「出るよ、出させる。上でクレアちゃんとカスミちゃんやらといちゃついてるガキも一緒な」
ちらっと関係者席の天馬を見るヘンリエッタ。
「……ご期待に添えるかはわかりませんが持ち帰って検討してみます…」
「ハハハ、期待に添えるかじゃない、添うんだ。いいな」
言うだけ言ってヘンリエッタは上機嫌で自分の控室に戻っていった。
その後、ウィルは今日予定されていた試合がこの1戦で終わった事もあり、取材陣や他貴族に取り囲まれ夕方まで質問攻めにされた。
「テンマ、ちょっといいかい?」
大会初日の夜、嫁さん達と夕食後の語らいをしているとウィルが部屋を訪ねてきた。
「おお、今日は大変だったみたいだな」
「お兄様、お疲れ様です」
「お陰様でね。クレアもありがとう、ともあれ今日は助かったよ、貰ったカードが無かったら絶対に負けていた」
「……あのヘルオード家の強さはちょっと異常だ、あんなの素の状態でそうそう勝てるモンじゃないよ」
俺は本心からの言葉を口に出すと、ウィルの表情が少し険しくなる。
「君からみてもそう思うんだね」
「ああ、デッキに粗がなさ過ぎる」
「なるほどね……」
「んで、用件はなんだ?明日も試合あるのにこっち来るってことはそこそこ重要な用事なんだろうけど」
「ああ、それなんだけどね、今話に出たヘルオード家との会談がこの後あるから出席して欲しいんだ」
「は?」
気の抜けた声を出す
「ほらね、だから言ったじゃん」
カスミがけらけらと笑う。
「ていうかこれハルモニア家と王族の問題だろ、俺いるの?」
俺だって会ってみたいとは言ったが半日後に会いたいと思ったわけではない。
「まあ普通に考えれば君が絡んでないなんて結論にはならないからね、しかも王から許可出ちゃったし」
「出すのかよ……」
「ヘルオード家にはうちも王家も世話になってるというか、国まるごと世話になってるからね…どうせ後々話をするつもりではあったし、時期が早まっただけとも言えるから断れなかったみたい」
「ヘンリエッタ様は何かと立場が悪くなりがちな女性にとても優しいので、学園とかにも臨時講師として顔出ししてくれたりしてたんですよ、多分ここにいる全員面識あると思います」
「私もあります」
「直接話をしたことはないですが、私も」
トリッシュ・シオン・ナギの3人が答える。
「なるほど、悪い人ではないんだな」
「そこは諸説あるね、強引なのはその通りだから」
諸説あるんかい。
「ああ、女性陣も良ければ来てくれってさ、久々に挨拶したいからって」
「じゃあ準備しましょうか」
「外で待ってるから、準備できたら呼んでね、事前打ち合わせも有るからなるべく早く頼むよ」
ウィルの退室を確認後、女性陣が着替え始める。
「あの、まだ心の準備できてないんですが…」
「大丈夫大丈夫、ちょっと怖いけど優しい人だから!テンマもほら着替える!」
「ヘルオード家家長 ヘンリエッタ=ヘルオードだ、よろしく」
「ええと……テンマです、よろしくお願いしますいてててて!」
ヘンリエッタさんと力強く握手する、めちゃくちゃデカい、体感シオンの1.5倍ぐらいある、その割に顔というか目元は優しく、アンバランスな印象を受ける。
そして力が強い、凄まじい握力で手が潰されている。
痛えよ!
「それぐらいで勘弁してやってくれ、ヘンリエッタ殿」
第一王子が助け舟を出してくれた。
今回の出席者は俺と嫁さん5人、ウィル、キャニスさんに第一王子、そして眼前のヘンリエッタさんと国を動かせるメンツが揃っている。
「ハハハ、悪い悪い。そんでカスミちゃんクレアちゃんにトリッシュ、シオン、それと……タケハヤんとこのナギか、久しぶりだね!」
ヘンリエッタさんは4人を器用に抱きしめ、ナギは肩に乗せて貰っている。
戸愚呂弟みたいなスケール感だ…。
「お、お久しぶりです、ヘンリエッタ様」
「私に内緒で嫁ぐとは水臭いじゃないか、それも1人の男にと来たもんだ。結婚式はどうすんだ?」
「い、色々と事情がありまして…結婚式に関しては対抗戦の後に…」
凄い、あの毎回人を振り回すカスミが完璧に振り回されてる。
というか結婚式の件初耳なんだけど!
「フン、まあ悪い扱いはされていないようだ、そこは認めてやるよ。テンマの坊主」
そう言って4人を開放する、謎のお許しが出た。
「そういうのって分かるものなんですか?」
するすると器用に肩から降りたナギがヘンリエッタに聞く。
「ああ、わかるよ。目を見ればね、不当な扱いされてる時は常に旦那の方を見て顔色を伺ってるもんだ。それに観戦してる時にちらっと見たが皆が見ている前で男に甘えるクレアちゃんなんて見たことなかったからね、こいつが悪い男じゃないってのはまあ想像が付く」
なんだか褒められたようだ、じゃああの最初の握手はなんだったんだよ…。
「ちなみに不当な扱いされていたらどうなってたの?」
「そこのボンクラの顔が平らになっていただろうね、私の蹴りで」
カスミの質問にさも当然のように暴力を行使すると答えるヘンリエッタさん。
「……ヘンリエッタ殿、そろそろ本題に入ろうではないか」
「おっと、そうだね。失礼した…嬢ちゃん達は戻りな、トリッシュとか明日試合だろ?大丈夫だ、旦那を悪いようにゃしないから」
ヘンリエッタはそう言い、カスミたちを退席させる。
見送るまでは目尻を下げ柔和な顔つきをしていたが扉が閉まった瞬間
猛禽類のような鋭い目に変わる。
まあ分かってたけどこっちが本性か。
「ヘルオード家の要求は1枚噛ませろ。それだけだ、あんたらなら言ってる意味分かるだろ?多分実際に私が交渉しないといけないのはそこのボンクラなんだろうがね」
ヘンリエッタさんはそう言い俺を指出す、バレてーら…。
「……今<機械天使ヘルオード>の召喚条件は調査中です、判明次第…」
「いーや、嘘だね」
俺の返答にぴしゃりとヘンリエッタさんが断言する。
「何十年何百年もこの国の研究者が研究して、それでも見つからなかったもんが急に立て続けに見つかる訳がないだろうよ、それに見つかったとしても尽く王宮との仲が良好か中立的な家のカードだけ判明するだなんて都合の良い事があるもんかい」
「そ、そう言われましても、事実として……」
「遺跡を発見し調査した結果ミラエルと古文書を発見した、だったか。まったくたいした成り上がりだよ。でもね、他の中堅以下の貴族家ならいざ知らずそういうなんかやりそうな奴は多かれ少なかれ私の家の網にかかるもんさ。でもあんたはそういうのもなかった、それこそ急に生えてきたみたいにスッと出てきてこの100年で一番の成果を叩き出した。なあ、お前一体なんなんだ?」
「ええと……」
「仮に王家が単独で発見した遺跡を秘密裏に調査していた、というのであればまあ理解できなくもないさ、でもそうなってくるとこのボンクラの出自が問題になってくる訳だ。そんな調査を私ら貴族にバレないようにやるには身内だけでやるしかない」
「……」
「お前が王族なら出自を隠す必要性もないしそう紹介するだろうし、うちの王サンの落胤だってんでもこの功績があれば大々的に公表したってお釣りがくるだろうさ。でもそんなことはしてないって事はそうじゃない、もう一回聞くぞ、お前なんなんだ?そしてそんなボンクラを厚遇しているキャニスにウィルのクソガキにカーネル。ちゃんと説明しろ、私が納得するようにな」
ヘンリエッタさんは腰の棒のようなものに手をかけてこちらを威嚇している。
この鬼詰めはいちいち正論で正鵠を射るものだ。
反論できない。
「……テンマ。ヘンリエッタ殿に全て説明せよ、第一王子として許可する」
第一王子がため息を付き俺に振る。
正直助かった。この人怖すぎる。
俺はこれまでの事をヘンリエッタさんに話した。
「……ニワカには信じられないが、少なくともこんだけの貴族家がこいつに娘を嫁がせてる以上はそういうことなんだろう、王家が絡んでる割に理論武装が稚拙だったのはこの選抜に体裁だけでも整えて間に合わせる為、か、なるほどなるほど」
ヘンリエッタさんは得心がいった、という表情でうんうんと頷いている。
「誓って言うが、ヘルオード家他の今回関係していない貴族を謀ろうとした訳ではない、テンマが発見されたタイミング的に近場の王家に友好的な貴族家のみに絞るしかなかったのだ」
「貴族家同士の往復距離とこいつをカスミちゃんやクレアちゃんが骨抜きにするまでの時間を考えるとまあ妥当か、打算で考えてもうちに声掛けしない訳ないもんな」
「話だけでも知らせる案もあったのだがな、それやるとヘンリエッタ殿は直接王都に乗り込んでくるだろうと思ってな」
「よく分かってるじゃねえか」
第一王子の説明にヘンリエッタさんが理解を示す。
なんとかなりそうだ…
「それで、お前…いやテンマと言ったか。<機械天使ヘルオード>の召喚条件、というか多分ウィルが言ってた呪文だろうが、それは分かるのかい?」
「ええ。分かります」
「なるほど、じゃあそれ教えろ、そうしたら私達ヘルオード家はお前の事を事前に把握していた、という事にしてやる」
「テンマ、教えて良い。この提案は我らにも有利に働く」
「わかりました」
キャニスさんにも促されたので、ここはOKしておく。
「待て、王家から1つ注文を出させて貰う。<機械天使ヘルオード>の召喚は選抜が終わってからとして貰う」
「それはできないね、みすみす負ける可能性を上げろってか?こちとらあんたらと違ってカードの提供すら受けてないんだぞ」
「……そう言ってると思ってもらって差し支えない」
「あぁ?そりゃ失言だ。次期国王でも言って良いことと悪いことがあるぞお前」
「現状でヘルオード家が一夜にして召喚できるようになったとなれば今夜の会談で何があったかは明白になり、他貴族家が殺到するのは目に見えている。だから順位が確定するまでは堪えて欲しいという事だ」
「つまり我が家が下位になるのを甘んじて受け入れろと?ふざけるなよ!」
「それは重々承知しているし申し訳ないとも思っているし、私の言い分が滅茶苦茶なのも理解はしている。公の場ではないから言える事だが、他貴族が今回のテンマから齎された情報込みで受け入れさせる為にできるだけ段階を踏んで軟着陸をさせたいという考えもあるのだ、どうか堪えて貰えないか」
第一王子とヘンリエッタさんの言い合いがどんどん険悪さを増す、そして横から聴く限り第一王子の分が悪い。
そりゃそうだ、ヘンリエッタさんからすれば俺のために負けろ、順位を下げろって言われてるんだから理不尽でしかない。
結局こうなったのはまあ俺が原因な訳で、ケジメはお前がつけろ、という目でキャニスさんが見てる。
分かってます、分かってますって。
「第一王子、ヘンリエッタ…さん、少しいいですか?」
「ああ?」
ヘンリエッタさんが今にも俺を粉砕しそうな目でこちらを睨む、こえーよこの人。
「争いの要因である僕が言うことではないですが、少しだけ落ち着いて、ちょっと待ってて貰えませんか?」
「ふん……?」
「……」
一瞬だがヘンリエッタさんは落ち着き、興味がこちらへ映る。
第一王子は遅いぞお前という恨みがましい目で俺を見ている。
すいません本当に。
「少し、部屋から荷物を取ってきます、お話はそこからということで」
俺は精一杯の笑顔でヘンリエッタさんにそう言い、全速力で自分の部屋に戻った。
「はあ……はあ……お待たせしました」
今まで生きてきた中で一番のスピードで会議室に戻る。
当然俺が持ってきたのはカードだ、もうコレで懐柔するしかない。
キャニスさんや第一王子が俺の方を見てたのはそういう事なんだろうしね。
「……」
ヘンリエッタさんはそのまま喋らず、俺を睨んでいる。
「まず、僕のせいでヘンリエッタさん、ひいてはヘルオード家にご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありません」
「……自分のせいで第一王子が火だるまになってるぐらいの状況は理解してるようだね」
「ええ、痛いほどに……ですが、僕としては……第一王子の言い分を丸呑みして頂きたい、いやできればもう一歩踏み込んで僕に協力して頂きたいのです」
その瞬間、バキッ!となにかが割れる音がした。
音の鳴った方を見ればヘンリエッタさんの座ってるソファの手すりが粉砕されている。
「……続けろ、とりあえず言い分だけは聞いてやる」
……これ選択肢ミスったら死ぬ奴じゃん…。
「……僕は存在自体がとんでもなく不安定で、ついぞすれば殺されても不思議ではないと思っています…ですがそんな僕でもお嫁さんを貰って、なんとかこの世界に根を張ろうとしてます…ありていに言えば守るものができてしまった訳です」
「だがその守るものも自力でもぎ取ったものじゃなくて与えられた物だろう、浅いね、全てが」
「ええ、そうですね、その通りだと思います…でも僕はその守るものの為にプライドも捨てますし自分に使えるものはなんだって使います」
これは偽らざる本心だ。
まだ妻帯して10日ぐらいで何言ってんだ、って感じだし二重の意味でハメられたじゃねえかという点でも思う所がある、だがもう俺は彼女らを誰にも渡すつもりもないし、逃がすつもりもない
俺も死ぬつもりはない、カードが手札として使えるならガンガン切ってやるさ。
「……僕からの条件は1つ、第一王子の言い分を丸呑みして頂きたい、2つ、僕の身分の保証の口裏合わせに以外にも様々な事に協力して欲しい、以上です。この条件を飲んで頂けるのであればこの2枚のカードを貴方に進呈します」
ヘンリエッタさんとの間にある長机に俺は2枚のカードを置き、ヘンリエッタさんはそれを手に取りしげしげとテキストを確認する。
「<いたずら天使 ハッチ>と…<天翼大器ミラ>だと!?お前これをどこで!」
がたん、とヘンリエッタさんが立ち上がり俺のほうに視線を向けてきた、先程の俺を殺す為の視線と違い、純粋な驚きの目でこちらを見ている。
うまくいった。
<天翼大器ミラ>はシーズン6と7の狭間に出現した曰く付きの<天使>カテゴリカードなのだ。
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