第90話 責任転嫁
「なんというか…立場上夫を応援しなければならないのですが、ついヘンリエッタ様視点で見てしまう試合ですね」
「どう見ても魔王に立ち向かう勇者ヘンリエッタ様の構図ですし…」
クレアの漏らした言葉に思わずトリッシュが同意する。
そして心の中では全員がその言葉に同意していた。
「しかし、正直テンマ殿の形勢もあまりよろしくないような気はするね」
「そうね、爆発でライフが尽きるには今暫く時間がかかるでしょうし」
イハンとベルジュも会話に加わってくる。
全員があーでもないこーでもないと話し合ってる中、カーネル王子だけはただひたすらに天馬を見つめていた。
(あの[作戦]…)
カーネルは観客席から見ていてたから、ヘンリエッタも気付いていない[作戦]の異質さをおぼろげながら嗅ぎ取っていた。
ヘンリエッタは基本普段の行動から粗暴・豪快のイメージが強い。
実際それは正しいのだが、デュエルにおいては驚くほどに慎重・繊細で長考も多い。
この世界においてカードラプトのルールでの長考は時間制限がない。
何故から結局のところ引いた手札で勝負するしかない為、長く考えると言ってもそうパターンがあるわけではないからだ。
ヘンリエッタはドロー前にたっぷり時間を使い、考える。
(<エインヘリヤル>で<機械天使ヴァルキュリアZERO>を戻したが…)
ヘンリエッタが取るべきプランは1つ、眼の前の<終わりに来る者 ドガリス>を叩き潰す、それだけだ。
そして削らなければならない数値は22000。
(ともあれ、引くしかない…か)
覚悟を決めてドローすると、案の定爆発した。
「っ…」
食らったダメージは3000。
<小型爆弾>に<ゴブリンの破壊工作員>の爆発効果が乗った形だ。
<爆弾>はデッキに挿入された段階でヘンリエッタ側のカードとなる、そうなれば当然、<ゴブリンの破壊工作員>の効果適用範囲内になる、という理屈だ。
これでヘンリエッタのライフは28000。
とはいえ、連鎖はしなかったのは不幸中の幸いと言える。
「私は<天使の旗振り役 リリン>を出し、カードを1枚ドローする」
天使の旗振り リリン 3/2000/3000
このカードがフィールドに出た時、デッキからコスト6以下の<天使>ユニットをランダムで1枚引く。
その後、手札のユニットのアタックとタフネスを1000ずつ上昇させる。
<天使の旗振り役 リリン>で引いたカードが更に爆発するも、既に慣れたのか意に介さない。
「更に、手札から<機械天使ボルクナール>を召喚、<終わりに来る者 ドガリス>に対し1000ダメージを与え、私はこれでターンを終える」
機械天使ボルクナール 4 2000+1000/3000+1000
このカードがフィールドに出た時、ユニット1体にxダメージを与える
このxは強化されたアタックの数値に等しい
この効果で与えるダメージの上限は7000となる
「では僕のターンですね…僕は手札から<ゴブリンのぽんこつ爆弾職人>と、<ゴブリンのゴミ漁り>を召喚し…それを<終わりに来る者 ドガリス>が破壊します」
ゴブリンのぽんこつ爆弾職人 3/1000/3000
このカードがフィールドに出た時、相手プレイヤーのデッキのランダムな位置に<小型爆弾>を3枚混ぜる
ゴブリンのゴミ漁り 4/3000/4000
このユニットがフィールドに出た時、セメタリーから<ゴブリン>と名の付くコスト5以下のカードを1枚選択する。
その後、システムがセメタリーから<ゴブリン>と名の付くコスト5以下のカードを2枚選択する。
そのうち1枚を無作為に相手に選択させ、選択したカードをデッキの一番上に戻す
1/3の確率でお目当てのカードを釣り上げることができるが全てが運まかせで使い辛いカード…に見えるが、実はただただ出し得のユニットである。
まず4マナで3000/4000というのはシーズン11であってもギリギリ許容できるステータスで、更にシステムから2枚選ばれ、選択が相手に委ねられると言っても結局セメタリーから1枚はデッキに戻せるのだ。
ヘンリエッタの前に3枚のカードが裏向きで出現する。
「では1枚、選んでください」
「真ん中だ」
選ばれたのは<ゴブリンの破壊工作員>。
天馬が選択したものではないが、悪くはない。
「<終わりに来る者 ドガリス>で<機械天使ボルクナール>を攻撃、破壊しターンを終了します」
これで<終わりに来る者 ドガリス>のタフネスは残り18000、現実的に打倒できる数字になってきた。
「私のターンだ」
そう言い、カードを引いた瞬間に2連続で爆発しライフも24000まで下がる。
「…<光響弩兵カトライン>を召喚する」
光響弩兵カトライン 5/7000+1000/4000+1000
このカードが攻撃する時のみ発動する、相手のアタックを0として扱いバトルを行う
「あれは…」
クレアが思わず声を上げる。
当然ではあるが、ハルモニア家やセレクター家が市場に存在する全ての<光響>カードや<運命>カードを手に入れてるか、といえばNOである。
<光響弩兵カトライン>のように単体で使っても有用なカードは他の家も当然、使ってくる。
「たまたま東部の市場に流れてきてね、クレアには悪いが使わせて貰ってるよ、ターン終了だ」
そう言うとクレアはぐぬぬという顔でヘンリエッタを睨みつける。
クレアは存外<光響>に思い入れが強く、頭では分かっているが出されると少し動揺してしまうのだ。
「僕のターン…[作戦]を付与し、<光響弩兵カトライン>を攻撃し破壊、ターンを終了します」
(おかしい)
そう、天馬の動きは明らかにおかしい。
<終わりに来る者 ドガリス>はたしかに異常な強さではあるが、デメリットもそこそこに大きい。
プレイヤーには攻撃できないし、横に他のユニットを出すことすら許さない。
更に倒されればペナルティも存在する。
この数ターン、お互いに打つ手がないのか完全に硬直している。
そしてヘンリエッタ的に硬直しているのがまずおかしいのだ。
あのような強力なデメリットを内包しているユニットを出す場合、殺しきれる手札を持ってる場合に出すのが定石だ。
つまり普通に考えればもうヘンリエッタは敗北していなければおかしい。
相手が下手だったり焦ったりしているというのであれば話は別だが、眼前の人間はそうではない。
なのにこうして未だに生きているどころか相手の命に手が届きそうな所まで来ている。
それにわざわざ<終わりに来る者 ドガリス>が毎回ユニットを即破壊しているのも中々に不自然である。
おかしいと思うのは当然だ。
(だが、考えたところで…)
そう、どうすることもできない。
今のヘンリエッタのデッキでは目の前の敵を打ち倒す事しかできない。
「私はカードをドロー…」
「[作戦]発動、僕もカードを1枚ドローします」
便乗 2
相手がターンの一番最初にカードをドローした時に発動する
カードを1枚ドローする。
(相手のライフは実質的にあと1万…だが…)
「…私は4コストの<天使の番犬サーラメーヤ>を出し、[不意打ち]効果で攻撃、終了する」
ここに来て完全に息切れしてしまった。
あとはもうドローの出たとこ勝負だ。
しかしその動きは余りにもヘンリエッタに分が悪い。
「僕はワースカード<ゴブリンの姫巫女ファーン>を召喚…破壊されます」
ゴブリンの姫巫女ファーン 5/2000/5000
ワースカード
[盾持ち]
このユニットがフィールドに出た時、セメタリーに存在する<ゴブリン>と名の付くユニットを1枚手札に戻し、1枚をデッキに戻してシャッフルする
<ゴブリンの巫女ファーン>のデチューン版。
強いのは強いが、<ゴブリンの巫女ファーン>と比較すれば何段もパワーダウンしている事は否めない。
最初は天馬はこのカードの代わりに<ゴブリンの巫女ファーン>を入れようとしていたが、良くよく考えると抜く必要がない為共存する形となった。
「僕は回収した<ゴブリンのぽんこつ爆弾職人>をフィールドに召喚、当然ながら破壊され、これでターンを終えます」
次のターン、ヘンリエッタは<ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒>の<不発弾>2つと<小型爆弾>を3連続で引き当て、ライフは20000まで削られた。
しかし、このターンでヘンリエッタはついに有効札を引き当てる。
「私は<機械天使ヴァルキュリアZERO>を召喚しターンを終了する!」
機械天使ヴァルキュリアZERO 7/6000+6000/9000+6000
[盾持ち]
ワースカード
このカードは他のカードの効果によるアタック/タフネス強化を受け付けない。
このユニットはセメタリーにある<天使>カードのアタックとタフネスを上昇させるカード1枚につきアタックとタフネスが1000ずつ上昇する(最大6000)
ここに来て<終わりに来る者 ドガリス>を殺し切れるカードを引いたヘンリエッタとヘルオード家の一同はにわかに気色ばむ。
ヘンリエッタですら口元に笑みを隠しきれない。
一方で天馬の関係者は1人を除き、心配した顔で試合を見守っている。
ひたすらに天馬のみに注目しているカーネル王子を除いて。
「では、僕のターンです」
天馬がカードを引く。
その一挙手一投足に視線が集中する。
「…<機械天使ヴァルキュリアZERO>を<終わりに来る者 ドガリス>で攻撃します」
「何!?」
ヘンリエッタがあからさまに狼狽するも、天馬の表情も判断も変わる事はなく。
<機械天使ヴァルキュリアZERO>と<終わりに来る者 ドガリス>が交錯し、お互いが消え去ったその瞬間。
ヘンリエッタのライフが0となり、試合が終了した。
「な、何が…起こった…」
「…これですよ」
不意打ちで20000ダメージをその身に受け、思わず膝を付いたヘンリエッタに対し、天馬が近づいて発動した[作戦]カードを見せる
責任転嫁 4
[作戦]
ユニットのアタック以外でダメージを受ける時に発動しても良い。
そのダメージをランダムな他の対象に移し替える。
作戦にはおおまかに自動発動型と発動タイミングが選べる2種類があり、このカードは後者のカードだ。
そしてこのカードの存在が<魔導師>をTier2まで貶めている最大の要因である。
切り札である<魔導太陽>がこのカードで簡単に対象を変更させられるのだ。
<魔導太陽>は発動を防ぐことができず、一度対象を取られれば防ぐ手段はない。
そう思われていたし、このカードが出るまでは実際そうだった。
だがこのカードは<魔導太陽>の発動を阻害せず、強制的に対象にとって発動する、というカードとしての挙動を全て終えた次のタイミングで発動できてしまう為、
この[作戦]が貼られている限りプレイヤーにダメージが通らないどころか自分に致死ダメージが反射される可能性が極めて高いのだ。
「なるほど…な…最初からこれが狙いで…」
カードを見て全てを察したヘンリエッタは納得したような納得してないような顔で天馬を睨みつけた。
「思ったよりこちらのカードの周りがよろしくなかったので、あくまでもサブプランではあったのですがね」
「これがサブプランね…はあ…負けだ負け!」
そう言い、ヘンリエッタは立ち上がり、ノコノコと近づいてきた天馬にの肩を抱いてギリギリと右腕で締め付けながら囁いた。
「次は商談の時間だ…お前に花を持たせてやったんだ…わかるな?」
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