第89話 終わりに来る者

「ヘンリエッタさん、お見せしますよ…僕の世界の切り札を」


 そう言った瞬間、<ゴブリンの巫女ファーン>で戻したカードを手札から出し、フィールドへ登場させる


「僕は8コストを使用し…全てを廃し、全てを潰し、全てを従える者が来る、眼前に残りし最後の障害を打ち砕き、全てを終わらせよ…ワースカード<終わりに来る者 ドガリス>を召喚」

 終わりに来る者 ドガリス 21-10-3/21000/40000

 ワースカード

[盾持ち]

 このカードは<ゴブリン>としても扱う

 このカードはデッキに<ゴブリン>という名前のカードが35枚以上ない場合、召喚することができない

 このカードのコストは1ターン経過するごとに1減少する(減少幅の最大は10)

 このカードは手札以外の場所から召喚することができない

 このユニットは相手フィールド上にユニットが存在しなければ召喚することができない


 このユニットは相手プレイヤーを攻撃することができない


 このユニットがフィールドに出現した時、相手プレイヤーは自分のユニットを1体選択し、このユニットと選択されたユニット以外のユニットを全て破壊する、この破壊効果は全ての耐性を貫通し、破壊されたユニットの死亡時効果は発動しない

 味方フィールド上にこのユニット以外のユニットが出現した場合、それを破壊する

 破壊されたユニットの死亡時効果は発動しない


 このユニットが戦闘以外の効果で破壊され、セメタリーに存在する時、自分のターン開始時にフィールドに戻る

 この時に変化したステータスはそのまま保持される

 このユニットが戦闘で破壊された時、このユニットはセメタリーへいかずデリートされ、このカードのコントローラーは20000ダメージを受ける



 <ゴブリン>における最強のフィニッシャーでありゲームエンドユニット。

 超大型ユニットであるが故のステータスと超凶悪な能力を持っている。

 とはいえ墓地からの[蘇生]で直接吊り上げもできず、最大までコストを下げても11となり10ターン経過後更に一工夫コストを下げる施策をしなければならない為、それなりに召喚がし辛い。

 だがその苦労に見合う効果は持っており、相手ユニット1体を残して全て破壊する効果はあらゆる盤面をひっくり返せるリーサルウエポンとなる。

 戦闘で破壊された時にかなり大きな自傷ダメージを食らうデメリットもあるが、このユニットが出た時点で大体勝つ、というより勝てる状況でしか召喚しないのでほぼ意味がない物になっている。

 このカードの存在こそが<ゴブリン爆破>をTier1に押し上げている最大の要因と言っても過言ではない。

 とはいえこの世界では<ゴブリンの巫女ファーン>のせいでたった8コストで出てきてしまうのだが。


「むう!?」


 口上を唱えた瞬間、天井から隕石のようなものが出現し、そのまま超高速で天馬の眼前に着弾する。

 その岩と見紛う落下物はむくりと立ち上がり、ヘンリエッタがまるで少女のように見える、ゆうに4mはあろうという巨体を誇示しながら静かに天馬の目の前に守るように立ちふさがった。


「残すユニットを1体指定してください」


 天馬は相手を嘲ることも、笑うこともなくまるで何事もなかったかのように、感情のない声でヘンリエッタに言い放つ。


「…<機械天使ヘルオード>だ」

「では…」


 天馬がそう言ったか言わずかの間に、<終わりに来る者 ドガリス>が両手を勢いよく、ハンマーのように地面に叩きつけ、地割れを引き起こす。

 その地割れに<終わりに来る者 ドガリス>と<機械天使ヘルオード>以外のユニット飲み込まれ、場には2体のユニットが並び立つ状態となった。


「僕は<ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒>でプレイヤーを攻撃し…<ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒>が破壊され、これでターンを終えます」




 観客席で観戦している8人で言葉もなく立ちすくむ。

 コスト21にアタックとタフネスが20000と40000超え、そのようなユニットは見たことがないし、存在するとも思っていなかった。


「…とはいえ、制約も多いな」


 最初に言葉を発したのはカーネルだった。


「相手プレイヤーを攻撃することができない、というのは大きなデメリットだ」

「…それをカバーするのがデッキに仕込む爆弾、ということなのでしょう」

「ユニットの力だけで40000を削るのは骨が折れる…というよりはかなり難しいと思います、あの人も動けるわけですから」


 カーネルの言葉にクロスモアとトリッシュが加わる。


「…一応、あれを倒せば、コントールしているテンマさんにもダメージは入る、でも…」

「まずもってお母様のライフが倒すまで持つか、よね」


 ヘルオード家側も自分の考えを口に出す、そうでもしなければこの状況を理解するのは難しかった。



(とんでもないね)


 ヘンリエッタは天馬の「本気」に直面し焦りと共にそのデッキの完成度に関心をしていた。

 このデッキの本質は結局のところ時間稼ぎであるという点は間違ってはいなかった、それは良い。

 自分の勘が少なく見積もっても10年以上先の未来のカードにおいても通用したのだから。

 問題はどうするか、だ。


(未来の人間も頭が狂っているわけではないようだし、ね)


 ヘンリエッタも他の人間同様プレイヤー攻撃不可、という点に注目をしていた。


(<機械天使ヘルオード>は次のターンで破壊されるにせよ、こちらのライフに触れる手段は結局ドロー時の爆発が主体…これならばまだ打つ手はある、そしてユニット同士の闘いで40000を削ることができれば勝ち…か)


 一旦の結論が出た為かヘンリエッタは一呼吸置き、切り替えてデッキからカードをドローする。


「まず私は<機械天使ヘルオード>で<終わりに来る者 ドガリス>を効果を使用し…」


 ここまで言った瞬間、気づいてしまった。

 このユニットの効果を消してしまう事の恐ろしさを。


「…待て、少し考える」


 効果を消す。

 一見この効果は非常に効果的に見えるし、実際強いのだが、「効果を消してはいけないユニット」というのも確実に存在するのだ。

 眼の前の<終わりに来る者 ドガリス>はその典型であった。


 効果を無効化しなかったのは、無効化してしまえば21000のパンチがそのままヘンリエッタ自身に飛んでくることに直前になって気付いたからである。

 そしてヘンリエッタは持ち前の尖すぎる勘と、<終わりに来る者 ドガリス>が未来のカードである、という点を鑑みて1つの可能性に辿り着く。


「…1つ質問をさせてもらう」

「どうぞ」

「<終わりに来る者 ドガリス>の効果を無効化し、なんらかの方法で破壊しセメタリーに送られるとする、そうした場合<終わりに来る者 ドガリス>の効果無効化はセメタリーに送られた事で解除された上でセメタリーに存在する事になる、これは通常のルールだ」

「その通りです」

「この場合、<終わりに来る者 ドガリス>の「このユニットが戦闘以外の効果で破壊され、セメタリーに存在する時、自分のターン開始時にフィールドに戻る」の効果は発動すると考えて良いのか?」

「…発動します」


 天馬は少し、少しだけ表情を固くしたあと質問に答える。

 この返答に観客席は小さくどよめく、実質的に効果無効に殆ど意味がないどころかむしろ利敵行為に成り得るからだ。


 これはこのカードラプトの仕様として、セメタリーに置かれたカードはそのカードとしてセメタリーに送られる事が要因である。

 例えば、<機械天使>の効果により強化された数字はそのまま破壊されセメタリーに送られても効果は保持したままであるが、効果を無効化された上で破壊された場合は、強化された数値は効果無効化により消失してしまい通常状態に戻るが、カードとしての効果は無効化がセメタリーを介すことにより消えてしまい、元のカードの状態に戻るのだ。

 そして、魔法で破壊された・効果で破壊された・バトルで破壊された、といった判定は効果無効化の範疇の外、言わばルールでの取り決めになってくるのだ。


 つまるところ<終わりに来る者 ドガリス>が効果を無効化して魔法や効果で破壊したとしても、「魔法や効果でセメタリーに置かれた」という処理はカードが記憶しており、セメタリーへ送られ効果が戻った時にその判定がされるため、そのまま戻ってくる、という理屈だ。

 最新シーズンの切り札に魔法や効果の無効が付いていない場合、こういうからくりがある事が多い。


 当然これに対する対応策はいくつか存在するが、残念ながらヘンリエッタはそのカードをデッキに投入していない。


「なるほど、では<機械天使ヘルオード>で効果を発動させず、<終わりに来る者 ドガリス>を攻撃する」


 <機械天使ヘルオード>は破壊され、<終わりに来る者 ドガリス>のタフネスは30000となる


「私は<機械天使ミラエルVX>を手札から召喚し、更に<エインヘリヤル>を使用しターンを終了する」

 機械天使ミラエルVX 6/6000+2000/6000+2000

 このユニットがバトルで破壊された時、破壊したプレイヤーに対しxポイントのダメージを与える

 xは強化されたタフネスの数値に等しく、最大値は5000となる


 かなり使いやすい<機械天使>ユニット。

 破壊されたときの効果が非常に強く、このカードがフィニッシャーになり得る事も多々ある。

 このユニットを出す場面は基本的に最後の最後なので枚数を多く投入する必要がないのも大きい。


 エインヘリヤル 4

 コスト4以下の<天使>ユニットを2体、またはコスト5以上の<天使>ユニットを1体セメタリーからデッキへ戻す


「僕のターンです、<ゴブリンの破壊工作員>を召喚します」

 ゴブリンの破壊工作員 3/1000/2000

 このユニットがフィールドに出た時、相手プレイヤーのデッキのカード3枚をランダムに選び、爆弾を設置する

 ドローした時、爆弾が爆発する


 <ゴブリンの破壊工作員>が召喚された瞬間、<終わりに来る者 ドガリス>の丸太のような剛腕で叩き潰され、破壊される。

 破壊される間際に<ゴブリンの破壊工作員>の指から3つの光が飛ばされ、ヘンリエッタのデッキに吸収される


「破壊時効果は発動しませんが、召喚時効果は発動しますので」

「なるほどね」


 死んだ時に○○する、という効果を<ゴブリン>でついぞ見ていないのはそのせいか、と一人ヘンリエッタは納得する。


(面白い、面白すぎる)


 ヘンリエッタは未来のカードの良く言えば完成度の高さ、悪く言えばインフレ具合に完全に頭をやられていた。


「更に、僕は[作戦]を使用し…<終わりに来る者 ドガリス>で<機械天使ミラエルVX>を攻撃します」

「<機械天使ミラエルVX>の破壊時効果で2000ダメージを食らって貰うよ」



「これは…」

「まさか…」


 誰ともなく観客席から声が漏れる。

 これで天馬のライフは16000まで減った。

 そして<終わりに来る者 ドガリス>のタフネスは残り22000。

 観戦している全ての人間がこの状況に「いけるのでは?」というかすかな希望を見出した。


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