第8話 高く買われた代償

「元の世界、ね…」


 軽食をつつきながらウィルが口を開く。

 あの後一応の合意を交わしテンマを客室に下がらせ残った親子2人は反省会を行っていた。


「不思議なことではないだろう、あの見たことのない大量のカードと召喚器、他の世界から来たと言われたほうがよほど得心が行く」

「それはそうですが」

「あの量のデッキを持っていたのは流石に驚いたがな、しかしあそこで詰問するのは得策ではなかろうよ」


 キャニスは続ける。


「言いぶりからしてあれは恐らく<緋紋機竜ミラエル>も呼べるのであろう」

「国竜ミラエル、ですね」

「そうだ、それだけでも王に引き合わせる理由になる、それに」

「それに?」

他所よそにやるのも、処分抹殺するのも惜しいわ、あれは」

「…それは同意します、友好的に対応するのが得策かと」


 珍しい。

 ウィルはそう思った。

 惜しいという言葉は父の他人を評価する言葉としては最高の賛辞だったからだ。


「高度な教育は受けているのは問答でわかった、貴族としては落第だがな。だがその上で頭も回るし度胸もある。何よりカードラプトも強いのであろう?」

「ええ、僕よりも確実に」

「あれと話をして思ったが、根っこにあるのはひたすらの善性だ。頑張ってはいたが交渉事や荒事には致命的に向いていない、甘さが隠せておらん」


 傍らの水を飲み、キャニスが再び口を開く。


「ああいった手合は大概情が深い、それならば縁を繋ぐのが一番だ、嫁をあてがい子を成せばいずれあの荷の中身にも手が届く。焦る必要はない」

「では、クレアを?」

「そのつもりだ、王と引き合わせればそちらからも降嫁することとなるだろう、何人か年頃のが余っていたはずだからな」


 貴族の婚約などこんなものだ、本人の頭上でキャッチボールが行われ全てが決まっていく。


「何にせよ、あれを我々が確保できたのは大きい、次の国内選抜は南部の連中を完全に出し抜くことができよう」

「友好的な他家に召喚の呪文を教えれば圧倒的な差が生まれますね」

「見返りであれ用の側室を取っても良い、本来なら悪手だがあれに関しては縛る鎖は多ければ多いほど良いからな。2、3人増やせば帰りたいとも言わなくなるであろうし、仮に帰還する事となったとしても餞別や形見の名目で荷を置いていって貰えば良い。子が多ければこちら側の取り分も増える、どう転んでも損にはならんよ」


 この世界の貴族は制度上一夫多妻制ではあるが、大多数の召喚貴族は妻を基本的に1人しか娶らない。

 何故なら召喚貴族は家督よりも自分用のデッキが準備されているかどうかのほうがよっぽど重要だからだ、継承権がなくともデッキがあれば身分の保証になるし、勝てば身を立てれる、逆に子供に渡せるデッキの数が足りないと血を血で洗う殺し合いが起きる。

 娘であれば嫁がせれば良いが、どちらの性別が生まれるかはこの世界ではわかるはずもなく、デッキの数よりも子供の数を少なくしなければ家の将来に関わるのである、いたずらに妻を増やす理由はない。


「王家にも他家にも多大なる恩を売れ、デッキも強化できる、お前と次の次の代ぐらいまでは我が家も安泰だな」


 今にも踊りだしそうなほど機嫌の良い父親を見てウィルは苦笑する。


「ともあれ、お前はあれと友人として対等な関係を築くのだ。頼むぞ、次期当主様」


 キャニスは笑いながらそう言った。







「爆睡してしまった…」


 綱渡りだった交渉がなんとか成功して気が抜けたのか、客室に入った瞬間ベッドに飛び込んでそのままダウン。

 気が付けば朝日が登っていた。


 しばらくボケーっとしてるとメイドさんが湯を張った桶と布、作りたてであろう食事を持ってきてくれた。

 メイドとかコンカフェ以外で始めて見てちょっと感動してしまったのは秘密。


「若様がお話があるとの事で、ご準備が終わりましたらお声掛けくださいませ。私は外で待機しておりますので」


 メイドさんはそう言い残し部屋を出ていった。

 シャワーや風呂は望めないかと思いつつ湯で全身を拭き、いい加減腹も空いていたのでマッハで飯を食べて外のメイドさんに声かけ。

 5分ぐらいでウィルさんが部屋に来た。


「おはよう、よくねむれたかい?」

「お陰様で」

「そいつは良かった。とりあえず今後の展望、というより君の地盤を固める動きについて具体的な話をしよう」


 ウィルさんはソファに座り、話し始める。


「まず昨日も明言させてもらったが僕らハルモニア家は君の言い分を全面的に信じる事にした、元の世界への帰還に関しても雲をつかむような話にはなるが情報を集めさせる」

「ウィル様は過去にそういう人がいた、という伝承や昔話を聞いたことはないのですか?」

「残念ながらないね、あとウィルで良いよ、敬語も必要ない。僕とテンマは対等な関係であるというほうが君に箔が付くし今後の為にもなる」


 俺の見立てだと初代ハルモニア家当主は多分同じ立場の人間だと思ったんだがあてが外れたかな…このへんはおいおい聞いていくしかないか。

 あと敬語使わなくていいのは助かる、疲れるんだよね。


「君は3日後に王都へ行き王へ謁見してもらう、当然僕らも一緒だ。父上は一足先に王都へ向かい根回しをしてもらっている」

「いきなり王様と面会して大丈夫なのか?」

「ああ、これは王に話を上げないといけないレベルの話だ、一応聞いておくけども君は<緋紋機竜ミラエル>を召喚する呪文は知っているよね?」

「まあ知ってるけどあのやくz…竜が一体?」

「この国の名前はミラエル王国といってね。ミラエルは国旗にも刻まれている国竜なんだ」

「それも今は召喚することができないと」

「その通り、これをロストホワイトと僕らは呼んでいる、ダブルカードと一緒で召喚方法の失念したカード、それがジョイントカードさ」


 ジョイントカード。

 シーズン5で登場した召喚方法で手札と場からユニットカードとジョイントカードのマナコスト表記の数字が同じになるようにカードをセメタリーに送り召喚する。

 アニメモードでは当然詠唱は必要となる。

 召喚に対する縛りがかなり厳しく設定されている


 ◎一番コストの高いカードはフィールドに出てなければならない

(コスト8のジョイントを5+2+1で召喚する際、コスト5のカードは場に出てなければ召喚できない)

 ◎[コネクター]の効果のあるユニットを混ぜる必要がある


 この縛り+手札消費が激しい為、アニメの主役を貼っていたがシーズン5を通して使用率は低めで死に要素とは良く言われていたものだ。

 ただ召喚条件が厳しいというのは開発も分かっていたのか、ジョイントカード自体の性能はかなり高めに設定されており、シーズン11に入った今では召喚しやすくなるサポートカードも増え、初期の頃に追加されたジョイントカードが活躍する場面が割と増えていたりする。

 <緋紋機竜ミラエル>もその中の1枚で「出れば強いが出せない」カードの筆頭だった。


「そして王に謁見した後は僕らと一緒に各地の同派閥の有力家を周り召喚法を伝授する、この国はダブルカードやジョイントカードを家宝として家名にしている家が多いのだけど、基本的に誰も召喚できていないのが現状だ。そのせいで共和国との対抗戦にもここ4回負けが続いてる」

「共和国?対抗戦?」

「おっとごめんごめん、共和国ってのはここから東にあるグラトニゼーラ共和国の事だよ、そこと緩衝地帯の使用割合をカードラプトで勝負して取り合っているんだ」

「戦争はしないんだな、てっきりカードを使って戦争でもしてるのかなと思ってたんだが」


 この点はあの夜にロニーに殴られたときから危惧していた。

 この実体化するカードを使って破壊活動ができるんじゃないかと。


「当然軍事利用は僕らも考えたよ、でもね、割に合わないし手間がかかってとてもじゃないが運用できないんだ。」


 ウィルが言うには

 カードラプトのユニットはどう頑張っても召喚器をリンクさせなければ実体化しない

 魔法も攻撃もユニットもしくはプレイヤーにしか攻撃することができない

 副次的に地面が破壊されることはあるが狙ったタイミングで破壊させるような事は難しい

 攻撃により気絶することはあるが、それが原因で死ぬことはない

(ライフを削られて痛みで動けない所に第三者から刺されて死ぬ、ということはあり得る)


 という点で扱いづらく戦争に投入するのは難しい、とのことだった。


「しかしなんでカードラプトで争っているんだ?カードラプトが戦争で使えないならそれこそどっちかが軍事力というカードを持ち出せば終わりだろうに」

「それに関してはね、戦争しないんじゃなくてできないんだよ」


 続けてウィルは言う。


「200年前に召喚法が失伝した、というのは説明したよね。その200年前に大規模な災害が発生してね、詳しく何が起こったか、というのは実はよくわかってないのだけども少なくとも地震と沿岸部なら津波は発生したのは確実で、これは各地に未だに痕跡が残っている。そのせいで貴族や王族も大量に死んでしまい領土争いの小競り合いが長く続いた、そのせいで王国も共和国も壊滅的なダメージを受けてね、なくなったカードも多く未だに再建中というわけさ」


 なるほど、文明レベルがところどころちぐはぐだったりするのはそのせいなのか。


「特に共和国は元は帝国だったのに帝王の血筋が軒並み死んで共和制に強制的に移行したようなもので未だにちょくちょく内紛が起こっている有様だ。将来は分からないが少なくとも今は本当に戦争を起こす気なんてどちらの国も更々無いよ」

「だけどそんな状況でも国境線は確定させてそこを挟んでお互い突っ張る必要性は絶対ある、ってことか」

「そう、そこで戦争の代替になったのがカードラプトって事さ、やっぱり君は頭がいいね、話が早くて助かるよ」

「お褒め頂き誠に恐縮」

「ははは、さて、今日の話はこれぐらいにしよう。もう休んでもらって構わないよ

 明日は衣装の仕立てと引き合わせたい協力者が何人かいるからね」


 そう言ってウィルは部屋を後にする、確かに結構長いこと話し込んでたようだ

 とりあえずもう一眠りするか…




―――――――――――――――――――――――――


ジョイントカードの色は白です。


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