第34話 二組の夫婦
そこからの9日間は筆舌に尽くし難い地獄、いや天国だった。
なにせずっと女性陣と一緒で、しかもその女性陣がもう明らかに近いのだ。
理性が限界ギリギリである、それでも持ち前の鉄の精神(ヘタレとも言うが)で跳ね除け、今日の食事会を迎えた。
…ごめん嘘です、はねのけるのは無理でした、されるがままでした。
女性陣の相手をする以外にも、実家から戻ったウィルとキスティアさんに挨拶にいったり、一緒に来たキャニスさんに挨拶したりと色々とタスクをこなす。
今日の午前中はハルモニア家主導でやってもらってるらしい帰還方法の捜索の途中報告会だ。
帰還方法の調査に関してもこちらにきてあまり時間が経っていないのに専門チームまで立ち上げて、短期間で中間報告が来るぐらいにはちゃんとやってもらってる。
正直俺がハルモニア家なら別に帰れなくていいでしょと思うだろうから意外だった。
「ちゃんと調査してて意外かね?」
同席してるキャニスさんにそう言われ思わずビクつく。
「簡単な話だ。君が帰れるのであれば理論上行き来も可能ということ。そうであれば今まで以上にカードを向こうの世界から引っ張ってこれるだろう?聞けば向こうでは全てのカードが金で買えるそうじゃないか」
こちらの世界の常識で言えば金で買えるのであればそのカードは安い、という扱いだ。
「なのであれば私達としても真剣に調査する価値があるというものだ、別に雲をつかむような話ではなく渡ってきた君が今実際にここにいるわけだからな」
キャニスさんが俺の肩をポンポンと叩く。
報告書を見ていると、ハルモニア家や王家や他の貴族家に伝わる古い書物や口伝を調査すれば何か見つかるかもしれない。と記載があり、その際は俺に協力して欲しいとの事。
これに関しちゃ文句はないから二つ返事で引き受けた。
「ただ、この調査にかかる時間はそう短くはならんだろう、そのあたりは腰を落ち着けて貰えるような方策を王家と相談しておる、期待して待っていてくれ」
キャニスさんは笑いながらそう言い残したまま退室し、報告会は終了した。
「しばらくぶりだな、テンマくん」
「その節はどうもお世話になりました」
会議後、ウィルに連れられて広間を移動しているとセレクター領領主ネフィさんとセクトさんが声を掛けてきた。
「あ、お久しぶりですネフィさんセクトさん」
「カードだけでなくて娘のシオンまでお世話になったみたいで、ありがとうございます」
「あー…まあ、はいこちらこそ…」
ネフィさんは笑顔で言う。
お世話に…うーんどっちかっていうとお世話された感じなんだけど何も言うまい、婚約者さんの耳に入ったりすると厄介だ。
「それで、選抜戦前にデッキチェックと練習をお願いしたいのですが…」
「ああ、大丈夫ですよ、元々やるつもりでしたし」
選抜戦は4年に一度行われ、一定期間中の勝率の上位7名が国家対抗戦に出場するという極めてシンプルなルールだ。
そして戦闘貴族家はこれの順位でその先3年の扱いが決まる。
更に貴族家には東西南北の派閥の他に、大きなくくりとして王室派と貴族派がある、
ざっくり言うと王室派は王との連携を密にして発展していこう派で、貴族派は王は崇め奉るべき存在で尊敬の対象ではあるが、実際に地域の政治を動かしているのは貴族なのだから貴族間で連帯し王とは距離を置こう派だ。
ウィルに「これだけは覚えてくれ」と言われたので頑張った。
で、普通の感情として貴族派がでしゃばると王家としては面白くはない。
なのでカードを配る貴族家も王室派に絞ったという訳だ。これはハルモニア家が王室派だったので俺に選択の余地はない、カスミ王女にも世話にも凄く世話になってるしね。
正確に言うとファドラッサ家は中立だったが、今回の一件で正式に王室派に所属することになったそう。
ただやはりポッと出の俺を最大限利用する為に色々と時間制限があったようで、最終的にはまずカードの配布を4家に絞り少なくとも出場枠7席のうち4席を王室派が占めるようにする、ということになった。
あまり急激に貴族派を刺激してもよろしくはない、という理由もあるそうだ。
「それではまた後で、今日の夕食会、楽しみにしていますよ」
「テンマくん、これからも娘ともどもよろしく頼むよ」
ネフィさん夫妻はそう言い、場を後にした。
なんかセクトさんの言い方が気になったがまあ、シオンさんには世話になってるからな。
「テンマ、今回の食事会なんだけどナギさんとシオンさんは不参加になるから、先に言っておくね」
会話が終わるのを待ってウィルが声をかけてきた。
「そうなの?」
「厳密に言うと彼女ら2人は関係者じゃないからね、名目上今回の食事会は婚約前の卒業旅行でカスミ王女がお世話になったからお礼にって形だから」
確かに、よくよく考えるとシオンさんとナギさんはあまり関係ないな…。
「出席者は国王夫妻に宰相、第一王子のカーネル様にカスミ王女、さっきのセレクター家のお二人、タケハヤ家夫妻にファドラッサ家名代としてトリッシュ、そして僕とクレアと父だ」
んん?なんか聞き捨てならない単語が出てきたぞ?
「ヤクモさんって結婚してたっけ?」
「ああ…言ってなかったねそういえば…」
ウィルは苦笑を浮かべ言葉を続ける。
「ヤクモさんね、結婚したんだよ…ヤエさんと」
え?
「いやいやいやいや!ヤエさんって妹じゃなかったっけ!?それいいのか?」
「前例がないわけじゃないんだよね、一代限りならまあやってる家はあるって感じ…珍しいけど」
「文化が違うな…」
「どうやら話によるとヤエさんが薬を盛って強引に迫ったらしいとか…」
「コワ~…」
「本人を前に噂話とは、良い趣味をお持ちのようですね」
凛とした声の聞こえる方向にお互い首を向けると、そこには明らかにキレてるナギさんとこの前の時のような覇気のない嘘みたいに縮こまってるヤクモさんがいた。
「こ、これはこれはタケハヤ家領主ご夫妻…先日はお世話になりました」
ウィルが冷や汗をかきながら応対する。
「ご領主ご夫妻…ご夫妻、ええ、ええ、タケハヤ家領主ヤクモの!妻のヤエでございます、先日はどうもお世話になりました」
おお、ナギさんの機嫌が一瞬で治った。
流石ウィルだ相手を乗せるのが上手い。
「ほら、あなたも挨拶なさい、さんざお世話になったのでしょう」
「う、うむ。…先日はタケハヤノミコトを譲って頂き本当にありがとう、あれから家内で調整し今までの比較にならないほどの強さのデッキができたよ、また後で見てもらえると助かる」
100%尻に敷かれてるじゃん…。
「テンマ様には妹のナギとも遊んでいただいているようで本当にありがとうございます」
「いえ、とても良い子ですよナギちゃ…さんは」
「本人からもさっき話は聞きました、とても優しくして頂けているようで本当に助かります。実家に戻しても良かったのですが私ではつい厳しくしてしまうので…」
ナギちゃんから聞いたが、タケハヤ家はナギちゃんが赤ちゃんの頃に母親を事故で亡くしてしまい、ヤエさんが母親代わりとして育てたそうで、ヤエさんの事は姉のような母のような複雑な気持ちを抱いており、家中に素直に甘えれる人がいなかったらしい。
そういう意味でもヤエさんの判断は間違ってなかったな。
「ではまた食事会で、行きますよあなた」
「あ、ああ、また後でなテンマくん」
ヤエさんはそう言って翻りそのまま歩いて行く。
が、すぐ立ち止まり一言。
「ああ、そうそう」
「薬を盛ったと言っておりましたが、正しくは私も飲みましたので」
そう言って歩いていった。
こ、怖ぇ…。
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