第46話 一夜明けて

 一夜明けた王都は異常な熱気に包まれていた。

 <緋紋機竜ミラエル>の召喚成功の報が王宮の仕込みにより王都の各地で大々的に公布され、市民はお祭り騒ぎであったところに追加で<光響聖騎士ハルモニア>と<覚醒せし美麗なる神風戦士タケハヤノミコト>の出現が報じられたのだ。

 特に前者は所謂「ロストブルー」のカードであった為、夜の内に貴族の早馬で王都以外の主要都市にも情報が波及した。




「[ミラエル王国の夜明け]、[ロストブルーはもはやロストではなく、未来を見通す鮮やかな青空となった」「タケハヤ家 反撃の狼煙」…よくもまあ洒落た見出しを考えるものですね」


 机の上に集められたその日の朝刊を並べ、第一王子カーネルは呟く。


「この分であれば遠からずグラトニゼーラの連中からの接触もあろうな」

「現段階では研究中で何も話せる事はない、という事で通す予定です」

「それで良い」


 ガンデラ王が言葉を続ける。


「して、ヘルオード以外のどこに呪文を供給する予定なのだ?」

「現段階で南部のスルト家とネプチューン家には教えざるを得ないでしょう、後は調整中という所です」

「スルトはともかくネプチューンは時期尚早な気はするがの」

「現当主に問題はありますが後継がまだマシなのと、南部のパワーバランスを崩すのもあまりよろしくないでしょう、南部だけに教えない訳にはいきませんし。どちらかというとこれを発端に後継者争いが激化しそうなスルト家のほうが問題と私は見ています」

「南部の他の貴族家はどうか?」

「テンマに新たに嫁を取らせれば可能ですが、現段階ではやらせたくないですね。結婚式も終わってませんから」

「確かにの…」


 王がグラスに注がれた水をあおり、一息付く。


「そういえば、テンマがヘルオードに渡したカードの詳細はどうなった?」

「こちらです」


 カーネルが記載された紙を手渡す。


「ふむ……この<いたずら天使 ハッチ>というのは強いのかの?ワースカードという点からそう悪いカードではないというのは理解できるのだが」

「本人が言うには所有するカードの中ではかなり強い部類のカードだそうです、ヘンリエッタ殿には使えば分かる、と諭しておりました」

「実際に見てみない事には分からぬという事か」

「それとテンマを自領に招待すると表明しておりました」

「ほお……珍しいの」

「あそこには我々も手をつけることができない古文書の類が沢山ありますので、時期が定まり次第私も同行する予定です」

「頼む。何か良いものがあれば王宮の文書公開と引き換えでも良い」

「わかりました」


 そう言った瞬間、カーネルはふとある可能性に気づく。


「……もしかしたら、ヘンリエッタ殿はテンマに娘を嫁がせる可能性もありますね」

「そういえば在学中の者がおったな」

「クロスモアですね、大概気の強い子であったと記憶していますが」

「現実的な問題としてあの者が本気を出したらワシでも止めれんからの……ねじ込んでくる可能性は十分あり得る」

「スルトやネプチューンとは違い止める道理も理由もないですからね、妹には一応話を入れておきます」

「そうしてくれ、しかし問題が山積みじゃの……」

「とりあえず今は眼の前の選抜を見届けましょう」


 カーネルはそう言い、新聞に目を通し始めた。




 選抜2日目、Bブロック第一試合。

 ファドラッサ家代表のトリッシュがミドラシア家と対峙する。


 選手入場の際、選手であるトリッシュの後ろにテンマが控え、一緒に入場する。

 これは婚儀に通じるマナーの一種で、結婚した後の最初の試合に伴侶を伴い入場し、夫婦仲をアピールするというものである。


「トリッシュ、頑張ってくれ」

「大丈夫ですよテンマさん、勝ちますから」


 2人は軽く両手をお互いに触れ合い、そのままトリッシュは対戦相手への握手へ、テンマは関係者席へ移動した。



 関係者席、あれだけ昨日イチャイチャしていた姿は見る影もなく、今回はテンマと1つ席を開けて他の妻達は座っている。

 これは多妻者が妻の試合を観戦する際のマナーで、他の妻とはほんのすこし離れた場所に座ることが是とされている。

 今まさに戦っている妻に対し最大限の敬意を払え、という意識の現れである。


「隣、いいかね?」


 嫁たちの逆側から声が聞こえて来たテンマは振り返る。


「ヤクモさんにヤエさんじゃないですか、どうぞどうぞ」

「邪魔をする」

「こんにちは」

「しかしなんでまたこちらに?」

「なに、ナギからトリッシュ殿がタケハヤに似たカードを使うと聴いてね、一戦交える前に見ておこうかと思ってな」

「なるほど、僕は立場上アドバイスはできませんが」

「解説ぐらいはしてもらえるだろう?」

「まあ、それであれば…」

「おっと、そろそろ始まるようだ」


 選手同士の握手が終わり、審判が声を張り上げる。


「Bブロック第一試合を開始する!」


 1ターン目、まずはトリッシュが動く。


「私は<天下の槍持ち>を召喚し、ターンを終了します」

 天下の槍持ち 1/0/1000


 このカードが破壊された時、デッキから<天下二槍 日本号>を手札に加える。


 サーチカードだが攻撃0なので自分から特攻できないのが難点で、破壊するにはひと工夫する必要がある。


「僕は<軟体生物ゲライン>を召喚しプレイヤーに攻撃します」

 軟体生物ゲライン 1/1000/1000

 手札に<軟体生物>と名の付くカードがある場合[クイック]を取得する


「<軟体生物>デッキかあ」

「君基準であれば強いのかね?」

「まあそこそこ、ただ今はそうでも」

「だろうな、ミドラシア家は順位的には中の下といった所の貴族家だ」


 関係者席とはいえ部外者も多くいる為、時代や世界などの単語は出ないようにお互い会話しているヤクモとテンマ。

 妻の観戦をしている際は基本他の妻とも話さない。

 手持ち無沙汰を感じてた面もありテンマは正直ヤクモに感謝していた。



「私は<からくり畳盾>を召喚し、<天下の槍持ち>に[盾持ち]を付与します」

 からくり畳盾 2/1000/3000

 隣接するユニット1体に[盾持ち]を付与する


「王機とは随分趣が違うデッキになったな…」

「カードを殆ど入れ替えましたからね」

「つまり今までの対策は通用しないと」

「その通りです」


 ヤクモさんと話をしてる間にも勝負は動く。


「<軟体生物ギマド>を召喚し、<天下の槍持ち>の効果を無効化します、その上で<天下の槍持ち>を<軟体生物ゲライン>でアタックします」

 軟体生物ギマド 2/1000/2000

 手札に<軟体生物ギマド>以外の<軟体生物>カードが存在する時に発動できる。

 相手ユニット1体を選択し、効果を全て消去する


 2コスト効果無効化サイクルの一種。

 あらゆる時間帯で有用だが、他のデッキで流用できないように効果発動条件がやや厳しい。


「そうそう思い通りにはいきませんよ」


 ミドラシア家当主ミリアムが言う。

 彼の名はミリアム、顔は良く言えば平凡な顔立ちでやや明るい茶髪のマッシュルームヘア。

 家の規模も強さもそこそこというthe普通といった所の若き領主。

 只今絶賛婚活中である。


「私は<援軍を呼ぶ法螺貝>を使用し、<からくり畳盾>で<軟体生物ゲライン>を破壊します。そして2枚目の<天下の槍持ち>を召喚します」

 援軍を呼ぶ法螺貝 2

 このカードはデッキに<天下一槍 御手杵><天下二槍 日本号><天下三槍 蜻蛉切>の3枚が入っている時のみ発動できる。

 2ターン後に頼もしい援軍が到着する。


「トリッシュの新しいデッキは<軟体生物>と少し相性が悪いですね、それでも負ける事はありませんが」

「たいした自信だな…」

「あのデッキはある意味で他のデッキとは成り立ちが違いますから」


 発言内容を慎重に選びつつ、ヤクモと天馬の会話は続く。

 当然ながらこの会話はこっそりと盗み聞きされており、メモをしている者が近くにいる。

 だがそれを止める者はいない、喋っている者も含め皆「そういうもの」と認識している。

 さんざキャニスやカーネルが天馬に「発言に気をつけよ」と言ってるのはこういう側面もあるからなのだ。


「ファドラッサ家のデッキが何か変わったような…」

「テンマ卿の妻となられたのと何か関係が…?」

「タケハヤ家の使っていた新しいカードと一緒に発掘されたのでは?」


 観客席もファドラッサ家の使うカードの毛色の変わった事に気付きはじめ、ざわついている。


「3コストで<軟体生物ガラガ>を召喚し、<軟体生物ギマド>でプレイヤーをアタック!」

 <軟体生物ガラガ> 3/2000/3000

 このカードが破壊された時発動する セメタリーに存在するコスト1以下の<軟体生物>ユニットに[盾持ち]を付与して召喚する


 非常に場持ちの良いユニット。

 時間稼ぎにも使えるのでいつ出しても一定の活躍は見込める。


「私は2コスト支払い<からくり槍衾>を召喚し、<天下の槍持ち>と<からくり畳盾>を強化し、2体で<軟体生物ガラガ>をアタックします!」

 <からくり槍衾> 2/2000/2000

 隣接するユニットのアタックを1000上昇させる


 カードラプトは一度フィールドに出したユニットの並び順を変更することはできないが、出す際に既存ユニットの間に割り込んで出す事はできる為、フィールドにあらかじめ2体ユニットを出した上でその間に出現させるのが強い動きになる。


「……<軟体生物ガラガ>の効果発動、<軟体生物ゲライン>の効果を無効化し、[盾持ち]を付与してセメタリーから召喚します」


「私のターン、<軟体生物ガラガ>の2枚目を召喚し、<軟体生物ギマド>と<軟体生物ゲライン>で<からくり槍衾>を攻撃!」


 5ターン目、トリッシュのフィールドは空、ミドラシア家側は<軟体生物ガラガ>1体のみという状態。


「私は2ターン前に発動した<援軍を呼ぶ法螺貝>の効果で<頼もしい援軍>を2体場に召喚し、1体目の<頼もしい援軍>で<軟体生物ガラガ>を攻撃!」

「…<軟体生物ゲライン>の効果を無効化し、[盾持ち]を付与してセメタリーから召喚します」

「2体目の<頼もしい援軍>で<軟体生物ゲライン>を攻撃!更に5コスト支払い私は<天下一槍 御手杵>を召喚!カードの効果で<天下三槍 蜻蛉切>を手札に加えます!」

 天下一槍 御手杵 5/3000/8000

[盾持ち]

[鉄壁](このカードは一度だけダメージを0にする)

 このカードがフィールドに出た時、自分フィールド上に<天下二槍 日本号>か<天下三槍 蜻蛉切>が居ない場合、どちらかを選択してデッキ、またはセメタリーから手札に加える。

 このカードは自分のターン終了時に、タフネスが4000回復する。


 自分のターンの終了時、このカードがフィールドにある時に<天下三槍 蜻蛉切><天下一槍 御手杵><天下二槍 日本号>のカードが手札にある場合に発動できる

 そのカードのコストを1下げる。


 大きな槍を背負った機械と大鎧が融合したような巨大な武者が召喚された瞬間、会場が沸いた。

 新しいカードの発掘などここ40年以上ついぞなかったのだ、会場を沸かせるには十分だ。


「あれがトリッシュ殿の新たなカードか」

「ええ」

「たしかに、少しタケハヤに似ていますね」


 ヤエさんが素直の感想を言う。


「マナコスト5の盾持ちであの性能か、凄まじいな」

「あの回復能力は一気呵成で攻めなければじりじりと不利になっていきますね」

「更にコスト低下も…なるほど、一筋縄ではいかないようだ」


「……なるほど、ファドラッサ家はとんでもない怪物を引き入れたようだ、力及ばずながら足掻かせていただきますよ」


 ミリアムはこの闘いの負けをこの時点で確信していたが、少しでも情報を引き出すための遅延戦法に切り替える。

 次の機会の為に。


「私はセメタリーの<軟体生物>を3枚、デッキの一番下に送り、更に4コスト支払い、<軟体生物ゼーラニーグ>を召喚」

 <軟体生物ゼーラニーグ> 4/3000/7000

 セメタリーの<軟体生物>ユニットを、3枚デッキの一番下へ送らないとこのカードは召喚できない

[盾持ち]

 このカードと戦闘するユニットは、効果が全て無効化される。


「おっ」

「どうした?」

「いや、いいカードを使っているな、と」


 <軟体生物ゼーラニーグ>は今でも<軟体生物>デッキを使うのであれば採用される性能のカードで、戦闘すると効果無効化は相手のシステムクリーチャーを機能不全にしコンボを中断させるのに非常に有効だ。


「ただまあ、あまり意味はないですがね」

「む?」



 次の瞬間、トリッシュが召喚した<天下三槍 蜻蛉切>の効果により<軟体生物ゼーラニーグ>が蒸発した。


「…なるほどな」

「そういうことです。さて、僕はトリッシュを迎える準備をしてきます」

「ああ、ではまたな」



 その後試合は一方的な展開となり、最終的に<天下三槍揃い踏み>でミリアムが突き刺され、<地王機ファドラッサ>を呼ぶ機会もなく試合は終了した。

 試合が終わり、フィールドを降りたトリッシュを天馬が迎える。

 当然この行動もカスミに指導されたアピールの1種ではあるが、労いたいという気持ちは嘘ではない。


「お疲れ様、トリッシュ」

「はい、テンマさん、勝ちました」


 2人は連れ立って控室へ歩く。

 トリッシュのその顔は勝ったというのにどことなく落ち着かない。

 天馬にはその理由はなんとなくわかった。


「やっぱ呼びづらいか、ファドラッサ」

「はい……」


 これが今ファドラッサ家が抱えている最大の問題。

 <地王機ファドラッサ>が<天下三剣>デッキでは非常に呼びづらいのだ。


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年末年始は仕事の繁忙期と重なりますので、更新が不定期になる可能性があります

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