第47話 人間いろいろ貴族家いろいろ
その日の観戦が全て終わった後、俺とトリッシュは王に時間を取って貰った。
当然議題は<地王機ファドラッサ>についてだ。
出席者は俺、トリッシュにカスミ、そして第一王子と宰相だ。
「<地王機ファドラッサ>が呼びづらい、か…我ら以外から見ればとんだ贅沢な悩みだろうな」
<王機>と<天下三剣>では世代が違うし、<天下三剣>はコスト低下がついている点もジョイント召喚とは相性が悪い。
俺が<王機>カードの在庫を持っていないというのもあるが、というかそもそもの問題として<王機ファドラッサ>を<天下三剣>に突っ込むのにとても無理があるのだ。
突っ込んだ理由が無理やりだから当然ではあるのだが。
「それで、どうしたいのだ?」
「…こういったカードがあります」
<双槍将軍アシカガ>5 6000/10000
<天下一槍 御手杵>+<天下二槍 日本号>
OU:ターン終了時に相手ユニットのタフネスの一番多いユニットに対して5000ダメージを与える このダメージは軽減・無効化ができない
このカードが破壊された時、セメタリーに<天下一槍 御手杵>か<天下二槍 日本号>が存在する場合、それぞれ1枚ずつを手札に加えてもよい
「これは…ダブルカードか…」
「はい、そしてトリッシュ、というよりも今のファドラッサ家をこのカード、つまるところ[アシカガ家]と改名するのはどうだろう、という話です、自分からするとこれが可能かどうかも分からないので」
「ふむ…」
正直、<双槍将軍アシカガ>は結構使い所が難しいカードだ。
<天下一槍 御手杵>を出してすぐ呼んでしまえば<天下一槍 御手杵>の持つコスト低減効果が無駄になるし、<天下二槍 日本号>のダメージ増加が阻む要因にもなる
ただそれでも軽減無効不可の5000ダメージは強いため選択肢としてデッキに入ってはいる、という感じだ。
「結論から言うと、可能だが前例がない、だな。だから中々難しい」
「可能であれば大丈夫なのではないのですか…?」
俺は第一王子に聞く。
「前例というのは大事でな、○○で前例がある、となれば他貴族への根回しもスムーズに行く。そういうものなのだ」
なんか元の世界でも良く聞いた話だな…。
「ファドラッサ家の家中では相談はしているのかね?」
「一応父とは。父はもう私に一任する、と言っていますが」
「ファドラッサ家の今の状況ならばファドラッサを呼んだトリッシュ殿とそれを承認する父親がいれば家中の意見も押し切れるか」
宰相の問いにトリッシュが答える。
「他貴族家がどう出るかが一番の問題だな、北部はハルモニアとセレクターで抑えれるだろうが他の地域は…」
「南部と東部は確実に揉めるでしょうな、特に東部は…」
「ねえねえ」
宰相と第一王子が話し合ってる間にカスミが割り込む。
「トリッシュに聞きたいのだけど、<地王機ファドラッサ>というか、<王機>デッキって何組あるの?」
「3組ですね、ファドラッサは1枚です」
「……それさ、全部あげちゃえば?」
「へ?」
「は?」
「????」
「え?」
あまりにも謎な発言にカスミ以外の全員があっけに取られ呆然としている。
「だからさ、他の貴族家にあげちゃえば?<地王機ファドラッサ>ごと」
「ちょっと意味がよく……」
「だから、文句出るならデッキごとあげちゃえば?ってこと」
いつも割と冷静なトリッシュの頭に大量のはてなマークが出ている。
ん?でもアリじゃないかこれ。
「……つまり、他貴族家から文句が出るのであれば今持っているデッキを配るなりなんなりすれば批判が薄まるという事だよね?」
「そうそう、だってどう考えても今トリッシュが使ってる<天下三剣>のほうが強いでしょ?例えば今のカード資産だとトリッシュとテンマの子供が4人とか生まれて、全員継承権があるとして、<天下三剣>が1人と<王機>3人が継承するわけだよね?これ今はいいけど次の次の代ぐらいで絶対揉めると思うよ?」
「確かにそれはそうだろうな」
これは一見して子供全員にデッキが行き渡るから良いのでは?と思うかもしれないがそうではないらしく。
デッキの質が均一でない場合、デッキの質による補正で子供内での格が決まってしまうので配られなかったよりも揉める事が多いらしい。
ハルモニア家のような大家であればほぼ全員に均一なデッキを渡す事ができるが、他の家では中々難しい、というのが現実なんだとか。
それに、俺が死んだ後に揉めるというのは確かに一理ある話だ。
「ファドラッサ家主体の大会として開催し、参加条件に選抜から漏れた家のみでの争奪戦、とするのはありかもしれませんな」
「デッキごと提供をするとなれば誰も文句は付けないことは確かだな」
「そこは自由よりは条件付けたほうが良いと思うのよ、単純に順位付けだと大貴族が持っていっちゃうから。だから…」
「待ってください、トリッシュの意見を確認してからでしょう」
王家筋で喧々諤々の議論が始まった為俺は慌てて静止する。
「む……それもそうだな、どうだろうか?」
「私はそれで良いと思います」
第一王子の質問に食い気味に答えるトリッシュ
なんか思ってたのと違う返答が来たぞ?
「トリッシュは<王機>に思い入れとかは……?」
「正直ないですね」
あれー?
「一応貴族家に生まれた上で教育を受けたので使っていましたがそれ以上でもそれ以下でもないですし、<天下三剣>があればもう使わないと思うので…」
「親や家臣が聞いたら卒倒しそうな言葉だな…」
なるほど……トリッシュは元の世界にいたら毎環境最強のデッキ握るタイプだな。
「じゃあ選抜後に実施で良さそうね」
「日程に関しては選抜から半年ほど時期を置くべきだな、領地の運営のこともある」
「会場手配も進めておきましょう、それと王にも報告を上げなければなりませんな」
「やれやれ、父の心労は増すばかりだな」
「家名の改名手続きに関しても条文を調べねばなりません」
なんだかトントン拍子に話が進んでいるが、この件に関しては後日また具体的な形になったら、という事になった。
翌日、この日は俺は観戦予定はなく、王城の部屋に引きこもる事になった。
何故ならば嫁同士の家が闘うスケジュールばかりとなったからだ。
多妻した者は伴侶同士の家が対戦する場合は、例えその者同士の家内での立場に差があろうとも観戦してはいけない、という不文律がある。
観戦してはいけないが、それにかまけてどこかに出かける、という事も原則禁止だ。
家で黙って平等に勝敗の行方を祈れ、という事らしい。
女性陣は観戦の為に入れ替わり立ち替わりとなるが、カスミには関係ないので今日は俺にべったりだ。
そしてこうずっといっしょに過ごしていると、5人それぞれの嗜好というか、性格の違いが分かってくる。
カスミはとにかく主導権を取りたがる、そして積極的。その上でキスが大好き。
繋がる時はキスをしていないと怒るし、その際の水分補給は基本的にカスミの口移しだ。
その上で俺の嫌がることは絶対にやらない、本当にできたお嫁さんである。
今だってカスミは膝枕で俺の耳を掃除してくれている。天国ってのはこういう事を言うんだろうな。
当然、できた嫁であるからして他の女性陣への配慮は忘れない、扉をノックされるとどちらからともなく自然と離れ、俺は観戦していた女性陣を出迎える準備をする。
「ただいま戻りました」
「お兄様、ただいま帰りました」
「お帰り、シオン、ナギ」
俺は戻ってきた2人を同時に抱きしめる。
ここで重要なのはどちらが勝ったか?ということは聞かない事。
そんなものは記録を見れば分かる事であって妻たちの口から言わせる事ではない。
「テンマ様、戻りました」
「只今戻りました、旦那様」
「トリッシュにクレアもお帰り」
時間差で戻ってきた2人も同時に抱きしめる。
「皆戻ってきたし、お昼ごはんにでもしようか」
「それで、皆は勝ち抜けそうなのかな?」
厳密な試合結果ではないのでこのぐらいの質問ならOKだろう、と食事をしながら聞いてみる。
「兄が言うには大丈夫みたいです」
「私達4人の家でTOPを締めて、その下の5位にヘルオード家という感じですね、今は」
「残り2枠が激戦でブックメーカーだとTOP争いよりこの2枠を当てる方が白熱しているようですよ」
ナギ・シオン・トリッシュが答える。
「賭けとかあるのか…」
「胴元は王都内の商会だけど、王家にキックバックで何割か渡してるのよねあれ、これ秘密ね」
カスミが口に人差し指を当てる。
なんか聞いちゃいけない事を聞いた気がする。
「ちなみにどんな家が候補に上がっているんだい?」
「そうね、テンマも流石にそろそろ他貴族家の勉強しなきゃだし食事の後に簡単に説明しましょうか」
「私も勉強したいです!」
カスミの言葉にナギも答える。
かくしてカスミ先生による有力貴族の説明会が昼食後に始まることとなった。
「はい!ではテンマに有力な召喚貴族家を説明する会を始めます!」
ぱちぱちぱち、と拍手が小さく巻きおこる。
伊達メガネと教師風の装いをしたカスミがどこからかもってきた黒板に
色々な似顔絵と貴族家の説明の記入された紙を貼り付け、それに指し棒を突きつけながら説明を始める。
「まずスルト家!<炎神スルト>をシンボルにする南部の有力貴族ね!後継者候補が3人いるけど全員クソよ!」
「いきなりすげえ紹介するなおい」
「だって本当に酷いんだもん、特にこのうち2人はクレアといっつも衝突してたし」
「可能な限り穏当に排除したいんだけどいい方法ないかな?」
嫁さんが過去に危害を加えられたとあっては流石に看過はできない。
「無理ね、現当主には庶子もいないしどう頑張ってもどれか1人のクソが後継者になるわ」
「辛いなあそれ、確実に面倒くさいことになるじゃん」
「しかもこの家には呪文教えないと駄目だからテンマは一回は訪問しないと駄目よ」
「勘弁してくれ…」
「今の当主であるベリファストル=スルトは極めてまっとうで穏当な人間だから初回訪問ぐらいは大丈夫よ、ただ私達は同伴しないほうがいいと思うわ」
「まっとうな人間でも子供の教育には失敗するんだなあ…」
3人ともクソなんだったら育て方になんか問題あるんだろう多分。
「次にネプチューン家!<水神ネプチューン>を崇めるこちらも同じく南部の有力貴族よ、こっちはスルトと対象的に現当主がとんでもない暗愚で後継者候補が凄くまともよ!まともすぎて土地持ち召喚貴族なのにお嫁さんが3人いるわ!」
「何か親近感を感じるな」
「どのぐらい現当主がまずいかというと基本当主が出ないといけない今大会を後継者兼息子のジョシュアが代行してるぐらいよ」
「ちょっと俺にはどのぐらいまずいかが分かりづらいな……」
「お兄様、特段病気等の理由がなく私が兄のヤクモの代わりに大会に出場したらどう思いますか?」
「そりゃまあ、ヤクモさん何やってんの?ってなるかな」
ナギの質問に素直に答える。
「そういうことです、何やってるの?ってなっちゃうんです、そしてそれをやってしまう人なのです」
「なるほど……」
「まあもう実質的な権限はジョシュアが握ってるから未来が明るいといえば明るいわ!当主から引きずり下ろせてないからたまにとんでもないことやったりするけどね、ちなみにファドラッサとは違う平和裏なクーデターが大会終了後に予定されてるわ!王室もこっそり協力するわよ!」
「さっきからとんでもない情報をサラッと暴露するのをやめなさい」
国家機密めいたことを共有するのはやめてくれ、心臓に悪い。
「あら大丈夫よ、ここの部屋は遮音もばっちりだしスパイ対策もしてるわ」
「そういうことじゃなくてね…」
「あとこの家にもテンマは呪文伝授の為に一度訪れる事になるわ、まあこっちは心配ないわね。次、オーディネート家!これは東部貴族で特徴的なのは<聖者オーディネート>というデッキをシンボル通り越して信仰の象徴にまでしている所ね、民にも広く受け入れられていて宗教色がちょっと強めって感じかしらね」
「<聖者>デッキかあ、ちゃんとカード揃ってるなら強いね」
「でもこの家は今回すれすれの勝ち負けを尽くギリギリ拾って勝って来た家だから、さっきの2つの家に比べれば明らかに力負けしちゃうのよね、それがどう出るかって感じ」
となるとキーカードが揃ってないのか?<聖者オーディネート>が召喚できるようにあればかなり強そうではあるけど。
「あとこの家からは市民含めて<聖者オーディネート>を崇拝している関係上、今回の召喚成功に関する問い合わせが他領地と比較しても群を抜いて多かったわ、そういう意味でもどこかのタイミングで訪問しないと駄目な領地ね」
「うーん、まあトラブルは起きそうにない……かな?ていうかさっきから疑問だったんだけどなんで俺が訪問するの?」
「テンマが呪文発見の第一人者だと世間的には認識されているからね、それに貴族家側も求心力向上の為にどうせなら盛大にお祭りにしたいって事」
「め、めんどくさい…」
「いかなきゃ駄目よ、見られるのも仕事のうちってやつだから」
「それはそうだけどさあ…」
「さて最後はパラス家ね、<ギガントマキア・パラス>をシンボルにした貴族家よ、北部地域の中でも最北端に位置する貴族家でここは後継者候補が2人いて今内紛真っ最中って感じね、流石にこの選抜中は争いも自重してるけど仲の悪さは観戦してれば分かるぐらいよ」
「ああ、昨日ぐらいにセレクター家と戦ったとこか、綺麗に関係者席が二分されてたな」
「そうそう、あそこ」
「旦那様、パラス家の事なんですが…」
「ん?どうした?」
クレアが気まずそうに声をかけてくる。
「多分、旦那様はその…パラス家の後継者の1人に……凄く恨まれてると思います……」
「ええ……なんで……?」
「学生時代に物凄く言い寄られてて……私は興味ないのでスルーしてたのですが、父が気を利かせてお見合いとか何回かセッティングされて話をしたことがあり……」
「その彼から見るとそんな子を俺が横からかっさらっていたと思われてると」
「はい……実際はお見合いも2回めで私からお断りを入れたのですが、直接辞めてくれと言えるはずもなく無期延期ということになっていたので…」
「もう片方が勝ってくれる事に祈るしか無いか…」
「実際、結婚の条件的には悪くなかったのです、実現してればお父様も北部の広い範囲に影響力持てるようになりましたし…ただ私のわがままで…」
「まあ、もう済んだことだよ、クレアが気に病む必要も謝る必要もないさ」
そう言って俺はクレアの頭を撫でる。
しかしなんだかげんなりしてきたな、教師しながらそのへんもクリアしないと駄目なのか…。
「ともあれ、予想以上の勝ちっぷりに明日以降かなり暇になっちゃったわ、7傑入りが確定したらその時点で試合しなくても良くなっちゃうから」
「あれ?そうなの?」
「上位の中できっちりと序列付けるとめちゃくちゃ揉めるのよ、というか過去揉めたからこうなってる感じ。実際は予選の試合の勝敗とかで大体の優劣はわかっちゃうんだけど、あえて確定しないことで各自の面子を保ってるというか…」
「それだけに、選抜常連の家が一度漏れると内外からとんでもなく非難されます、ナギさんのタケハヤ家のような感じで」
カスミの答えにシオンが補足する。
「となると今回蹴り出される家は恐ろしいことになりそうだね…」
「はい、凄く揉めると思います。特にスルトとネプチューンは非常に仲が悪いのでどちらかが入ってどちらかが落ちると血を見る可能性も……」
「うわぁ……」
「カードの勝ち負けで人生決めてる以上はそうなります、だからこそ強い家強い人は優遇されるんです」
それこそテンマさんみたいに、と言いつつトリッシュが全員にホットミルクを配る。
この日はそれから他愛のない話をして皆で就寝。
そろそろ長かった選抜も終わりだ。
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