第51話 教育的指導

「いやいや、本当に助かりますよ、テンマ先生」

「はあ…」



 俺は今貴族学園の校長室でお茶を頂いている。

 リリを愛人に迎えたあの日から昼は授業の準備、夜は貴族の仕事と忙しく過ごし、あっという間に赴任当日を迎えた。

 横を一緒に歩いているのは校長のヴァディス先生、召喚貴族ではなく普通の貴族の人らしい。


「召喚貴族の学生は国の性質から他の学生と比較して優遇せざるを得ません、その上で私が召喚貴族ではないばかりに制御しずらくて…」

「一応、国王からも言質は取っていますが、最初は割と荒めに接しますので、大目に見て頂けると助かります」

「ええ、それはもう。あの生徒たちを制御できるのであればよほどの事がない限りは……」

「しかし、そんなに教師の言うことを聞かないのですね」

「……基本的にこの学校の召喚貴族の子息子女は自分の家からデッキを持たされて入学します。通常事業とは別のカリキュラムとしてカードラプトの時間を設けており、教師の指導や生徒とバトルをし腕を競い合う、という形で長い間教育を成立させてきました、ですが……」


 ヴァディス校長は一度言葉を切る。


「カードラプトの授業は人数の関係で学年で分けず全員を集めて行われます、そしてデッキを持ち込む、という性質上当然ながら年下が年上に勝つことも頻発します……大人、つまりは教師が生徒に負ける事も」

「まあ……それはそうでしょうね」

「それが続けば形式上であっても年上や、上の学年の先輩を敬うという文化はなくなります、というかなくなってしまいました。前任のクロード先生も生徒に連戦連敗という訳ではありませんが負け続け、次第にクロード先生の授業は殆どの学生が出席しなくなって自主練にあてる状況になってしまいました。それでストレスで病気休養という形で退職してしまい……」

「なるほど」


 まあ、生徒より先生が弱いとなれば舐められるわな、教わる意味がないって思われるだろうし。



「召喚貴族の中だけでそれが起きるならまだ良いのです、実際は召喚貴族の家々は位の高いところが殆どです、それらの振る舞いを寄り子の、特に貴族令息が真似をしてしまうのです……

「あー……」


 親分がカードラプトの授業以外でも同じ行動をするから子分が感化されてしまうのか。


「ですがそれなら話は早いですね、頭さえ叩けば統率が取れそうです。逆に希望が見えましたよ」

「……疑うわけではないのですが、テンマ様は本当にその…強いのですか?国王と奥様がたのご実家からの推薦状がある以上ある程度の強さなのは理解しているのですが、今いる生徒も相当の使い手が多いのです」

「ああ、そこは大丈夫です、問題ありません」

「……差し支えなければ理由をお聞きしても?」

「僕、今この国で一番強いので」


 ヴァディス校長はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。


「冗談ではないですよ、今日の午後丸々実習の時間貰えてますからよろしければ見に来てください」

「はあ……おっと、そろそろ時間ですね、会場にご案内します」







 俺は始業式が行われている体育館のような場所の舞台袖で出番を待っている、チラリと見る限り集まっている学生は大体250~300人ぐらいか。

 全校生徒250人と聞くと少なそうに見えるが入校対象が貴族の子息子女だからな、多い方なのかもしれん。

 貴族学校で習うものはこの国の歴史を筆頭とした勉強や夜会でのマナーや剣術など、ある意味で貴族としての一般常識を習得するための学校である。

 貴族学校の在籍期間は13~17歳の4年で、よほどのアレじゃない限りは成績が悪くても卒業できる。

 そして召喚貴族の子息子女は一定の授業を免除され代わりにカードラプトの授業を受ける形になるそうだ。


「……続きまして、新たに赴任してこられた教職員の紹介に入ります、まずは退職なさったクロード部門長に変わり、新たにテンマ部門長が着任しました、テンマ部門長は法服貴族ですが王より叙爵され間もない為、家名がまだ決まっておりませんので省略させて頂きます。ではテンマ部門長、挨拶をお願いします」


 俺は舞台袖から出て来て壇上に立つ、ざっと見渡す限り美男美女ばかり、やっぱ貴族はそういうもんなのかね。

 観客のざわつきが収まってきたのを見計らって俺は喋り始める。


「えー、只今ご紹介にあがりましたテンマです。今回カードラプトの講師として赴任しました、貴族としては貴方達生徒のほうが先輩となりますので至らない部分もあるとは思いますが今後ともよろしくお願いします。そして急ですが今日の午後より初回授業がありますので対象者は出席してください」


 言うだけ言って俺は舞台袖へ戻る。

 さて、午後までの時間でざっくり生徒のデータを頭に入れないとな。

 生徒データは校外秘って言われちゃって今のままで把握できなかったんだよね……。














「なあなあ、新任のヤツの事知ってる?」


 第三棟2階C教室、カードラプトの授業用に割り当てられた教室である。

 栗色の癖っ毛の男が紫色の髪を後ろにまとめた女の子に話しかけている。


「興味ないです」

「なんと奥さんが5人もいるらしいぜ」

「興味ないですって」

「まあ、クロスモアさんは毎回そうだよな」


 そう言い、癖っ毛の男の興味は隣の男に移る。


「前任のクロード、弱かったからなあ」

「あんたはたまにしか勝てなかったくせに」

「せめて先生は付けなって」

「親が言ってたけどなんか強いらしいよ、次の」

「ドライドさんが出席してるの珍しいですね」

「……初回ぐらいはな」


 総勢30人ちょっとの教室は新任教師の話題で尽きない。

 そこから暫くして教室に男が入ってきた。


「えーっと……全員揃ってるかな……」


 黒髪のオールバックにメガネ、いかにも新任教師という面の天馬だ。


「では、改めて。本日より君たちのカードラプトの授業を担当する天馬だ、よろしく」


 教壇に立った天馬は小さく頭を下げる。


「さて、早速だけど方針を説明するね、前任のクロード先生はやっていなかったみたいだけど、僕は毎回出席取るし、無断で休んだ子の評価は下げるから毎回出席してね」


 この言葉に教室が大きくどよめく。

 これまでの教師はこういった評価付けや出席を行っていなかったからだ、正確にはできなかったが正しいが。

 当然、この決定は反発を産む。


「その方針は承服しかねる」


 セミロングの赤い髪を丁寧に処理した、いかにも金持ちですよという風貌の男が天馬の発言に対し異を唱える。


「……すまない、新任なので名前と顔が一致しなくてね、名乗って頂けるとありがたい」

「……スルト家三男、ドライド=スルトだ」


 天馬が一瞬、眉をひそめるがすぐに営業スマイルに戻り問い返す。


「理由を聞いてもいいかな?」

「少なくとも私は授業を受ける理由がない」

「何故?」

「……教師より教わることが何もないからだ」


 なるほどと天馬は小さくつぶやき、他の生徒の方を見る。


「彼、ドライドくんと同じ事を思ってる人は何人ぐらいいるかな?評価に影響はしないから手を上げてみて欲しい」


 ぱらぱらと手が上がる、総勢20名ほど、その中にはヘルオード家のクロスモアの姿もある。


「つまりドライドくんと手を上げている面々はこう言いたい訳だね、僕みたいな新任教師から教わる事はなにもない、と」

「その通りだ、対抗戦に出た経歴もない新人貴族なら尚更……」


 どがん!

 天馬が教壇を蹴り上げる音が響く。

 全員がびくん、と反応し教室は静寂に包まれる


「……全員デッキを持って今すぐカードラプト用の演習場に集合する事、今すぐ俺とバトルするぞ」

「な……」


 天馬の予想外の行動に動転するドライドや他の生徒に対し真顔でそう言い、教室を後にした。







 演習場は教室の近くにあり、移動にはそう時間がかかるわけではない。

 10分後には全員演習場に集合し、天馬を待っていた。

 生徒たちの雰囲気は最悪だ。

 ドライドは当然として、クロスモアを含め手を上げたメンツの殆どが機嫌が悪い。

 基本的にあのように公然と恫喝してくる教師はこの学校に存在しない上に、カードラプト科に属する貴族家の子息子女はその生まれからして他人から脅されるような事はなく育ってきた。

 それでも皆が集合したのはカードラプトの腕に自信があるからで、カードで叩きのめして親を使って攻撃するなりあの恫喝を公開で謝罪させるなりすれば良い、皆そう思っていたからに他ならない。

 そんな一触即発の状況の中、天馬が演習場に現れる。

 雰囲気は険悪ではあるが全員揃っている現状を見て心の中でそっと吐露する


(よ、良かった、少なくとも手を上げた子達は多分全員いるな)


 当然ながら天馬が教壇を蹴ったり煽るような事を言ったのはわざとだ、天馬のこの日の目的は生徒に対し圧倒的に叩きのめしマウントを取る事。

 一番恐れていたのはクロード先生のように相手にされずに出席すらされない事態で、ああして煽れば少なくとも俺を叩くためにバトルはやるだろうと踏んでのことだ。



「よし、揃ってるな、じゃあルールを説明するよ。俺のライフは20000、君たちは通常通りで良い、俺のライフを削りきったら卒業まで俺の授業は出なくても良いし、成績も無条件で最高評価を付けてあげよう。ただし負けたり降参したりしたら少なくとも俺の授業では指示に従って貰う」


 ほぼ全員から厳しい目線を向けられている状態で天馬が第一声を放ち、その内容に教室の時よりも更に大きくどよめきが起こる。

 それはそうだ、ライフ3万差のハンデは完全に常軌を逸している。

 それこそ覚えたての人間に与えるようなものだ。


「……舐めているのか?」


 ドライドが怒りを抑えられない様相でこちらを睨みながら怒気を孕んだ声で言う。


「……私としてもこれは到底承知できるものではありません、立場上引くことができないのかもしれませんが、今すぐ撤回し謝罪をしたほうが良いのでは?」


 紫色の髪のヘルオード家子女のクロスモアも言う。

 彼女も手を上げた組で、カードラプトについては母親に聞けばよいので純粋に教師から話を聞く価値がないと思っている。

 ドライドのように事を荒立てるつもりはないが授業を聞く気はないといったスタンスだ。


「うーん、舐めてはないよ、ただ皆僕より弱いとは思っているかな」

「貴様!」

「ドライドさん!まずいですって!」


 ドライドが掴みかかりそうになったのを慌てて取り巻きらしき金髪の男の子が止める。


「誰でもいいよ、時間はかかるけど今日はここにいる全員とやるつもりだし、全員に勝つつもりだ」

「私が行く!スルト家の後継者候補としてこうまで虚仮にされては示しがつかん、その根拠のない自信を打ち砕いてやる!」

「では、最初はドライド君だね、対戦よろしく」


 あくまで天馬は軽く、ドライドは怒気を孕みながら試合は始まる。







「先行はドライド君でいいよ」


 天馬のこの言葉にドライドは更に怒りを深める。


「どこまでも舐めた事を!バトル開始だ!」


 生徒たちが見守る中、天馬の教育的指導が始まる。




「私は<大火山のオオトカゲ>を召喚し、効果によりプレイヤーに1000ダメージを与えてターンを終える!」

 大火山のオオトカゲ 1/1000/1000

 フィールドに出現した時、対象を選び1000ダメージを与える。


「僕は<爆音ミドラ>を召喚、効果で<大火山のオオトカゲ>に攻撃を行いターン終了」

 爆音ミドラ 1/1000/2000

 このユニットは、フィールドに出現した時にすぐにユニットに対し攻撃を行わなければならない


 <爆音>、通称"族"や"珍走"と呼ばれているバイクがテーマのデッキである。

 シーズン9ではそのあまりの強さに大会が暴走族の抗争と呼ばれるほど流行した。

 シーズン11では環境下位といったところだが根強い人気があり定期的に強化パーツが出ている。

 天馬もお気に入りのデッキだ。


「……2体目の<大火山のオオトカゲ>を召喚し、効果によりプレイヤーに1000ダメージを与える」


 これで天馬のライフは18000となる。


(なるほど、ライフ20000と見てフェイスを詰める作戦か)


 フェイスとはユニットをある程度無視してひたすらプレイヤー、つまり顔を殴り早い段階でライフアドバンテージを稼いで短期決戦を仕掛ける戦法である。

 ドライドの使う<大火山>デッキは、場に出た時にダメージを与える効果が多いため、その点でも相性が良い。


「……見たことのないカードだな、国外の人間か」

「ご想像にお任せするよ。僕は<爆音カーキー>を召喚、召喚時効果を発動しデッキからカードを手札に加える、そして<爆音ミドラ>でプレイヤーを攻撃して、ターンを終わる」

 爆音カーキー 2/2000/3000

 フィールドに登場した時、場に<爆音>カードが存在している場合に効果が発動できる。

 デッキからコスト5か6の<爆音>ユニットカードをデッキから手札に加える。


 超優秀なサーチカード。

 ステータスも高く何も言う事はない。

 シーズン11ではそのあまりの強さに2枚制限カードとなっているが、この世界では制限が適用されていないので天馬は予備ストレージから4枚フル投入している。


「私は3コストで<大火山の燃える大熊>を召喚し、<大火山のオオトカゲ>でプレイヤーをアタック!」

 大火山の燃える大熊  3/2000/4000

 このカードがアタックを受けて破壊されなかった時フィールド上のランダムな敵に1000ダメージを与える




「なんだあれは……」

「あの教師何者だ?」


 観客席の生徒たちは大きく動揺している彼らはまがりなりにもこの国のカードラプトの未来のエリートだ。当然ながら高学年の生徒であれば国内の貴族の使うデッキは嫌でも把握している。

 だが天馬の出すカードはそれのどれにも属さない、見たことのないカードなのだ。


 ドライドは正直教室内でもあまり好かれてはいない、南部貴族家の有力者ということで存分に権力をカサに着て行動するし、言動も慇懃無礼を地で行っており、その上で子分の手綱は握らない。

 特に今日は父親が代表落ちしたことでとても機嫌が悪く始業式の前から一層近寄りづらくなっていた。

 ただそれでも今回は天馬に対する敵愾心が勝ち、クラスの人間は強弱はあれど全員ドライドを応援していた。


 クロスモアも例外ではない、精々この珍しいカードの情報収集と新任教師の負ける様を見せてもらおうと思い高みの見物を決め込んでいた。


 だが、この思惑は次のターンで打ち砕かれる事となる。




「……<爆音カーキー>の攻撃時手札の<超爆音 赤熱ベリル>の[カタパルト]効果を発動!差分の3コストを払い<超爆音 赤熱ベリル>を召喚!召喚時効果で<大火山の燃える大熊>を破壊し更にプレイヤーにアタック!」

 超爆音 赤熱ベリル 5/8000/4000

 このカードはデッキ内の<爆音>というテキストが記載されているカードが30枚以上存在しないと召喚することはできない

 [カタパルト]:<爆音> 

 このカードがフィールドに登場した時、敵フィールド上のタフネスの一番高いユニットに対し5000ダメージを与える

 この効果でユニットを破壊した時、アタックが+3000される


「ぐおぁ!?」


 想定していないタイミングで11000ダメージを体に叩き込まれずっこけるドライド。

 観客席にいる生徒たちも予想外の事態にうろたえるどころか完全に硬直している。


「残りライフ、38000だね」


 天馬はドライドににっこりと笑いながら語りかけた。


 ――――――――――――――――――――

 あけましておめでとうございます。

 年末年始は仕事の繁忙期と重なりますので、更新が不定期になる可能性があります

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