第40話 哀れな若者に乾杯

「我ら王国の研究部と協力者の共同研究により、ついに<緋紋機竜ミラエル>の召喚に成功したのだ!」


 この言葉で会場は大騒ぎになった。

 噂自体はそれこそ50年以上前から定期的に出ていたが全て根も葉もない話ばかり。

 今回も話こそ夜会にあがっていたがいつものやつ、扱いで誰も気にも止めてなかった。

 それがこの国の最高権力者である王が召喚に成功した、と明言したのだ。

 こうなるのも必然であった。


 暫く群衆が落ち着くのを待ち、王が口を開く。


「今よりその証拠を見せよう。カーネルよ」

「は」


 第一王子と王がステージの前に進み、召喚器を取り出しバトルを進める。

 会場の一同が無言で見守る中、どんどんターンを回し6ターン目。


 王が大きく体を振りかぶり観衆に見せつけるように<緋紋機竜ミラエル>をかざす。


「その雄大な背に刻まれし緋色に輝く救世の紋様!その煌めきはこの世界を照らし全てを緋に染める!いでよ!<緋紋機竜ミラエル>!」


 王が口上を唱えた瞬間、背中に緋色の紋章が浮かび上がる四足の竜が肩に生えた羽をステージ上で広げ雄叫びを上げながら降臨する。

 表皮は銀色で快晴の日の光で反射しキラキラとひかり輝いている。


 瞬間、会場は今日最高の絶叫に包まれた。

 そしてその絶頂は直後に第一王子が2枚目の<緋紋機竜ミラエル>を召喚したことのより更に混迷を極める事となる。



 未だ興奮冷めやらぬ客席に対し兵士が自制を求めるもまるで効果がなく、仕方なくカーネルが落ち着くよう怒号を飛ばしやっと沈静化する有様であった、貴族ですらそうなったのだ、今回の一件がどれほど特異か伺える。

 ある程度ざわつきが抑えられたのを確認し王が再び喋り始まる。


「皆が疑問に思うのも当然よ、ミラエルの召喚、そして今カーネルが持っている2枚目の<緋紋機竜ミラエル>、この2つは1人の協力者によってもたらされた物じゃ。その者は発掘した遺跡で<緋紋機竜ミラエル>と古文書を発見し、王宮の研究者と共同でその古文書を解析し、ついにミラエルの召喚条件を解明したのじゃ」


 ある程度静かになっていた客席のどよめきが更に大きくなる。

 ミラエルが呼べるようになったということはこれまで呼べなかった他のロストホワイト、元の世界で言うジョイントカードが呼べる可能性が格段に上がった事になる。

 早い内に家の悲願が叶うかもしれないのだ。


「私はその協力者の功績に報いる為、彼を我が国の法服の召喚貴族として迎える事を決めた。紹介しよう、その協力者のテンマである!皆!拍手を頼む!」


 王が右手を横に差し出すと、その方向の舞台端から正装をしたテンマが出てくる、顔は硬い、動きも硬い。

 カーネルは内心で笑いつつ拍手する。

 ステージ中央まで進み出たテンマは王と硬い握手を交わし、客席に向かって手を振る。

「テンマは古文書の解析においても目を見張る成果を出しており、一部のロストブルーカードの召喚条件も解明しておる、委細は後ほどまとめて王室より公布する故、暫し待ってもらいたい」


 最後に大きな歓声が客席から上がり、異常な熱気の中開会式は終了した。



 開会式終了後、最新版の貴族銘鑑が配布された。

 この貴族銘鑑は4年に一度、丁度国内選抜と同じ時期に頒布されるものだ。

 家名と当主の絵姿、簡単なプロフィールが載ったものであるが、ここに掲載されて初めて公私共に後継者として認められる事となる重要な書類。

 逆に言うとこれに載ってないものは当主として半人前扱いなのだ。


 熱狂とも言える開会式を終えたギハル家家長ネールは配布された全巻の巻末のページを確認する、当然お目当ては天馬だ。


「名はテンマ、家名は検討中、法服貴族で寄り親はハルモニア家と王家の連名、経歴は…平民出身の癖に見事なものだ。配偶者は…王家、ハルモニア家、タケハヤ家、セレクター家、ファドラッサ家後継者のトリッシュだと!?」


 当然驚くのはここだ、召喚貴族の妻は多くて2人、国王ですら1人だ。

 カードラプトに関係のない普通の貴族でも3人妻を持てば変な目で見られる。

 それが5人だ、誰とて驚く。


「フン、どんな有能な人間かと思えば、取り込まれた後か」


 必然、感想としてはこうなる。

 逆に言うとガチガチに利権で守られており取り込む隙間がない、という事だ。


「職務はカードラプト研究者兼王宮付けカードラプト講師…貴族学校に赴任予定…はは、王家はていよく使い潰すつもりか」


 法服貴族は自分で領地を持たず、国に年金として給料を貰う身だ。

 その為国からの要請には従わなければならない。そしてその中でも貴族学校のカードラプト講師は最悪中の最悪の職務だ。


「ハルモニアとセレクターが夜会をしてなかったのも、タケハヤが姿を見せなかったのもこのせいか、なるほどな」


 とはいえこの状況、ギハルはかなり楽観的であった。

 寄り親がハルモニア家であるという点は北部貴族の中では中堅として名を馳せているギハルにとってはかなりのアドバンテージだ。

 セレクター家との付き合いも続けていた甲斐もあり、両家から見た印象はそう悪くはないだろう。


 ここで馬鹿な貴族は配偶者を排出した四家に積極的にコンタクトを取ろうとするだろう、南部の連中など間違いなくやる。

 だがこの四家がガッチリと固めている状況で会う事などできるはずもない。

 ここは情報収集しつつ傍観が正しい動きだ。

 大人しくしていれば間違いなく目通りの機会はあるし、貴族学校にいる息子経由で接触の機会があるかもしれない、そうギハルは考えを巡らせる。



 それにしても嫁が5人とは。

 同じ男として羨ましいとも思うがそれ以上に苦労するだろう、というのが手にとるようにわかる。

 自分の妻が5人に増えたことを想像したギハルは寒気を覚え、考えなかった事にした。


 気を取り直しワインをグラスに注ぎ、貴族銘鑑を眺めつつ芝居じみた動きでグラスを掲げる。


「王家に取り込まれた哀れな若者に乾杯」







「くしゅん」

「あら、寒いですか?」

「いや、大丈夫」


 今俺は大の字になってされるがまま、ナギ・クレア・シオンからマッサージを受けている。

 クレアから手ほどきを受けたらしく、色々なマッサージを仕掛けるのが今5人の中で流行っているようだ。

 これも所謂異存させる為の作戦の一貫なんだろうとは思う、そんなことしなくてもズブズブだけど。


「しっかしテンマ、挨拶の時カチカチだったねえ」

「仕方ないじゃないか、あんな大勢の前に出るのなんて初めてだったんだし」

「何度かやっていれば慣れますよ、大丈夫です」


 側頭部をマッサージしているクレアがフォローする。


「そういえばテンマさん、手加減の件ですが…」

「ああ、話していた通りで」


 トリッシュの言う手加減の件。

 これは選抜である程度使うカードや戦略を手を抜いて実力を隠そう、という話だ。

 国内選抜は当然ながらお祭りのようなもので王都には貴族同士のバトル目当ての観光客が大勢来る。

 当然ながら、共和国に情報を流すための工作員も紛れ込んでくる。


 工作員が違法行為をしているかというとそういうわけではなく、カードの情報をメモしたり闘い方を確認して祖国に持ち帰る、というやり方だ。

 こんなのは別に観光客や国内貴族家もやるから防ぎようがない、もっというならウチの国も共和国で同じような事をやっている。


 そういった防ぎようのないスパイ行為に対抗するため、今回はそもそもテンマから貰ったカードの投入枚数を減らして参加しよう、という話だ。


「兄が言っていましたよ、急に面会やパーティの誘いがとんでもない数来てるって。選抜参加を理由に断ってるそうですが」


 ナギちゃんが俺の手をマッサージしながら言う。


「母も対応に苦慮しているようです、北部貴族周りに関してはハルモニア家との関係修復記念パーティを合同で行う事に決まったようですが」


 足を念入りに揉んでくれているシオンがそこに重ねる。


「なんだか迷惑かけてるみたいで申し訳ない…」

「何言ってるの、私達はいわば儲けさせて貰ってる立場よ、テンマのボロが出ないように変わりにちゃんと捌くからそこは心配しないで」

「ありがとう、助かるよ」

「それにこの選抜でハルモニアもセレクターも呼ぶ訳だし、嫌でも注目されちゃうのはもう避けられないからね、明日はまずタケハヤ家の対戦があるわ、皆で見に行きましょう」

「あまり目立ちたくはないんだけどね…」

「ダメよ、コレはやらなきゃいけない儀式なの。家との関係は良好ですって対外的にアピールしないと痛くもない腹を探られちゃうわ」


 なるほど、親類縁者の面子もちゃんと立てないとダメ、ってことか。


「貴族ってめんどくさいな…」

「どこで何してたってめんどくささはついて回るわよ」


 カスミはそう言い、けらけらと笑った。


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