第10話 王都へ

 王都へ向かう前日。

 この日もウィルとクレア(本人からさん付けはやめてくださいと言われてしまった)

 と雑談しつつ体と頭を休める、ちなみに俺が屋敷から外に出ることは当面は難しいそうだ、当たり前ではあるが残念。

 あととにかくクレアの距離が近い。昨日も近かったが今日はもっと近い、常に隣をキープされてて目のやり場に困る上にいい匂いがして辛い、いや辛くない。


 夜に仕立て屋から超特急で仕上げたらしい服が届く、着てみた印象だが怪しい、とにかく怪しい。

 服自体は内側にデッキを多数収納できるようにしたジャケットとズボンで、少し大きめだが着やすくしっくり来る。

 なるほどこれがこの世界で高級な仕立てかという感じ。

 問題は付属品である目を隠すバイザーとフード付きの外套だ、とりあえず王都では謁見するとき以外はこれをつけて顔を隠せとの事。

 全部つけるとゲームの悪の魔術師という形容がぴったりな格好になる。

 流石に抗議したが今後の立場を考えると公式の場ではこの格好をしたほうが良いらしい。


「僕と違って君は暗殺される理由がありすぎるからね」


 とウィルが笑いながら言う。


「一応聞くけど、こういう格好はこの世界だと一般的なの?」

「「…」」


 なんか言えや、目をそらして笑うな。


 試着も済んだので王都で使うであろうデッキを背嚢からケースとジャケットの内ポケットに移し、更にも取り出してケースに突っ込むのを見てウィルが声を掛けてきた。


「それは?」

「話してほしいのであれば人払いを頼む」

「妹は?」

「…できればウィルだけで」


 クレアは少し悲しそうな顔をしたが、そのまま護衛を連れて部屋から出て行く

 いつか話してくださいねと去り際に言われた。ごめんよ…。


「それ、父にも見せてないよね?報告していいものかな?」

「多分ダメと言ってもウィルは報告すると思う」


 無造作にページを開いてウィルに見せる、その瞬間ウィルの表情は驚愕の色に染まった。


 この資料集と言った本は今年度版のジャッジ用ルールブックだ、一般的なルールや裁定を載せているものだが、今回大事なのはそこではない。

 この本には大会の円滑な進行のための資料として


「こんなものが…」


 もうだいぶ俺の話に慣れてきたウィルも流石に驚いている、そりゃそうだ。

 俺の存在意義半分薄れるもん。

 それでも俺が開示したのはこの世界のカードについてある程度の予測がついたからだ。

 何故そうなってるかは皆目見当がつかないが恐らくこの世界にはシーズン7より前のカードしか存在しない。


 クレアやウィルの話から出る共和国や他の貴族の使うデッキテーマがシーズン4や5、シーズン2のテーマで7以降のテーマが一切なかったからだ。

 当然この時期のテーマもてこ入れで強くなったものもある。ただそうなのであれば

 相手から出てくるカードの名前が古すぎる。


 つまり、シーズン11用のデッキを40個以上抱えてる俺にとってこの世界のデッキは殆ど相手にならない、どんなに事故っても99%勝てる。

 それならばこの本は少なくともウィルには見せても良い、そう思った。


「盗難や紛失を考えるとコピー、いや書き写して保管してもらったほうが良いと考えているんだよね、俺も全て覚えてるわけじゃないから」

「問題は誰に筆写させるか、か」

「その通り。個人的な意見を言うと今の段階では明日謁見する王には渡したくないね」

「それは僕も同意見だ、しかしこんなものがあるならもっと早く話してくれても…いや、無理だね。僕が君の立場でも秘匿する」

「できればあの親父さんに報告するのは少し待っててほしいんだけどね」


 あのおっさんは正直読めないからな。

「…そうだね、これはテンマ君がしばらく管理してくれ。明日は護衛を増やすよ、今日はお互いもう休むとしよう」


 そう言って出ていく、よしよしなんとかなったな。










 翌日早朝、夜明け前に二頭立ての馬車で王都へ出発、てっきり俺とウィルだけだと思ったらクレアもついてくるみたいで驚いた。

 王都へは休憩を挟みつつ夕方ぐらいに到着するらしい、距離感的には60kmぐらいかな?おもったよりも近い。


 そして特に波乱もなく王都へ到着する、盗賊とか出るかなとか思ったがそんなことはなかった。


 王都の印象としては雑多というのが正直な所で、城壁に囲まれており規則正しく作られたように見えて、門をくぐると道幅は広いにせよ曲がり角が多く入り組んだ印象を受けた。

 ウィルによると今入ってきたところは西門で東門と北門の周辺はちゃんと整地されているとの事。

 東と北は防衛的な面で拡張しづらくそのぶん南と西は無節操に開発が続いてこうなっているらしい。


 談笑しつつ馬車の小窓から外を眺めていると1つの店が目に入った、ちらりと商品を眺めて見たが間違いない。


「あれはカード屋ですね、王都には沢山ありますよ」


 クレアが俺の視線の先を察して答える。

 なんでも、この世界においてカードは遺跡から発掘されるものであり、発掘量が安定してきたここ40年ぐらいは裕福な平民や普通の貴族でもカードを持つことができるようになったのだそう。

 うまい具合にデッキを組んで活躍した平民が戦闘貴族の末席に召し上げられた事も過去に何度かあるのだとか。


「まあ、ああいう店で売ってるものは戦闘貴族のお眼鏡に叶わず払い下げられたものが大半だ、君が見るようなものはないかもしれないね」


 ウィルが言う、違うんだなこれが。


「ウィル、今回の召喚法はゆくゆくは全国民に向かって情報公開されるんだよな?」

「…何年かかるかは分からないが、そうなると思う」

「なら今度流通してるカードを一度チェックさせて欲しい。今使えないカードが新しい召喚法が出た時に急に使うようになることはままある」


 クレアとウィルの表情が変わった。


「…どこかのタイミングでおおまかなリストがほしいねそれは」

「…学生時代の同級生に親がカード屋を営んでいる子がいますわ、準備が出来たら声をかけましょう」


 話も仕事も早い、やっぱり頭いいんだよなあこの2人は…。


 そうこうしていると馬車が目的に到着、ハルモニア家の別邸らしく今日はここに宿泊し明日謁見という運びになるそうだ。


 馬車から出ると紫色のショートカットの髪が目立つ長身のスレンダーな女性と執事、メイドが並んで出迎えてくれた。


「初めましてテンマ様、私はキスティア、そこのウィルの妻でございます。委細はキャニス様より聞いております故ご安心を」


 いやウィル嫁さんいたんかい!

 慌てて突っ込んだら聞かれなかったからと。いやそりゃそうだけどさ!


 屋敷内でキャニスさんとも合流し、食事の後は明日の作戦会議と相成った。


「事が事だけに正式な謁見とはならん、あくまでもハルモニア家が遊びにきた、という形を取る。王にはもう話は通してあるがまあ大層怪しまれておる、当然だがな…。とはいえハルモニアを実際に召喚したら概ね納得はしてくれたよ」


 キャニスさんは続ける。


「明日は広間ではなく王の執務室での対談となる、出席するのは私とウィル、クレアともちろんテンマ君。相手は王と王妃、あと宰相の3人としてもらった」


「明日ミラエルを無事に召喚できれば対抗戦の選抜大会の開会式でミラエルを王が召喚し、国民向けに発表という形になる」

「選抜大会の日程はいつになるんですか?」


 俺の質問にウィルさんが変わって答える


「だいたい3ヶ月後だよ、そしてテンマ君にはそれまでにやってもらわないといけない仕事がある」

「うむ、テンマくん、君には選抜大会の期間中に各地を回ってうちと友好的な貴族家に呪文の伝授とデッキ強化のサポートをしてもらいたいのだ」


 ん?なんか結構重要な役割をいつの間にか任されてるんだが?


「詳細は省くけども、貴族には地域単位で派閥があってね、うちは北部派閥に属していてね、その周辺を回って欲しいわけ。もちろん僕も付いていくよ」

「私もです」


 ウィルとクレアが言う。


「私もついていきたいんだけどね、大事を取らないといけない時期で」

 キスティアさんがお腹を擦リながら言う、この人は結構きさくな人で家に入ってからは軽めの口調で話しかけてくるのでありがたい。

 ていうか妊婦してんの!妊婦から旦那引っ剥がすのかよ俺!申し訳なさしかないんだけど!


「旦那さんを長期間引っ張ってしまって申し訳ないです…」

「いいのいいの、他に行く人いないからね。それにウィルがいかないと絶対相手してくれないとこあるし」

「そういう訳だから行く場所に関しては決まってから教えるね」


 こちらの話がまとまるのを見てからキャニスさんが口を開く。


「それとだ、出発前に言っていたあれは持ってきてくれたかね」


 話というのはミラエルの事。

 この国には<緋紋機竜ミラエル>のカードは1枚しか存在しない為、持っているのであれば王家との交渉に絶大な効力を発揮するので譲って欲しいとの話をハルモニアを呼んだ日に要請されていたのだ。

 俺としても特に断る理由もないので快諾することに、あと7枚あるしね。


「ここにあります、どうぞ」


 懐からミラエルのカードを取り出した瞬間に周りの雰囲気が変わった。

 あとから話を聞くとミラエルのカードは1枚しかない特性上

 おいそれと見ることはできないらしい。キャニスさんも2回しか見たことがないとか。

 しばし皆で鑑賞した後、とても豪華な箱にいれてキャニスさんが金庫にしまった。


「正直この金庫でも不安なのだがな、兵に寝ず番をさせるか」

「それが良いかと」


 親子が警備に関して打ち合わせを始めた為手元の紅茶を飲み一息付く。

 その後はしばし雑談、俺の衣装はキスティアさんとキャニスさんにも笑われた。


「ともあれ全ては明日の謁見次第だ、朝一番に登城することになるゆえ確認はしておいてくれ」


 そのキャニスさんの言葉で作戦会議は解散。

 俺は与えられた客室で明日使うであろう口上のチョイスと暗記をしてその日は眠った。









 ―――――――――――――――――――――――――――

 この国の貴族の通う学校は17歳で卒業で、卒業後女性は遅くとも20歳までには嫁ぎます。

 クレアの年齢は17歳となり、卒業したてです。

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