第81話 蘇生
(あそこから1ターンで返してくるとは、つくづく強い)
エニシダの今の思いはシンプルだ。
エニシダは決して自分が強いなどとは思っていない。
産まれた時から常に上位互換である兄がいたため、自分の才能面に関しては1桁の年齢で既に折り合いをつけていた。
ただ、それはそれとして自分の強さに自信を持ってはいた。
兄とも何度も何度も戦い、ほぼ同じデッキを使って一切勝てないという訳ではなく、たまに勝ちは拾えていた。
そして今のデッキはこちらもパフィと同じくリスク管理のために父から<拒絶の剛腕アンチノック>を預かり、万全の体勢であり言い訳が聞かない。
この世界において多少の敗北は恥ではない、カードゲームにおいて必勝などあり得ないからだ。
とはいえ、それは互いが同じカードプールで戦っているのが前提の話である。
天馬の背景情報のないエニシダや他の2人にとって、目の前の教師は「異常な存在」と言う他ない。
(この男が何者かは知らない。だが俺は幸運だ、こんな化け物と何も背負わず、何も失わずに戦えるのだ)
まったくもって信じられないが眼の前の化け物は自分たちの担任教師らしい。
そうであれば希望すればこの化け物と何度も何度も戦えるということ。
更にこの化け物の教える座学にも非常に興味がある。
この強さを少しでも吸収できれば、帰った時に俺は間違いなく他を圧倒する強さを手に入れる事ができる。
エニシダはそう考え、眼の前の教師から少しでも何かを盗む為にみっともなく足掻く事に決めた。
(しかし、この<不死王アンデッド>は本当にトレーニング向きだな)
一方の天馬は自分のデッキを自画自賛していた。
この<不死王アンデッド>はシーズン11ではTier2、たまに入賞するねぐらいのデッキである。
正直な所カードパワー、特に序盤から中盤の厚みが他の環境デッキに遠く及ばないのだが、ゲーム形式がサイド有りのBO3(3試合中2本先取で勝ち、毎試合サイドデッキからの入れ替え可)という点が<不死王アンデッド>に非常に有利に働いている。
勝ち筋が<不死王の番龍>から切り札を確実に引き込むという動きに固定化される為妨害されることも多いのだが、逆に言うと<不死王の番龍>からいくらでも簡単にサーチできてしまうので高コストユニットを素引きする必要性が一切ない為割り切ってピン採用(1枚のみ採用)できるのだ。
そしてこの切り札のピン採用が相手が墓地利用であれば<不死王リッチー>を採用するなど、相手の使用デッキによって柔軟な対策が取れるサイド有りルールと非常に相性が良いため、純粋な強さよりもルールの追い風を受けて環境にいるタイプのデッキである。
そして切り札を相手によって変えて動けるという事とは1つのデッキで様々なタイプのデッキに変身できるという訳で。
例えば、墓地利用系デッキを使用するクロスモアと闘う場合、苦手なデッキとの経験を積ませるのであれば<不死王リッチー>を追加し、ある程度有利に戦わせて自信をつけさせてあげたいのであれば逆に<不死王リッチー>を抜く…など、柔軟な対応が可能なのだ。
「俺は6マナを使用し<金剛壁のコバナ>を召喚!」
金剛壁のコバナ 6/3000/3000
このユニットが手札からフィールドに登場した時、<金剛壁>を2体フィールドに召喚する
金剛壁 3/0/3000
[盾持ち]
本体スタッツこそ劣悪ながら壁を2枚生み出せるユニット。
登場は初期も初期のシーズン2のカードではあるがダブル召喚登場以降評価が猛烈に上昇し、シーズン11でもたまーに見かけることのある古参の良カード。
「<破城の剛腕ガイアノック>で<不死王の側近 追跡者セクタム>を攻撃し、ターンを終了する」
(なるほど、いい動きだ)
<不死王の側近 追跡者セクタム>のターン開始時の8000ダメージはどのユニットに飛ぶかわからない。
だからこそユニットの頭数を増やしアタッカーの<破城の剛腕ガイアノック>を守る為の<金剛壁のコバナ>だろう。
バシュン!
天馬にターンが渡った瞬間、<金剛壁>が<不死王の側近 追跡者セクタム>によって破壊される。
「僕は<地獄門>を使用し、セメタリーから<不死王の番龍>を[蘇生]する」
地獄門 6
このカードはデッキ全体のカードのうち<不死王>と<アンデッド>カードが合計30枚以上投入されている時のみ使用することができる
セメタリーに存在する、5コスト以下のユニットを1体[蘇生]する
この時、ワースカードを[蘇生]することはできない
<不死王><アンデッド>専用の蘇生カード。
カードラプトにおいてはシーズン8あたりまでリアニメイト(セメタリーから直接カードをフィールドに登場させること)はかなり厳しく制限されており、シーズン9以降徐々に制限が取っ払われているが、やはりマナを支払わずに場にカードを出す、という行為のバランス取りは難しいようで、開発側もかなり四苦八苦している状況が見て取れる。
この<地獄門>もその1枚で、6マナで5コスト以下、という厳しい制限が加えられた上でもやはり非常に強い。
とはいえ、その強さの大半は<不死王の番龍>を[蘇生]してしまえる事にあるのだが。
ちなみにこの[蘇生]を筆頭にセメタリーからカードを呼び出す行為は処理が特殊で、名前こそ[蘇生]ではあるが実際にはセメタリーに存在するカードのコピーを場に生み出すという挙動になっている。
つまり、仮に今回[蘇生]した<不死王の番龍>が破壊された時、天馬のセメタリーには<不死王の番龍>が1枚、[蘇生]でコピーされた<不死王の番龍>が1枚、名前が<アンデッド>に変化した<不死王の番龍>が1枚の合計3枚が存在することになる。
「更に<不死王の灯火>を召喚し、ターンを終えるよ」
不死王の灯火 2/2000/3000
このカードはデッキ全体のカードのうち<不死王>と<アンデッド>カードが合計30枚以上投入されている時のみ召喚することができる
このカードは攻撃することができない
相手がデッキから引いたカードのコストを+1する
このカードの効果は重複しない。
(ここまでやるか)
<不死王の灯火>の効果を確認したエニシダは心の中で歯噛みした。
「<不死王の灯火>…あんなものが王国にあったなんて…」
パフィは顔に絶望を乗せてそうつぶやく。
パフィにとって一連の天馬の流れで一番目を引いたのは<不死王の灯火>だ。
<不死王の側近 追跡者セクタム>や<不死王の番龍>に関しては強いのは強いが、対抗戦で出てきたカードの情報を事前に知っているのもあって、異常な強さではあるがまあそういうのもあるだろう、といった印象で留まっていた。
だが<不死王の灯火>は違う。
今回は後半に出てきたが、この効果でコストはたったの2。
最速で出されれば本来プレイヤーにとっては逆転の切り札を引くはずのドローが序盤~中盤まで腐ってしまうのだ。
天馬がこのカードをずっと温存していたのか、今引いたのかは分からないがもし前者であれば、エニシダはライフ差の他にカードを出すタイミングでも手加減されていた事になり、天馬がかけらも実力を出していなかった事への証明になる。
(これは、まずい)
パフィが見ているのは共和国の敗北。
惜敗ではなく完璧なる敗北、そしてその後に間違いなく生じるであろう大きな問題である。
「邪魔するぞ」
「ひゃい!」
「カーネル様!?」
そう言い、パフィの横に来たのはカーネル王子。
いきなり生えてきたこの国の王子にパフィとニコライはおおいに狼狽し、その声に天馬とエニシダも反応した為試合も一時ストップする。
「王子…来るなら予め言ってくださいよ!」
「なに、君らの邪魔をするつもりはない。そのまま続けてくれ」
文句を言う天馬に対し無茶苦茶言って再開させるカーネル王子。
「本来は別の所から見させてもらうつもりだったのだが、中々面白いのでな、近くで見物することにした」
「は、はあ…」
ニコライは空返事で答える。
「…それとだ、もう少し自由に喋っても我らは一向に構わんのだぞ」
「「!?」」
バツの悪そうな顔でカーネルの言った言葉に2人は露骨に反応してしまう。
「眼の前の闘いの詳報は君らが祖国に情報を渡すのを前提で繰り広げられている、という事だ」
そのぐらいは流石に予測はしておるよ、とカーネルは少し笑いながら言う。
「そんなつもりは…」
「嘘を付かずとも良い、向こうの大人から情報を探ってくるよう言われておるのだろう?私でもそう言うからな」
ニコライの言葉をカーネルはぴしゃりと撥ねつけ、ニコライはそのまま黙ってしまう。
「君らの境遇には大いに同情するし、我が国としても責任を感じない訳では無いからな、余程の事がない限りは問題になぞする気はないよ」
「…」
パフィがカーネル王子から感じるのは完璧なる余裕。
結局それは天馬の力の全貌はこのようなものではなく、目の前の闘いは稚戯に等しいのだと言っているのと同義である。
「ほら、彼のターンが始まるぞ」
カーネルに促され、パフィとニコライは視線を2人に戻した。
エニシダは軽く深呼吸をする。
負けて元々、相手は魔物…そう思い直し、身を焦がす不甲斐なさや悔しさを抑え込む。
そうした上で改めて一呼吸し、ドローする。
「!」
エニシダの表情が少し明るくなる。
「俺は今引いた<再起>を使用し、<拒絶の剛腕アンチノック>をセメタリーから[蘇生]する!」
再起 7+1
セメタリーから9コスト以下のユニット1体を[蘇生]する
なぜシーズン8まで蘇生が厳しくなったか、といえばシーズン2で登場したこのカードのせいである。
7コストでコスト9までのユニットを制限なしで蘇生できる万能蘇生カードでありカードゲーム開始当初によくある「何も考えずに作ったら強すぎた」カードの1枚だ。
登場直後から当然のように全デッキ3枚から4枚積みで、時間を重ねるにつれ枚数を減らされついにシーズン7で禁止カードに指定された。
(うわ!<再起>持ってんのかよ!羨ましい!)
天馬は口から出そうになった言葉を飲み込む。
天馬の手持ちカードには当然、<再起>はない。
長い間禁止となり、解除される見込みもなかった為ショップでもほぼ捨て値で売られていたので仕方ないのだが。
(うーん、完全に<再起>の事が頭から抜けてたな。なんとかして手に入れたいな…)
投入できるのであれば迷わず投入したいカードだ、自分のデッキをより強くしたいというカードゲームのオタクの悲しい性である。
そんな天馬の物欲しげな視線を訝しみながらもエニシダは次の行動を行う。
「<金剛壁のコバナ>で<不死王の灯火>を破壊し!更に<破城の剛腕ガイアノック>で<不死王の番龍>を破壊する!」
一気に天馬の場が一掃され、残りは<不死王の側近 追跡者セクタム>となる。
一方エニシダの場は<金剛壁のコバナ>に<金剛壁>が1枚、更に[蘇生]した<拒絶の剛腕アンチノック>が控えている
「良かったのかい?<不死王の番龍>を破壊して」
「ええ、ターンを終わります」
<不死王の番龍>が破壊されるという事は新たな切り札が引き込まれるという事。
それをわかって行動したなら何も言うまい、と天馬は思った。
「では僕はデッキからカードをドローして…<不死王の側近 追跡者セクタム>の効果でランダムなユニットにダメージを与えよう」
バシュン!
エニシダの横を斬撃が通り過ぎ、<金剛壁のコバナ>が破壊される
「では僕は…ワースカード<不死王親衛隊 ファンドーラ>を8コストで召喚!」
不死王親衛隊 ファンドーラ 8/6000/14000
ワースカード
[盾持ち]
このユニットが手札から登場した時、相手フィールドに<死霊塊>を2体召喚し、
相手フィールドにいるユニット全て対し以下の効果を付与する
フィールドからセメタリーへ送られた時、爆発する
相手ターン開始時に<死霊塊>を1体、相手フィールドに召喚する
<死霊塊> 3/0/3000
このユニットはあらゆる召喚のコストに使用できない
このユニットは効果を無効化されない
破壊された時、爆発する
<不死王アンデッド>でどんなデッキが相手だろうと抜ける事がない、不動のトップエース。
相手に対し処理が極めて難しく、死ぬと爆発するユニットを出現時に加え毎ターン開始時に押し付け、更にフィールド上のユニットに対しコストにしても発生する爆発効果を与える。
召喚した時点で仕事が7割終わっている上異常なタフさも手伝ってワースカードに相応しいスペックを持っている。
「何!?」
エニシダのユニットが並んでいる横に腰ぐらいの高さの、頭蓋骨が頂点にデザインされたダルマのようなユニットが2体並ぶ。
「僕はこれでターン終了だ」
そう言うと、ダルマのようなユニットがもう1体、エニシダの場に追加される。
(爆発ってなんだよ!おい!)
文字スペースの兼ね合いから説明が「爆発する」としか書いておらず、未知の効果を付与されたエニシダは焦る。
「俺は5マナを使用し<バラムドレイク>を召喚する!」
バラムドレイク 5/4000/5000
このユニットがフィールドに出た時、カードを1枚引く
汎用ドローユニット。
シーズン11ではあまりの汎用性の高さに禁止措置となっている。
これはこのカードが強いというのもあるが、ドローソースとしてどのデッキにも入ってしまっている為、デッキに多様性が産まれなかったが為の禁止である。
と運営から説明が入った程には多様されていた、所謂愛すべきカードである。
(うう…<バラムドレイク>…羨ましい…王家に相談して自分の手持ちと交換できないか聞いてみよう…)
当然、天馬はこのカードも持っていない。
「更に俺は<拒絶の剛腕アンチノック>で<不死王親衛隊 ファンドーラ>にアタックし、<光速の鉄拳 タキオン>を召喚!、<不死王親衛隊 ファンドーラ>のタフネスを参照<不死王親衛隊 ファンドーラ>のタフネスが<光速の鉄拳 タキオン>より低い為破壊する!ターン終了…がああ!」
終了を宣言した刹那、エニシダの右前方が突如爆発し、爆風で思わずもんどり打って転倒する。
天馬の<不死王の側近 追跡者セクタム>の斬撃が、<死霊塊>を破壊したのだ。
「…残りライフ37000、ここからだよ、エニシダくん」
天馬は羨ましさを必死に隠しながらも不敵に笑った。
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