第83話 筆記

 留学生への補習の翌日、俺は奥さん6人を自室に呼び出した。


「なになに?改まって」

「留学生と何かありましたか?」


 カスミとクレアがそう聞いてくる、その顔にはわずかに緊張の色がある。

 まあそうだろう、この部屋に皆を呼んだのは初めてだもんな。


「そろそろ、いいかなと思ってね…」


 俺は執務机の引き出しの二重底になっている部分から鍵を取り出し、床の模様の部分に隠された細い鍵穴にそれを差し込み、二度ひねる。

 かちゃり、と音を立てて床の一部分が開き、厳重に保管されたデッキが出てくる。


「「「「「「…」」」」」」


 6人は興味深そうにその様子を見ている。

 俺はデッキを取り出し、更にそのデッキの入っていた枠を取り外す。

 ここも二重底になっており、そこから取り出されたのは1冊の使い込まれた厚い本。


 ここの俺の自室は特別製で、窓は小窓しかなく館の他の部分より遥かに頑丈にできている。ここには奥さんも、執事長であるグローディアさんですら基本立ち入りを禁止だ。

 何故かといえば、ここにはジャッジ用ルールブックが保管してあるからだ。

 カードに関しては分散管理をしていて、大半のデッキは王宮の宝物庫にて個別管理、手持ちの3つか4つのデッキは自宅にて管理…となっている。

 ただ、このルールブックに関しては現在のところウィルにしか開示していない為王宮に見せるわけにもいかず、この部屋で管理をせざるを得ない状況になっていた。


「これを見て欲しい」

「はあ…」


 よくわからない、と言ったような顔で俺がルールブックを開き5人がそれを覗き込む

 最初はなんだこれ?といった感じで見ていた5人の顔が一気に険しくなる。


「お兄様、これ…!」


 ナギが慌てたように俺の方を向いて何かを訴える。

 次の句を紡げないのを見ると相当焦っているようだ。

 リリ以外の4人も困惑の表情を浮かべている。

 リリだけはいまいちピンと来ないようだ。


「そう、ここには全ての召喚口上…この世界で言うと呪文だね、それが載っている」


 俺の言葉にリリ以外の5人が俺と本を交互に見て、言葉無く立ち尽くす。


「…なるほど、ね……何かしらのメモとかがあるだろうなとは思ってはいたけど…」

「まあ、普通に考えて全て覚えられるわけがないからね、俺だってそらで言えるのは15種類ぐらいだ」


 いち早く再起動したカスミに対し俺はおどけたように答えを返す。


「これは…全ての呪文が掲載されているとのですか?」

「うん、例外なく全て載っているよ」

「それで、これを私達に見せた理由はなんなでしょう?」


 トリッシュが当然の疑問を投げかけてくる。


「この書籍の文章をね、書き写して欲しいんだよ」

「書き写す?」

「そう、最初は皆にやってもらうつもりはなかったんだけどね…」


 話は昨日、王子と一緒に馬車で帰った頃に遡る。




「そういえば、なんだが」

「はい?」

「以前、私に口の固い人間を寄越せと言っていただろう?」

「ああ、はい」


 そうだ、すっかり忘れていた。


「あれなんだがな」

「適任者が見つかりましたか?」

「…見つからなかった」

「えっ」

「適任者が見つからなかった」


 ええ…。


「ひ、一人ぐらいいるのでは…」

「バカを言え、まずお前の状況から考えて女性のみに絞られるのだ、そう簡単に見つかるものか」

「え?なんでです?」

「…普通に考えてだ、今のお前の家の中核にお前以外の男を放り込めるか?」


 あっ。


「…無理ですし、嫌ですね」

「妹を筆頭にお前の伴侶はそれぞれの実家や立場もあるし、信じてない訳ではないがそれでも間違いというのは起こり得る。それを考えれば間違いが起こり得ない女性に限るであろう」

「はい…」

「そして女性でそのような人間は見つからなかった、という事だ」


 うーむ、困ったな、どうするか…。


「…やらせたい事に大体の察しがついてるからこそ聞くが、妹や他の妻にやらせるのはダメなのか?」

「最初はソレも考えたんですが、そちら経由で実家に情報が漏れるかもしれないなあという懸念が…彼女たちを信じていない訳ではないのですが…」

「それを言ったら、私が紹介した人間から情報が漏れる可能性だってあるだろうに」

「それはそうなのですが…自分の気持ち的に万が一情報が漏れた時に彼女たちを疑う事になってしまうので、関わって欲しくないという気持ちもあるんですよね…それこそ漏洩した時王子経由で紹介してくれた人ならば容易に切り捨てる事ができる、という点も含めて」

「…その物言いは妹に聞かれたら殴られるぞ」

「わかってはいるんですけどね」

「個人的にはもう少し妹らを信用してもらっても良いと思うのだがな、彼女らはもう実家から離れているのだ、それに6人共家中の秘め事を漏らすようなタマでもなかろう」

「うーん…」

「事情を鑑みればその考えは理解できるがな、もうちょっとお前の妻を信用しても良いのではないか?」







「というわけです…あいたっ」


 カスミにぺしっと頭をはたかれる。


「だから言ったんだよ…」

「当然よ」


 そう言うカスミの顔は少し怒っている。


「ええと…よくわからないのですが、これ、テンマ様がご自分でなされば良い話なのでは…?」


 シオンが当然の疑問を口にする。


「それなんだけどね…俺さ、字がメチャクチャ汚いんだよね…」

「あー」


 全員が納得したような顔で俺を見る。

 そう、俺の書く字は汚い。

 くせ字に持ち前の大雑把さが合わさって書き始めて10分もすれば象形文字かな?といった具合になる。

 この前の<仙甲ゲンブ>の時の書類整理だって俺は実際に記載する部分はほぼ担当せず、仕分けと案出しに徹底していた。

 更にこの世界、活版印刷は存在するが全て手作業な上、印字用の活字が専門業者が製法から販売まで独占している為、入手しようとすれば必ず足がついてしまう。

 更に更にこの世界正式な書類の記入はもっぱらインクとペン。

 ボールペンやサインペンに慣れ親しんだ俺からすれば苦渋ってものじゃないのだ。

 今回の複写は他人への閲覧も前提に入れてのものになるため、ある程度書類として完成したものを目指さねばならないのだ。


「確かに…旦那様の字は大変…個性的ですので…」


 クレアが苦笑しながらフォローを入れてくれるが慰めになってない。


「で、仮に漏洩した時にみんなを疑いたくなかったというのもあったんだけど…そうも言ってられなくてね」


 当然ながら俺も字の練習をしているが20年以上の癖はそうそう抜けるものではないし、何よりインクとペンに慣れるところから始めなければならない。

 それに何よりこの複写はそれなりに緊急性の高い案件だ。

 仮に明日屋敷が燃えてしまえば多くの口上が永久的に失われてしまい、他の人間からみた俺の利用価値もだだ下がりしてしまう。


「それで、私達に書き写して欲しいというわけですね」

「そういうこと」

「でしたら、その役目は私とナギさんとリリさんが適任ですかね」


 クレアの発言にナギとリリが小さく頷く。

 シオンは俺ほどじゃないが字が汚く、カスミは元来書類仕事が苦手(やらないわけではないが)トリッシュはそもそも選抜の選手なので忙しい…ということみたいだ。



「原版は今まで通りここに保管する。あくまでも転写するのは呪文の部分だけだから他の資料分のアドバンテージはあるしね」

「テンマさん、あとでその本見せて頂いても?」

「ああ、勿論いいよ」


 めざといトリッシュに俺は笑顔で承諾する。

 トリッシュ目が光ってるわ、この子知識オタク的な部分あるからなあ。


「1人1人何時間か交代で複写して作業中はローディに護衛してもらう…って感じがよさそうね」

「間違いが許されない以上、誤字脱字のチェック者も必要ですね」

「チェックは記入に携わってない者がやるほうが…」


 俺が何も言わなくても勝手に段取りを決めてくれる、うーん皆優秀だ。









「今日からこの学園で皆と一緒に勉強をする事となる3名を紹介する。来歴に関しては皆既に把握をしているかと思うがお互いに失礼・無礼・非礼の無いよう気をつけるように、では3人共自己紹介を…」


 その後、2週間ほどかけて座学を詰め込み3人を通常授業に合流させる事となった。

 留学生は受ける事業が限られる。

 体育関係はカリキュラムがそもそも違う上に物理接触が発生しいざこざの元となってしまう為接触させないようにしないといけないし、王国史の授業なんてとても受けさせれるものではない。

 そうやって懸念される授業を削っていくと受けれる授業は1/3ほどに留まってしまう。

 そして俺は補習で既にコミュニケーションを取り良好?な関係を築けているという点と授業の少なさから実質的な3人の世話役としての役割も校長に押し付けられてしまった。

 カードラプトの授業で彼らを紹介したのもその為だ。


 つつがなく自己紹介も授業も終わり、その日の授業を終え家に帰る。

 そしてその4日後、我が家にファロンさんとクロスモアさんが訪れた。


 当然、俺だけで会う事はなくカスミが同席している。


「で、どう?」

「今のところは問題ないですね」


 カスミの質問から始まったのは留学生の状況だ。

 世話役として指名されたのは良いものの、俺は現状週1、稀に週2授業がある程度で学園に行く機会は多くない。

 休憩時間や放課後も付きまとうなどという事も流石にできない。

 そういった事をカスミに愚痴混じりに相談した所ファロンさんを紹介されたのだ。


 曰く、先日のネプチューン領のゴタゴタに関連し卒業後カーネル王子の側室として嫁ぐ事が決まったらしく、既に王家側の人間となった為学園内の俺の目が行き届かない部分の揉め事などを監視してくれる事になったそうなのだ。

 流れでクロスモアさんも協力してくれることとなり、あくまでもカスミ主催のお茶会に呼んだ、という名目で報告会を開くことになったのだ。


「意外だな、何人かは絶対に突っかかると思っていたんだけど」

「一般的な市民の話ならともかく、共和国の名家の話など僕らからしても未知数ですからね。何が起こるかわからない、というのが大きいのでしょう。リューズもおとなしいものでしたよ」

「リューズ…ああ、ギアゴールドの。彼は僕の前ではそれなりに真面目ではあるんだけどね」

「まあ…先生が赴任してくる前よりはあれはマシになりました、そこは感謝しています」


 クロスモアさんが俺に不機嫌そうに感謝の言葉を投げかける。

 行動と表情が全然合ってない、なんかやったか?俺。


「つまり現状は問題なし、という事で良いのかな?」

「ええ、エニシダくん…でしたっけ、彼がちょっと危うい…というか、怖いかなという部分ではありますので、私達からフォローをしてみます」

「ああ…彼は少し気難しい部分があるね」


 私達、というのはカードラプトの授業を受けている女生徒の事だ。

 なんでもカスミがお茶会に呼んだ兼ね合いでうちの嫁たちと仲良くなったらしく、たまに学校帰りに訪ねてきたりしているようだ。

 俺が学校で勤務している時やどこかへ出張している時にしか来ないという気配りもしてくれているようで本当にありがたい。

 あまり優遇している、等とは言われたくないし、女性同士の話に首を突っ込むようなことはしたくない。

 そんな感じで留学生の状況を話し、そろそろ終わろうか、という所でクロスモアさんがとんでもない爆弾を投げてきた。


「それと…」


 クロスモアが意を決したように話始める。


「…母からの伝言です、『連れてこれる嫁を連れてそろそろ来い、クロスモアと一緒にな』だそうです」


 瞬間、空気が凍り全員が凍結する。

 わ、忘れてた…。


「ちなみに母の言う『そろそろ』は今までの事例から考えると2週間以内です」

「…行ける者を連れてお伺いしますと伝えてくれ」

「わかりました」

「お兄様にも連絡しておくわ、予定を変えてでも行くと言うはずだから」

「行く際は私にもお声掛けを、エスコートするよう申し付けられていますので。テンマ先生」


 不本意、という気持ちを顔に出しまくったクロスモアさんが俺をジト目で睨みつつそう言う。

 不機嫌バリバリだった理由はこのせいか。

 とはいえ連れてこれる、という部分はありがたいし、何よりも女性の味方を体現しているなと思う。

 妊婦初期の3人は動かす事は極力避けたいからな。


 向こうのホームで何が起こるか…正直恐ろしさしかない。

 遺書を書いていくべきかな…。


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