第061話 完璧主義な上にクソ真面目

 『町内会』と書かれた仮設テントの下でカズキと立花たちばな泉美いずみは、懸命に働く御堂みどうツルギらを見ていた。


「あの日室ひむろってヤツはチャラそうだね」


不意に泉美いずみが呟いた。小馬鹿にしているというより、率直な気持ちが口を突いて出たようだ。


「チャラいってゆうか、バカだな。でも一緒に居て楽しいよ。面白いし。腹立つこともあるけど」

「頭の固いアンタには丁度いいね。ただあの御堂みどうってイケメンはちょっと大変そうだけど」

「どういう意味?」


キョトンとした様子でカズキは泉美に問い返した。けれど泉美は平然と「別に意味なんて無い」と珈琲をチビリと傾けた。


「ただあの子、完璧主義な上にクソ真面目でしょ。人当たり良くて悪態もつかない優等生で」

「おお正解! 本当その通りだよ。よく分かるね。占い師なん?」

「んなもん見てりゃ分かる」


つまらなそうに言いながら、泉美はまた御堂ツルギに視線を向けた。中年女性の輪に交じってよ爽やかな笑顔は崩さずバドミントンで遊んでいる。


 今度は日室遊介を見遣る。疲れ切った態度を隠そうともしていないが、それでも年配男性の自転車を修理している。


「ま、どっちにしてもダチは大事にしな」

「……うん」


何気ない泉美の言葉。少なくとも彼女には他意など無かった。

 だがカズキの胸には深く刺さった。その痛みを和らげるように。珈琲をまた一口だけ含む。


「そういえばエルが言ってたけど、アンタ浮気してるんだって?」

「ぶっ!!」


飲んでいた珈琲を吹き出し、カズキは「げほげほ」とむせいだ。


「べ、別に浮気じゃないよ!」

「隠さなくてもいいよ。若いんだから、好きなようにやりな」


泉美がポケットティッシュを差し出すと、カズキは一袋全て使って口や手を拭った。


 相変わらず笑みの一つも浮かべず、泉美は脇に置いているバッグから白い紙袋を取り出した。


「あげる」

「なにこれ?」


問いかけるも泉美は答えない。ほんのり温かいそれを、カズキは不思議そうに見つめた。


 おもむろに白い紙袋を開くと、香ばしい匂いが鼻腔を抜けた。腹の虫が意図せず鳴き出しそうになる。

 袋の中を覗き込めば、幸せを具現化したような、薄黄色のメロンパンが2つだけ入っていた。


「どうしたの、これ」

「駅前にあるパン屋で買ってきた」

「マジで?! あそこの店、販売数が少ないから限定品はすぐ売り切れるのに!」

「通り掛けに寄っただけ。浮気相手の子と食べな」

「ありがとう泉美姉いずみねぇ! きっと喜ぶよ」


白い歯を見せ笑うカズキに、泉美は煙草を咥えた。その口端に小さな笑みが浮かんでいるのをカズキは見逃さない。


「泉美姉ぇは食べたの?」

「アタシはいらない」


咥え煙草に火をつけて泉美は軽く手を振った。

 けれどカズキは紙袋からメロンパンを一つ取り出して、半分に割くと片方を差し出した。


「なにしてんの」

「本当は泉美姉ぇも食べたいんだろ」

「……ったく」


悪態吐きながらも泉美は片割れのメロンパンを受け取り、煙草の火を消し携帯灰皿に押し込んだ。

 二人でメロンパンをかじると、ザクリと小気味よい音が響いた。食欲を刺激する仄かに甘い味と香りが、口いっぱいに広がった。

 

「美味いね」

「うん。たぶんクッキー生地とパン生地を別に焼いてるから、冷めてもサクサクなんだよ」

「なんでそんなに詳しいのよ」

「俺もいつかは泉美姉ぇの店を手伝いたいと思ってたからさ、ちょっとは勉強してたんだよ」

「そうなん?」

「だって泉美姉ぇ、サンドイッチとトーストしか作れないし」

「余計なお世話だよ」


コツン、と泉美はカズキの頭を優しく小突いた。

 他愛もない遣り取りに腹の奥がむず痒くて、擽ったくて、二人は小さく笑い合った。


『坊ちゃま~! お仕事ですよ~!』

「あいよー!」


食べかけのメロンパンを口に詰め込むと、カズキはエルグランディアの呼ばれた方へ走った。


 泉美は齧りかけのメロンパンを片手に、はじめて目にするカズキの働きぶりを見守っていた。

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