第5章

第065話 緊急事態

 『別に仲良くは無いです。むしろ嫌いです』


LTS第三支部校の最寄り駅近くで、登校中のカズキにエルグランディアが真顔で答えた。


「でもお前、あれからまたエーラに会いに行ったんだろ。わざわざバームクーヘン持って」

『な、なんで知ってるんですか!』

泉美いずみぇに聞いた」


笑いながら答えるカズキに、エルグランディアは顔を赤く染めて口先をすぼめた。


「エーラは元気だったか?」

『元気も何も〈アクマ〉だから変わり無いですよ。なんですか坊ちゃま。そんなにエーラさんのことが気になるんですか』

「名前で呼ぶようになったんだな」


ニヤリとカズキが笑えば、エルグランディアは両頬を膨らませソッポを向いた。

 愛らしくへそを曲げるエルグランディアと校門をくぐれば、広場では生徒たちがたむろしていた。

 1年生だけでない。2年生や3年生の生徒たちも噴水の周りに集まっている。


「長瀬クン!」


と、人垣の向こうから慌てた様子の日室ひむろ遊介ゆうすけが駆け寄ってきた。


「日室。どうしたんだ、これ」

「ボクもよー分からんけど、なんや今から講堂行かなアカンみたいやねん。今日の授業も全部自習になるらしいで」

『どうしたんでしょう。なんだか物々しい雰囲気ですね坊ちゃま』

「……そうだな」


一抹の不安を抱えながら、カズキらは北館の講堂へと向かった。

 

 講堂の前には既に多くの生徒が集まっていた。

 雪崩れ込むよう、カズキらも講堂内に踏み入る。

 座席の指定は無いらしく、生徒の多く手持ち無沙汰に辺りを見回している。


『坊ちゃま、座りましょう』

「そうだな」

「あそこ空いとるで」


ざわめく渦中で日室ひむろ遊介ゆうすけが人数分の空席を見つけた。

 急いで席に座るも、一息つく間もなく講堂の中は白い制服で埋まり騒めき溢れる。


 間もなく正面の巨大なガラス窓がブラックアウトして、壇上に1年の学年主任が現れた。

 その険しい表情と殺伐とした雰囲気を前に、生徒達は緊張を走らせた。

 「ゴホン」とマイクに向かって咳払いをすれば、講堂内はシーンと静まり返った。


「既に聞いている者も居るかと思うが、暴走状態と思われるAIVISアイヴィスの情報が人工島デルタアイランド内で多数寄せられている。

 すでに数名の機核療法士レイバー職員が現場に向かっているが、後発隊として我々も現地に赴く。だが教員だけでは手が足りない。そこでお前たち生徒にも協力してもらう」


ざわざわと、講堂内にまたどよめきが満ちた。学年主任は尚も続ける。


「3年はこの場に残れ。2年は第1体育館で説明を受けろ。1年は各自のHR教室にて指示があるまで待機だ。以上、解散」


断ち切るように説明を終えると、学年主任は早々に壇上を降りた。

 生徒らは顔を見合わせ戸惑いを隠せない。

 黒いガラス窓はモニターに切り替わり、先の説明と同じ内容が映し出され、生徒らはようやくと動きはじめた。


「俺達も行こう」


カズキの言葉にエルグランディアと日室遊介が頷いて答えた。

 ごった返す講堂の出口を抜けると、壁際に片桐かたぎりたゆねと御堂ツルギ、そしてクラスメイトが二人立っていた。


長瀬ながせ君!」


カズキに気付いた片桐たゆねが、大きな声で呼びながら手招きをする。

 日室遊介とエルグランディアに目配せして、カズキはスカイライナーと共に駆け寄った。


「唐突に呼び止めてごめん。でもさっき聞いた通り今は人手が足りていないんだ。君達4人は1年生だけど、事態の収拾に協力してほしい」


「分かりました」


いの一番に御堂ツルギが答え、後の二人も「はい」と力強く返答する。


「ありがとう。じゃあ上地かみぢさんと御堂君は準備が出来たら駐車場前に集合。草薙くさなぎさんはBRAIDブレイドを起動して別命あるまで待機ね」


「はい」「はい!」「ハイ…」


三者三様に応え、各々は準備をするべく向かった。

 残されたカズキはキョトンと目を丸く片桐かたぎりたゆねを見る。


「先生、俺はどうすれば……」

「長瀬君は屋敷の様子を見てきてほしい」

「屋敷?」


片桐たゆねは頷いてカズキの肩をとると、耳元に口を寄せて声を殺した。


「実はついさっき赤い鎧のような人間型ヒューマノイドの情報も入ったんだ。念のため、君にはエーラ達の様子を見て来てほしい」

「え……エーラ達の?」

「なにも無ければ君は学校へ戻ってきて。必要なら学校に連れてきても構わない。私の研究室を開けておいたから好きに使って。だけどもし、この騒動に〈アクマ〉が関与していたのねら……いや、今はやめておこう」


喉の奥に言葉を残して、片桐たゆねは「それじゃあ宜しく」と肩を叩いて駐車場へ向かった。


 言わんとすることはカズキにも理解できた。


 この騒動には恐らく〈アクマ〉が関わっている。

 そして今現在確認されている〈アクマ〉はエーラとマイアの二人だけ。


 つまり片桐たゆねの言葉には、エーラ達の保護に加えて、二人の〈アクマ〉を監視する意図を含んでいるのだと。

 神妙な面持ちのカズキは、ゴクリと固唾を飲み拳を握った。


『坊ちゃま!』


するとそこへ、エルグランディアが小走りに寄ってきた。握り締めた拳が自然とほどかれる。


「エル……日室は?」

『先に教室に行かれました。片桐先生と二人で何のお話してたんですか? もしかしてエーラさんに何かあったんですか?』

「聞こえてたのか」

『女の勘です』

「勘って、お前……」

『なにがあったののかは分からないですけど、エルも御供しますからね!』


普段のふざけた態度から掛け離れた真剣な眼差し。翡翠色の眼光が、カズキの口から「来るな」という言葉を遮断する。


「分かったよ。行くぞ」


カズキとスカイライナー、そしてエルグランディアは屋敷へと向かった。


 胸の奥に立ち込める暗雲に、気付かない振りをしながら。

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