第066話 誘導

 胸中に暗雲を抱えながら、カズキとスカイライナー、そしてエルグランディアは屋敷へと向かった。


 他の生徒達はまだ出動していないらしく、校門や学校周辺には誰も居ない。

 太陽がまだ東に寄る昼日中。こんな時分に屋敷へ行くのは初めてのだった。

 額に汗を浮かべ、カズキは洋館に踏み入った。


「エーラ!」


旧い玄関扉を勢いよく開く。

 昼間でも薄暗い屋敷の中を進むと、不気味な廊下の奥からエーラが音もなく姿を現した。


「なんですか、騒々しい」


いつもと変わらぬ冷めた表情。カズキはほっと安堵の息を吐いた。スカイライナーも長い尻尾を振って擦り寄る。

 エルグランディアも安堵の様相で大きな胸を撫で下ろした。けれどすぐにソッポを向いて『別にエーラさんのことなんて心配してませんけど』と素っ気ない態度を装った。


「マイアさんは?」

「昨日から外に出ています。今日はまだ帰宅しておりません」


何気ないエーラの答えに、カズキは血の気が引いた。思考が混濁して声を出すのもままならない。


「珍しいことではありません。日を跨ぐことも最近では屡々しばしばありましたので――」

「どこに行ったんだ!」


言い終わらぬままエーラの華奢な二の腕を鷲掴み、カズキは鬼気迫る様相で声を荒らげた。


「……どうなされたのですか」

『実は今朝、坊ちゃまの学校で――』


冷静さを欠くカズキに代わって、エルグランディアが事の顛末てんまつを説明する。


 「――そういうことでしたか」

「心当たりは?」

「恐らく島内にある家具店かと」

『家具屋さん、ですか?』

「ええ。日頃マイアは外出の際に何処どこへ行くとも申さず出ていましたが、昨日はわざわざ『家具を見てくる』と私に告げて出ていきました」

「家具屋…‥」


言葉を反芻はんすうさせながら、カズキは機療きりょうの実習へ赴いた大型家具店を思い出した。思えば初めてマイアと出会ったのも、あの家具店だ。


「エル、俺は今からそこへ行く。お前はエーラと一緒に学校へ戻ってろ。片桐かたぎり先生が部屋を空けてくれてるから、そこで――」

「いえ、私も御供おともします」


カズキの言葉を遮るように、エーラは言い放った。


「ダメだ! 今は人工島デルタアイランドじゅうに学校の関係者が居る! もしもお前のことがバレたら――」

「ですがマイアは、私の家族です」


微動だにしないエーラの視線。紅く熱い瞳が、カズキの胸を貫いて喉の奥に上がる言葉を押し殺した。


「じゃあエルだけでも戻ってろ……って言っても聞かないんだよな」

『当然です!』


エルグランディアは堂々と豊かな胸を張った。

 浅い溜め息を交えながら、カズキは2人を連れ屋敷を後にした。

 

 高く照りつける陽光は背に汗を滲ませる。けれど暑さだけが原因ではない。

 胸中に渦巻く暗雲は尚も勢いを増していく。


 屋敷から最寄りの大型家具店まで、急げば15分程の距離。

 大きな道路を横切り住宅地を抜け、緑地公園を右手に真っ直ぐ進んでいると、スカイライナー唐突に足を止めた。


「どうした、ライナ」

『グルッ』


長い首をもたげて菱の眼が捉えるもの。振り返ると其処そこには――赤鎧が居た。


 咄嗟に身構えるカズキ。だが赤鎧は何をするでもなく、きびすを返して走り出した。

 明らかにカズキらを認識しているにも関わらず何の反応も見せない。

 

「……追いかけよう」


自分に言い聞かせつよう呟き、カズキは静かに歩き出した。

 赤鎧は背を向けたまま、カズキらが見失わない速度で移動している。必要以上に距離を縮めず離れず一行は赤い背中を追う。


 そうして暫く進むと、ビビットカラーが特徴的な大型施設が見えた。以前カズキが機療きりょうに訪れた家具店だ。


 だが先を走る赤鎧は店舗へは向かわず交差点を渡って、エナジースタンド傍にある古びた倉庫の前で立ち止まった。


 おもむろに振り返りカズキらが来た事を確認すると、赤鎧は勢いよく飛びあがり姿を消してしまう。


 残されたカズキ達は、眼前に建つ巨大な倉庫を見上げた。

 だが倉庫とは名ばかり。とうの昔にその役目を終えたようで、今は廃屋と化している。

 外壁には亀裂が目立ちトタンの屋根は大小の穴が多数。窓ガラスは割れ砕け、周りには空き缶やペットボトルなどゴミが散乱している。


 蒼い手甲型のBRAIDブレイドを右手に装着し、カズキは空のバッグをエルグランディアに預けた。


「お前はエーラと一緒にここで待ってろ」

『分かりました。坊ちゃま、気を付けて下さい』


無言のまま頷いて、カズキは錆だらけのハンガードアの前に立った。重々しい鉄の扉は施錠もされず、人ひとり通れるほどの隙間が開かれている。

 まるで誘導されているかのような不自然さ。加速する心臓を誤魔化すよう固い唾を飲み込んで、カズキは庫内に踏み入った。

 薄暗く息が詰まるような空間。息を吸うと埃と錆の匂いが鼻を刺す。


「こいつは……」


カズキは唖然あぜんと声を失った。不気味な雰囲気もさることながら、目の前の光景に驚きを隠せずにいた。

 壁や天井に空いた穴から差し込む陽光。それがスポットライトのように映し出すのは、家具店で稼働していた蟹手の作業型ワークロイド


 作業型ワークロイドだけではない。ネズミの版権型キャラロイドやライオンの動物型アニマロイドなど、見覚えのあるものAIVISアイヴィスが幾つも並んでいる。


「………」


カズキはライオンの方へ近づいた。

 所々に装甲が剥げ爪や牙の欠けたその姿は、以前マイアが力を与えた機体に他ならない。

 ふとカズキが手を伸ばした、その刹那。


「えっ?」


鋭い眼光を放ち、ライオンの動物型アニマロイドが勢いよく跳び掛かった。

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