第067話 騒がしい庫内

 「えっ?」


鋭い眼光を放ち、ライオンの動物型アニマロイドがカズキに跳び掛かった。

 不意をつかれたカズキは動けない。

 そうして喉元に折れた牙が届こうかという寸前。スカイライナーが体当たりを見舞きライオンを弾き飛ばした。

 汚れたコンクリートの上を転がるライオン。だがすぐに立ち上がって体勢を整える。


「た、助かったよライナ。ありがとう」

『グルッ』

「いや、いい。あいつは俺が機療なおす」


身を乗り出すスカイライナーを静止して、カズキは半歩だけ前に出た。ライオンは唸り声を漏らし睨め付けている。

 右手のBRAIDブレイドに手を添えて拳銃のように外装をスライドさせれば、輝く粒子が五指に宿る。


『ゴロァッ!』


空気を裂くような雄叫びを上げ、ライオンがまたもカズキに飛び掛かった。

 けれどカズキは避けることも返り討つこともせず、ライオンの巨体を受け入れるように抱えた。


「……ごめん」


悲哀の混じる声を表す様に、右手の手甲から輝く粒子が放たれライオンのボディに浸透していく。

 足掻き悶えるライオンを、カズキは必死に抑え込んだ。身をよじらせるライオンの姿は苦しみ悶えているかのよう。

 カズキは思わず目を閉じた。


 徐々に弱まっていくライオンら、いつしか動くことを止めてしまう。

 にぶい瞳の輝きも同時に失われて。


『坊ちゃま!』


庫外から響くエルグランディアの声。カズキはまぶたを開いた。

 視界に映るのは庫奥でうごめAIVISアイヴィスの群れ。

 腕の無い人間型ヒューマノイド

 塗装の剥げ落ちた作業型ワークロイド

 毛皮まで作りこまれたツキノワグマ。

 デフォルメ調の恐竜。

 多種多様なAIVISアイヴィスが約10機。ボロボロの見た目と緩慢な動きが、B級映画に登場するゾンビを思わせる。


 抱きかかえたライオンを床へ降ろせば、エーラが庫内に入った。カズキの傍らに立つと同時、細い体が光を湛え黒紫の鎧と羽を現す。


「……お前も後で機療きりょうするからな」

「お願い致します」

「お前はこのAIVISアイヴィス達を操れるのか?」

「いえ。既に他の〈アクマ〉から支配を受けている機械を使役することは不可能です」

「じゃあエルのことを頼む。このAIVISアイヴィス達は俺が機療きりょうする」

「貴方お一人で?」


険しい表情のカズキに問うも、カズキは前を見つめたまま答えない。

 エーラは小さく頭を下げると、エルグランディアの隣まで退いた。


 右腕のBRAIDブレイドを見れば、手首に長方形のメモリが3つだけ光っている。機療きりょうできる残弾数だ。

 

 その時、腕のない人間型ヒューマノイドが襲い掛かった。

 右手の装甲をスライドさせ、カズキはAIVISアイヴィスの腹部に掌を触れ当てる。


「ごめん」


放出される機粒きりゅうの光。人間型ヒューマノイドは倒れ、油の切れた玩具のように床を転がる。

 それを皮切りに他のAIVISアイヴィス達も一斉にカズキへ襲い掛かった。

 唇を噛み、カズキはまた右手を輝かせる。


 『グロアアアアアオォッ!!』


けたたましく吠えたスカイライナーは庫内を跳ね回り素早い動きでAIVISアイヴィスを翻弄した。決して破壊することなく。


 同時、オオカミを模した動物型アニマロイドが庫外のエルグランディアに飛び掛かった。

 けれど間一髪、傍のエーラがその尾を掴んで勢いよく放り投げてみせる。


『あ、ありがとうございます』

「いえ。それよりも中へ。またいつ背後から襲われるとも分かりません」


エルグランディアを誘導し、二人は庫内に入った。

 中央に陣取るカズキの足元には3機のAIVISアイヴィスが倒れている。

 だが機療きりょうを施したカズキは驚愕の様相で息を呑んだ。機療きりょうしたはずのライオンが、再びカズキの目の前で立ち上がったからだ。


 だが先程までの雄々しい姿は見る影もない。押せば倒れてしまいそうなほど弱々しい姿で、ライオンは尚も向かい来る。


 よろめく体で倒れ込むようにカズキへ圧し掛かると、折れた牙で肩に噛み付いた。

 痛みなど微塵も無い。けれどカズキは苦々しく顔をしかめた。


「もう、休んでいいから……」


ライオンを抱きしめて、ボロボロに崩れた金属の頭を撫でながら、カズキは右手から機粒菌きりゅうきんを放った。


 青く消え散る儚い光。それはまるでライオンの限られた命そのもの。動きは徐々に鈍く、蒼い腕に抱かれて事切れた。


 むくろのようにその場に下ろせば、右手首に光る線を見れば全て消えている。残弾数はゼロ。


 胸の奥が熱い。焦げるように熱い。

 黒い何かが濛々と立ち込めて、カズキの身体を滾らせる。複雑な感情が体の中で膨れ上がる。


「……来い、ライナ」


深く暗いカズキの声に呼ばれて、スカイライナーは駆けつけた。

 蒼い手甲と装甲が触れ合い、眩い光が彼らを包み込む。


 明々と庫内を照らす光が収束すると、中心には光る羽を負い蒼瑠璃の鎧纏う〈テンシ〉の姿。


 輝く羽を逆立て腰にいた鞭を伸ばすと、カズキは左腕を天にかざした。スカイライナーの頭部が左手から離脱して、杖の突先に接続される。


 開かれた龍口から迸る粒子。瞬く間に宝石を思わせる結晶体の刃へと変わる。

 カズキは跳びあがり、蟹手かにて作業型ワークロイド偃月刀えんげつとうで一撫でする。

 直後作業型ワークロイドは傷ひとつ無く機能を停止させた。


 体を捻り次のAIVISアイヴィス偃月刀えんげつとうを穿つ。

 次も、その次も同様に。


 騒がしい庫内は瞬く間に静まり返った。

 庫内を照らす光の中心には力無く肩を落とす蒼い〈テンシ〉と、足元に転がるAIVISアイヴィス

 美しさと残酷さを混在させたかのような光景に、誰も声を発せず静まり返る。

 たがその静寂を、


「もう終わったのか」


背中に響く、冷たい声が打ち破った。

 振り返ると、扉の外ひ白銀の髪を輝かせる紅眼の美女が立ち尽くしている。


「……マイア」


すぐ近くのエーラが冷めた表情のまま呟いた。


 紅い瞳が、二人の〈アクマ〉を結び付ける。

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