第068話 白銀の鎧

 紅い瞳が二人の〈アクマ〉を結び付ける。


「もう終わったって、どういう意味ですか」


その視線に割って入るようカズキが一歩踏み出した。エーラとエルグランディアは倉庫の中へ退しりぞく。


「言葉の通りだ。此奴らの役目は終わりだ」


マイアは微動だにしない。まるで原稿を読むように抑揚なく言い放つと、静かに右手を突き出した。

 すると白い五指から光の粒子が放たれて、床にAIVISアイヴィス達へと浸透する。

 落ちた暗い目に光が灯れば、AIVISアイヴィスはまた操り人形みたく起き上がった。


 カズキは身構えた。けれど復活したAIVISアイヴィス達は、割れた窓や扉から庫外へと去ってしまう。

 ただ一機、ライオンの動物型アニマロイドを除いて。 


「アイツらに人を襲わせるつもりですか!」


大粒の汗を浮かべるカズキはマイアを睨みつけた。けれど白銀の〈アクマ〉は微塵も表情を変えない。


「そのようなことはさせない。言ったはずだ。奴らは既に役目を終えたと」

「じゃあ……やっぱり、この騒動全部マイアさんの仕業なんですか」

「そうだ」

「あのライオンも?」


庫内に一機だけ残されたライオンを、カズキの蒼い指が差した。

 マイアは「ああ」と静かに頷く。

 淡く冷たいその反応が、かえってカズキの神経を逆撫でた。


「なんで……こんなことしたんですか!!」


カズキは声を張り上げた。ピリピリと肌を刺す空気感。背にほとばしる橙色の羽が、勢いを増して燃えさかる。


「貴様の眼で確かめろ」


そう言うとマイアの突き出した右腕に黒い痣のようなものが浮かび上がった。

 黒子ほくろ斑点しみのように表出したそれは、みるみる彼女の美しい肢体を侵食して、腕や脚、肩や首の周りまで覆った。


 黒いそれは徐々に色を失い高質化すると、白銀の装甲へと姿を変えた。

 同じくして背に生まれた、白銀色の羽。

 荘厳かつ美しい鎧と羽がマイアの銀髪と協奏曲のように調和して、瞳の紅蓮を引き立てる。


 目の前に現れた白銀の〈アクマ〉に、カズキは意図せず目を奪われてしまった。


 そうして呆けるカズキに、マイアは目にも止まらぬ速さで殴り掛かる。

 間一髪、反射的にカズキは偃月刀えんげつとうの柄で攻撃を防いだ。

 重なりあう白銀の拳と偃月刀えんげつとう。〈テンシ〉と〈アクマ〉の視線が交錯する。


「貴様は心得違いをしている」

「な、なんのことですか!」


白銀の拳を偃月刀えんげつとうで弾くと、カズキは2歩後ろに飛び退いた。


「〈イロハネ〉は〈王〉を殺した〈テンシ〉が願いを叶えるためのゲーム。

 我々〈アクマ〉は所詮しょせん〈テンシ〉の欲望を実現するための駒に過ぎない。

 元は人間であった〈テンシ〉と、我ら〈アクマ〉が分かり合うことなど有り得ない」


抑揚のない声と表情で言うと、マイアは右腕を下ろし片隅のエーラを一瞥する。


「ナガセカズキ。貴様は今後、エーラをどうするつもりだ」

「ど、どうするって……」

「今はまだ他に〈テンシ〉も〈アクマ〉も居ない。だから友のように振る舞うことも出来る。お前の手の届く所に置いておける。

 だが今後〈テンシ〉も〈アクマ〉もその数を増していく。それらを相手に貴様はエーラを守れるのか? 貴様自身が死なない保証はあるのか?」

「……っ!」


カズキは歯痒い面持ちで唇を噛んだ。

 答えなど分かりきっている。けれど根拠に乏しい軽い言葉で、マイアを退かせるだけの自信がカズキには無かった。

 だからカズキは、何も言わなかった。

 反してマイアは尚も言葉を重ねる。


「人間とは己と異にする者をはいこばむもの。

 表面では平和や友愛を語りながら、本心では他人と異なる部分を探し、己と違う存在だと決めつけ争い虐げる。

 我々は〈アクマ〉だ。人間や〈テンシ〉が我々を殺す理由には充分すぎる」


「な……なんですかそれ! 俺は〈アクマ〉だからって差別しない! 片桐かたぎり先生だってエーラを受け入れてくれた! ここにいるエルだって!」


「だが人間全てがそうではない。それは人間であった貴様が最も理解しているはずだ」


すかさず言葉を返され、カズキはまた唇を結んだ。

 マイアの赤い眼が自分の心を見透かしているように思えて、反論の言葉すら喉の奥で塞き止められる。

 そうして黙するカズキを予想していたように、マイアは追い打ちのように言葉を重ねる。


「頼れる者も知る場所も無い。誰かに望まれたわけでも産まれ出でた訳でもなく、気付けばただ其処そこに居ただけの存在。

 もとをただせば生物ですらない只の機械。寄る辺のない不安は闇夜の大海を漂流するようなもの。

 いつ〈テンシ〉に殺されるかと怯えて暮らす日々。

 そんな私の想いなど、今まで何不自由なく生きてきた人間の貴様には分かるまい。

 この世界に自分だけが違う存在である恐怖、不安、奇異の目……だがそれもすぐに終わる」


吐露されるマイアの想いが、ことと変わりカズキの胸を鈍く貫く。胸に響く痛みが、口を開くこも許さない。


「いずれ〈アクマ〉の中から人間を支配しようとたくらむ者が現れるだろう。その気になれば貴様が以前に言っていた世界征服も可能だ。

 〈アクマ〉はAIVISアイヴィスの数だけ兵を増やせるのだからな。だがそのためにも、〈アクマ〉の存在を知る〈テンシ〉は障害となる」


マイアは手甲の指を真っ直ぐに伸ばした。まるで鋭利な刃物のようにギラリと光沢を放つ。


「近い将来、今度は貴様ら〈テンシ〉が我々〈アクマ〉に命を狙われ、怯えながら暮らすことになるだろう」


 ヒュッ……と冷たい風切り音を伴い、カズキの首元に白銀の指先が突き付けられた。


「せめてもの情けだ。私と同じ恐怖を味わう前に、私の手で殺してやる」

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