第036話 支配からの解放

 後ろ髪を引かれる思いは少なからずあった。


 もっと声を聴きたい。

 もっと話をしていたい。

 けれどいつまでも留まるわけにもいかない。


 またこの場所でエーラと語らう日が来ることを願いながら、カズキは小庭を後にした。

 保証や裏付けなど無い。それでも不安や疑念は無かった。少なくともカズキには。


 言葉を交わした以上に、エーラという〈アクマ〉の少女と繋がりを作れた。


 そんな気がした。


 そうして小道を進み玄関先まで戻ると、腕組みするマイア屋敷の壁にもたれかかっていた。


「帰るのか」

「はい。話が出来て良かったです。ありがとうございました」

「〈アクマ〉に礼など、おかしな〈テンシ〉だ」

「そうですか?」


楽しそうに笑うカズキに釣られたのか、マイアは「フフ」と静かに微笑み返した。


 「それにしても、〈アクマ〉が二人みたいな人で良かったです」

「どういう意味だ」

「世界征服とか、企んでなさそうだから」

「当然だ。我々には欲望が無いのだ。支配欲もな。なにより、こんな世界など支配したところで一体何の意味がある」

「はは……そういえば、俺をここに呼んだ理由って何だったんですか?」


何の気なしにカズキが尋ねると、マイアは「ふむ」と黙考する素振りを見せる。

 だがすぐにカズキへ目線を戻せば、白い掌を上に向けた。


「先にも話した通り、〈アクマ〉は空気中や水分に含まれる機粒菌きりゅうきんだけでエネルギーをまかなえる。だがそれは生存に必要な最低限のエネルギーに過ぎない。激しい運動や能力の使用によって過分にエネルギーの摂取が必要となる」


説明口調で言葉を並べれば、マイアは唐突に右腕を突き出した。

 カズキの眼前で握られた拳。その指先が徐々に変化して銀色の手甲が現れた。金属が腕から滲み出たという表現が相応しいか。


「この姿に成ると多量の機粒菌きりゅうきんを消費する。故にそれだけ余剰にエネルギーを得なければならない。お前達がAIVISアイヴィスと呼ぶ機械からな」


言うとマイアは指を2本立たせた。


「〈アクマ〉には二つの能力がある。ひとつは生きている機械から機粒菌きりゅうきんを摂取する能力だ。しかし、この能力を使えば機粒菌きりゅうきんを奪われた機械は異常を生じる」


言われてカズキは家具店で機療きりょうした蟹手の作業型ワークロイドのことを思い出した。

 あの時暴走していたAIVISアイヴィスは恐らくマイアが暴走させたのだろう。

 それが証拠に彼女は機療きりょうを終えたAIVISアイヴィスに近づいていた。


心の中で納得するカズキを他所に、反り立つマイアの指が一つ折り曲げられる。


「もう一つは死んだ機械に力を与え使役する能力。ここに来る途中、私が獅子に施した行為がそれだ。中には蘇らない機械もあるがな」


最後の指も折ると、マイアは腕に現れた銀色の鎧を逆再生のように消して、再び腕組みした。

 

「この能力を用いてAIVISアイヴィスを狩らせ、エーラに機粒菌きりゅうきんを喰わせようと与えている。だがあいつは一度も機粒菌きりゅうきんを喰らうことなく、捕まえたAIVISアイヴィスをそのまま逃がしていた」


「なるほど」とカズキは呟いて、先ほどエーラが倒れた時の光景を思い起こした。確かにマイアは『また喰わなかったのか』と言って憤慨していた。


「……あれ? ということはもしかして、俺をここに呼んだのは、ライナの機粒菌きりゅうきんを奪うのが目的だったんですか?」

「その通りだ。〈テンシ〉やそれが連れている機械であれば、エーラも罪悪感なく喰えると考えた」


何の引け目も感じさせず堂々と頷くマイアに、カズキは苦笑いを浮かべる他になかった。


「結果的に貴様を呼び寄せたことは正解だった。貴様らが機療きりょうと呼んでいる施術。あれの御蔭でエーラは助かった。それになにより、あれほど楽しそうにしているエーラは初めて見た」

「あれで?」

「少なくとも私は、あんな表情を見たことが無い」


眉ひとつ動かさないマイアに対して、怒りとも喜びともつかない複雑な感情がカズキの中に芽生えた。


と、その時。屋敷の外から白いライオンが走り現れた。ライオンはマイアの前でピタリと静止する。


「すまないが、これも治してはくれまいか。貴様の機療きりょうとやらで私の隷従れいじゅうから解放される」

「わ、分かりました」


一体どんな理屈で〈アクマ〉の支配から解き放たれるのか。

 不思議に思いながらもカズキはBRAIDブレイドを右手に装着し、ライオンの動物型アニマロイド機療きりょうを施した。

 するとライオンの眼から光が失われて、その場に力無く倒れてしまう。


「これでいいんですか?」

「ああ。後は私が処理しておこう」

「……マイアさん」

「なんだ」

「もう二度と、AIVISアイヴィスを操るのは、やめてもらえませんか?」


苦虫を嚙み潰したようにカズキはBRAIDブレイドを嵌めた右手を強く握りしめた。けれど……。


「分かった」


予想外の答えにカズキは「へっ?」と頓狂な声を漏らした。てっきり渋られ憤りを露にするものかと思っていた。


「代わりに、貴様がエーラを機療きりょうしに来い」


抑揚もなく言い放つと、マイアは動かなくなったライオンを抱えて一人屋敷の外へ向かった。


「あっ」


その白い後ろ姿を目の当たりにしたカズキは、ふと昼間の会話を思い出した。

 日室ひむろ遊介ゆうすけが言っていた『洋館に出る片桐誠かたぎりまことの幽霊』というのは、恐らく彼女のことだろう。

 白いドレスに身を包んだ姿は、なるほど遠目には幽霊と見間違えるかもしれない。


 誰にも言えない真実を笑いながら、カズキも足取り軽くスカイライナ―と共に屋敷を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る