第037話 アデリーペンギン

 「行ってきます」

『行ってらっしゃい坊っちゃま!」

「いってら」


満面の笑顔を作るエルグランディと、いかにも気怠けだるそうな泉美イズミに見送られて、カズキはスカイライナーと共に家を出た。


 徒歩10分の場所にある私鉄線の小さな駅。そこから電車リニアに揺られて繁華街の三都さんのみや駅へ出る。

 更に無人のモノレール線に乗り換えてLTS第三支部校の最寄駅で降り、長い歩道橋を渡れば学校はもう目の前。


 それがカズキの通学路。


 入学からおよそ3か月。ようやく慣れてきた道のりだが、今日はいつもと違って見える。

 普段より少し早く家を出ただけなのに、通学路やまるで世界が塗り換えられたよう。


 「長瀬ながせクン!」


歩道橋を歩いていたカズキは振り返った。見れば日室遊介ひむろゆうすけが小走りに手を振っている。


「おはよーさん」

「おはよ。同じ電車だったのか」

「そうみたいやね。ちゅーか長瀬クン、今日えらい早いなぁ」

「なんか最近目が覚めるのが早くて。お前は?」


カズキが問い返すと、日室遊介はニタァ~と喜色満面に表情筋を弛緩させた。


「なんだよ、その顔は」

「ムフフフフ。実はボクな、最近めっっっちゃ可愛い女の子と知りおーてん」


どこか得意気に語る日室遊介に対して、カズキはきょとんと目を丸めた。


「なんだよ。彼女いたのかお前」

「彼女やなんて、まだそんなんちゃうよ~。いやでも向こうも僕に気ぃあると思うねん。だって何も思うてへん男と夜通し遊んだりせぇへんやん? いや別にやらしいコトとか危ない遊びはしてへんで? 公園でだべってたりとか買いモン行ったりするくらいで」


よほど嬉しいのか日室遊介は頼まれていもいないことを饒舌じょうぜつに語った。


「つまり徹夜で女子と遊んで寝てないってことか」

「あははー、そゆことー」


嬉しそうに笑い飛ばす日室遊介に呆れながれも微笑ましく、カズキらは校門を潜った。


「親とか何も言わないの?」

「放任主義なんよ。それより長瀬クン、今日の数学の宿題やってきてる?」

「ああ、やってるけど」

「良かった~! 頼むわ、ちょっち宿題写させてーな! 昨日やる暇無かってん!」

「……じゃあジュース奢りな」


「おやおや。どうやら怪しい取引現場に出くわしてしまったようだね」


と、同時に二人の肩にポンと手が置かれた。驚き振り返れば笑顔の片桐かたぎりたゆねが後ろに立っている。


「か、片桐先生……」

「イケナイ子達だな~、宿題は自分でやるものだよ?」

「なはは……」

「長瀬君も、取引に応じるなんてダメじゃないか」

「……すみません」


決して怒気を孕ませず二人を注意すると、片桐たゆねはカズキらの頭を優しく指先で小突いた。


「まったく、日室君はまだBRAIDブレイドも出来てないんだから、呑気のんきに遊んでる場合じゃないでしょ」

「すんませーん。一応デザインとかは考えとるんですけどー」

「そう言っても単位のこともあるからね。あんまり遅いと進級できなくなっちゃうよ?」

「それは困りますわー」


あっけらかんと悪びれる素振りもなく、日室遊介は高く笑ってみせた。


「まったくもう……しょーがない、ホントはまだ機療きりょうの課題をやってない子に回そうかと思ったんだけど、日室君の進級のためにも、ちょっと手伝ってもらおうかな」

「え、今ですか?」

「もちろん。手伝ってくれたなら、さっきの取引は見逃してあげるけど?」

「やります!」


二つ返事で応じた日室遊介と共にカズキも南館3階にある片桐たゆねの部屋を訪れ、個室奥の作業部屋に入った。


「この中にいる子が今日の患者さん」


言いながら片桐たゆねは作業台に置かれている中型犬用の移動ゲージに手を置いた。


「デルタアイランドの中に【アニマロイド王国】っていう施設があるの知ってる?」

「あのAIVISアイヴィスの動物園ですか?」

「そうそう。そこの動物型アニマロイドが2機だけ動かなくなって、昨日ウチに持ち込まれたらしいんだ」

「なんや機療きりょうて結構多いんですね。『そないしょっちゅうあることやない』って、先生授業で言うてはりませんでした?」

「確かに機療士レイバーの仕事は主にAIVISアイヴィスの定期点検や注意喚起を促すことだね。

 だけどそうもいかないのが現実。人口の多い地域や犯罪発生率の高い地域は特にね」

「ここ、そんなに人は多くないスよ」

「市街は多いじゃない。それに人工島ここは倉庫や工場もあるから。だけど今年はいつもより多いね。おかげで私もコキ使われっぱなしさ」


苦笑いしながら言うと、片桐たゆねはゲージの中から2匹のペンギンを取り出した。白と黒のモノクロ調が美しい、本物のアデリーペンギンそっくりに作られた動物型アニマロイドだ。


 一体は錆び付いたようにギコちなく手足を動かしているが、もう一体はまるで剥製みたくピクリとも動かない。


「右側の子は昨日の夜に突然動かなくなったらしい。たぶん一般的な欠乏症だね。左側はその逆。機粒菌きりゅうきんを過剰に取り込んだんだろう」

「過剰っちゅーと、沢山とか余分にいうことですか?」

「うん。人間だって食べすぎたらお腹が痛くなるし太るでしょ。ビタミンとかも取りすぎると死んじゃうし。何でも摂りすぎは良くないってことだね。

 それじゃあ長瀬君。まずは欠乏症の子を機療きりょうしてみようか」

「俺ですか?」

「日室君まだBRAIDブレイドを持ってないし」

「分かりました」


カズキはバッグから蒼い手甲型のBRAIDブレイドを取り出して右腕に装着した。

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