第038話 過剰症《かじょうしょう》

 スポーツバッグから蒼いBRAIDブレイドを取り出し右腕に嵌め、手甲の外装をスライドさせた。


 蒼い掌からほのかに輝く機粒菌きりゅうきん


 まるで剥製はくせいのように動かないペンギンに、カズキは右手をあてがう。


 バシュン、と外装が勢いよくスライドして青白の機粒菌きりゅうきんが放たれた。

 

 機粒菌きりゅうきんは静かにペンギンの体へ浸透していく。

 同時、カズキの手甲型BRAIDブレイドの手首光る4本の線が一つだけ消えた。


「うん、OK。その手首の所にあるメモリが改良点だね」

「はい。機療きりょうの残弾数を表示してます」

「ふむふむ。なるほど4回分か。長瀬ながせ君の特異性とくいせいを考えれば妥当だね。放出量も申し分ない」

「ありがとうございます。言っても、ほとんど日室ひむろに手伝ってもらったんですけど」

「そうなんだ。やるじゃないか日室君」


片桐かたぎりたゆねの称賛に日室遊介ひむろゆうすけは親指を立て、白い歯を剥き出しに笑った。


 「それじゃあ、次はこっちね」


カズキは作業台の上に転がる、片割れのペンギンを見た。先程のとは打って変わって、油が切れたようにギクシャクと手足を動かしている。


「こっちの子は過剰症かじょうしょうだね。特徴としては機体内に取り込みすぎた機粒菌きりゅうきんが結晶化してしまうことにある。たとえば……ほらここ」


人工羽毛を掻き分け片桐たゆねはペンギンを差し向けた。すると白いブラウスの隙間から、形のよい胸の谷間と黒い下着が覗き見えて、カズキは慌てて視線を逸らした。


「ここに緑っぽい石みたいのが見えるでしょ。これがその結晶体だよ」


細い指先が示したのは人工皮膚にこびり付いた小さな石。キラキラと光を反射して、まるで瑪瑙めのうの欠片を思わせる。


「この結晶体がAIVISアイヴィスの人工筋線維や神経信号を阻害そがいして動作に異常を起こすんだ。人間で言えば血栓や腫瘍みたいなものかな。これと同じ物が全身に沢山できてるんだ」

「どうやって治すんですか?」

「この結晶体を溶かすのさ。方法は幾つかあるけど一番手っ取り早いのは大量の機粒菌きりゅうきんを注入することだね。結晶を洗い流すイメージだよ」

「大量の機粒菌きりゅうきん……」


呟きながらカズキは再び蒼い手甲の外装をスライドさせて、右手甲の平をペンギンにあてがった。

 輝く機粒菌きりゅうきんが放たれ白黒のボディに吸収される。手首のメモリが更に一つ消えた。機粒菌きりゅうきんが放出された証だ。

 にも関わらず、ペンギンの動きは相も変わらず錆びついたよう。


「なんも変わらへんで?」

「そうだね。過剰症かじょうしょう機療きりょうには言葉通りに大量の機粒菌きりゅうきんが必要なんだ。学校規定の放出量では全然足りないんだよ」

「ほな、どないすればエエんです?」

「普通は何回かに分けて機粒菌きりゅうきんを注入するんだ。でもセンパイ……じゃなくて学年主任みたいに特異性とくいせい箆棒べらぼうに高い人なら一度の機療きりょうで済む」

「大量の機粒菌きりゅうきん……」


蒼い右手を見つめたまま押し黙るカズキに、片桐たゆねがパンパンと手を叩いて促した。


「さ、今日はこれくらいにして続きはまた授業や課題の時にやってみようか」

「はーい」

「はい……」

「ああ、それからこれも単位に含めるからね。二人ともレポートを書いて提出しといてね」

「わかりましたー」


明るく笑って手を振る片桐たゆねは見送れて、二人は個室を後にした。カズキは右腕にBRAIDブレイドを着けたままだ。

 けれど階段を降りる一歩手前で、カズキとスカイライナーは突然と立ち止まった。


「悪い日室。先に教室行っててくれ」

「ええけど、どないしたん?」

「ちょっと野暮用」


バッグをまさぐり一冊の大学ノートを取り出すと、カズキはそれを日室遊介に放り渡した。


「これ、約束の宿題な」

「おお~! ありがとう!」


嬉しそうに手を振って日室遊介はひとり階段を下りていく。

 カズキはスカイライナーと共に片桐たゆねの部屋へ戻った。


「どうしたの長瀬君。忘れ物かな?」

「ちょっと、見てもらえますか」


険しい表情のまま、カズキはスカイライナーの額に蒼い手甲を触れ合わせた。


「スカイライナー」


祈りを込めて名を呼んだ次の瞬間。橙色の光がカズキ達を包み込んだ。

 眩い光から発せられる斥力のようなエネルギー。それを目の当たりにした片桐たゆねは驚きの色を隠せないでいた。


「な、なんだ……?」


きめ細かい肌に汗が浮かぶ。

 収縮した光の中から現れたのは、橙色の羽を背に負い蒼の鎧を纏うカズキの姿。


 輝煌きこうの羽を宿した〈テンシ〉の降臨に、普段から冷静な片桐たゆねも言葉を失った。


 輝く機粒菌を鱗粉のように振り撒いて、カズキは作業部屋にいるペンギンの前に立った。

 錆びついたように動くモノクロの動物型アニマロイドへ手甲を伸ばし、橙色の機粒菌きりゅうきんを放つ。


 すると直後、ペンギンの人工皮膚に付着していた石のような結晶体が昇華し美しい粒子と変わった。


「……ふぅっ」


息を吐いて緊張を解いたカズキの身体は再び光に包まれて、元の姿へと還された。

 スカイライナーも同じく蒼い動物型アニマロイドの姿に戻りカズキの隣に立つ。すると、その時。


――ガチャン。


乾いた金属音が外の扉から響いた。かと思えば片桐たゆねが入り口を背にドアを施錠ロックしていた。


「長瀬君……キミは一体、何者だ?」


普段の飄々ひょうひょうとした振舞いからは想像も出来ない、鬼気迫る様相の片桐たゆね。


 緊張が、カズキの喉をゴクリと鳴らした。

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