第039話 善と悪

 ――人間に寄生し増殖した機粒菌きりゅうきんには、発光細菌と同様の現象が確認されている。


 とりわけ特異性の高い機療士レイバーにはそれが顕著であり発光の度合いも大きい。


 その光は蛍などのそれと同様、ルシフェリン発光物質ルシフェラーゼ酵素を利用した回路であることが解明されている。


 機核療法士レイバー機療きりょうを行う際BRAIDブレイドに青白い光が見られるのは、この現象が起因している。


(だが……こんな光量は聞いたことが無い! 灯下とうかでも視認できるの程の眩しさ! それにあの炎のようなの色は……!)


玉のような汗を浮かべる片桐かたぎりたゆねは、驚嘆の様相で言葉も発せずカズキを見つめていた。


 だがそれも無理のないこと。


 現在確認されている機粒菌きりゅうきんの発光スペクトルは450nm~500nm。すなわち青や緑といった色に限られる。


 しかしカズキの背から放出されている橙色は、明らかにその域値を逸しているのだから。



 ◇◇◇



 「長瀬君……キミは一体、何者だ?」


施錠ロックを仕掛けたドアを背に、片桐たゆねは神妙な面持ちでカズキと向かい合った。


「今さっきキミはスカイライナーを鎧のように身体に装着していた。それも一瞬のうちにだ」


普段とは明らかに違う片桐たゆねの様子に、カズキも複雑な面持ちで閉口した。

 追い討ちをかけるように、片桐たゆねは尚も険しくカズキを見据える。


「あんな技術は確立されていない。あんな色や光の機粒菌きりゅうきんもだ。記録にも文献にさえ私は見たことが無い。なにより、あれほど大量の菌を一度に放出して君の体に何の異常も無いのはおかしい」


理路整然と詰める片桐たゆねに、カズキは真っ直ぐと彼女の眼を見つめ返した。


「……信じて貰えるか分かんないですけど」


心のどこかでは問いただされるを期待していたのかもしれない。

 片桐たゆねは大きく頷いて応えると、ドアから離れパイプ椅子を取り出しカズキを座らせた。



 ◇◇◇



 カズキはこれまでのことを打ち明けた。


 夢や意識の世界。そこで出くわす浅黒い肌の女。説明された〈イロハネ〉のルールと概略。


〈王〉を殺した者が願う通りの世界を創れること。

〈アクマ〉の中から〈王〉が生まれること。自分が〈テンシ〉となったこと。


 全世界で認められている機粒菌きりゅうきんも、元は〈イロハネ〉に由来していること。


 赤鎧と遭遇した日に初めてスカイライナーと融合したこと。高熱が出て死ぬ思いをしたこと。


 だが唯一、エーラとマイア……〈アクマ〉のことだけは話さなかった。


 「なるほどね……」


突拍子も無い夢想的ファンタジックな話にも、片桐たゆねは始終真剣にカズキの話を聞き入っていた。


「まさかキミの身にそんな出来事が降りかかっていたとはね」

「信じてくれるんですか?」

「嘘を吐いているようには見えないからね。なにより、あの羽と姿を目の当たりにしては信じざるを得ないよ」

「ありがとう……ございます」


「ほっ」と安堵の吐息が漏れると共に、硬いカズキの頬が緩んで笑みが浮かんだ。


「俺が言うのもなんですけど、こんな妄想みたいな話をよく信じてくれましたね」

「……実を言うとね長瀬君。私の祖父も昔キミと同じようなことを言っていたんだ。ああ、長瀬君は私の祖父が誰か知ってるかな?」

片桐かたぎりまこと博士ですよね。機粒菌きりゅうきんを発見した」


数分振りに優しい笑みを作って、片桐たゆねはコクリと小さく頷いてみせた。


「祖父は幼い頃から私にいつも語り聞かせてくれたんだ。『自分の発見したものは全て神様から頂いたもの。自分はとても運が良かった。でもその代わりに神様と約束したんだ』とね」


片桐かたぎり博士が、ですか?」


「うん。だけど今の今まで私はその言葉を精神的な教えだと思っていたよ。神の存在や精神論を語る科学者は多いからね。実際、機粒菌きりゅうきんの発光現象を『気』や『オーラ』と表現する識者しきしゃも居るくらいだ」


片桐たゆねは机にもたれ掛かるよう腰を乗せ、改めて観察するようカズキを見つめた。


「それにしても〈イロハネ〉か。〈アクマ〉から生まれる〈王〉を殺せば、どんな世界も思い通りに創れる……実に単純明快だ。だからこそ〈イロハネ〉は神話の時代からあり、我々の意識や知識の根底に強く根付いているのかもしれないね」


「夢の中でもそんな感じのこと言ってましたけど、俺はどうもピンとこなくて」


「そうかな? 考えてもごらんよ。〈天使〉や〈悪魔〉なんて子供でも分かる単語だ。もしこの言葉が〈イロハネ〉を発祥としているなら、〈イロハネ〉は有史以前から行われてきた祭事かもしれない。

 常識とも言うべき万人の共通認識が正しければ〈テンシ〉は善で〈アクマ〉は悪だ。なら君は選ばれし[正義の味方]ということになる」


片桐たゆねはピッと長い指でカズキを差した。

 一瞬呆気にとられるも、カズキはすぐ自嘲気味に首を振って返す。


「俺はそんな立派な人間じゃないですよ。なんの取り柄もないし、頭も顔も良くない。全部が中途半端なクソガキです」

「そこまで謙遜しなくてもいいだろう。少なくともキミはとてつもない強運の持ち主なんだ。それだけでも十分に特別さ」


微笑みながらそう言うと、片桐たゆねは不意にカズキの前に立てばピンと指先で額を小突いた。


「ちょ、ちょっと……!」


頬を赤らめあからさまに戸惑うカズキの反応が面白いのか、片桐たゆねはまた「フフフ」とつやのある笑みを浮かべた。


「ところで長瀬君。もうすぐHRの時間だよ?」

「あ、やべ! すみません、俺もう行きます! ありがとうございました!」

「はい、また後でね」


笑顔で手を振る片桐たゆねに会釈して、カズキとスカイライナーは足早にHR教室へ向かった。


「フフ……ハハハハハッ!!」


個室に一人残った片桐たゆねは手で顔を覆いながら高らかに哄笑こうしょうを発した。


「面白い……!!」


そう発した彼女の瞳は、まるで新しい玩具を手に入れた子供のように純粋に輝いていた。

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