第052話 拉致

 「長瀬ながせクン、今日もオニギリだけかいな」


昼休み、食堂でうどんをすす日室ひむろ遊介ゆうすけが不思議そうに尋ねた。


「……みたいだな」


答えながらオニギリを一つ齧り、カズキは大きな窓を見た。薄暗い空から降り落ちた雨が、雫となって窓に張り付いている。

 今朝から止むこともないこの地雨のせいで、屋上が使えず彼らは食堂にやってきた。

 普段からコンビニ飯や購買食の日室遊介は温かい食事に上機嫌だ。御堂みどうツルギは変わらず持参した重箱弁当。


「それにしても今週ずっとオニギリやん。なんかあったんかいな」

「別に何も。つーか、なんかって何だよ」

「エルさんと喧嘩したとか?」


色の良いローストビーフを食べながら御堂ツルギが言い加えた。カズキは少しだけ考える。


「別にケンカなんてしてねーけど、確かにアイツ最近変なんだよな。晩飯のオカズも冷食とか出来合いの総菜とかで」

「ほな、やっぱりエルちゃん怒らせるようなことでもしたんとちゃう?」

「アイツいつも怒ってるけど」

「なに、きっとすぐ元通りになるよ。はい」


微笑む御堂ツルギは弁当のフタに煮物や肉などを乗せて、カズキに差し出した。


「お、あんがと」

「ええなー、長瀬クン」

「はいはい、日室にも」

「やった~! さっすが御堂クン!」


今度は弁当から卵焼きと煮物を切り分けると、日室遊介のうどんにも乗せてやった。


 そうして早々に食事を終え、カズキらは生徒でごった返す食堂を後にした。

 食堂と北館を繋ぐ渡り廊下から、灰色の雲と波高い海が見える。


 「二人とも、今日の午後は何をするの?」

「なにも決まってない」

「こないな雨やと課題行く気もせぇへんし」

「ほほう、それなら私のお手伝いでもどうかな?」


気配も無く背後から響いた声に、カズキらはギョッとして振り返った。


「やぁ! みんな大好き・たゆねさんだよ!」


右手に作ったピースサインを目元へ宛てがい、片桐かてぎりたゆねはポーズを決めウインクまでしてみせる。

 そんな教師がふざける様にカズキは苦々しい笑みを浮かべて、日室遊介は鼻の下を伸ばした。

 そんな2人を諭すように御堂ツルギが「ごほん」と咳払いする。


「それで、僕たちは何をすれば?」

「そうそう。午後のトレーニングに使う体育館の準備を手伝ってほしいんだよ。ほら、こんなか弱い女教師一人じゃね? 若くて頼りになる男の子が欲しいな~、なんてね」

「はいはーい! ボクやります!」

「さすがは日室君! 男前は違うね!」

「片桐先生みたいなベッピンさんにお願い事されたら、よう断れませんわぁ~」

「お世辞もうまいときた。参ったねこりゃ」


高らかな二人の笑い声が、いつもより暗い廊下に響いた。

 

 「それじゃあ体育館で待ってるね」と、手を振る片桐たゆねは早足に去った。

 足取り軽やかな日室遊介を先頭に、カズキも北館1階のロッカールームへ向かい体育用のジャージに着替えた。


「それにしても、日室が自分から雑用引き受けるなんて珍しいね」

「なに言うてんねん御堂クン。片桐先生が準備しはるゆーことは今日の担当も片桐先生がやろ? ほなラクできるやん。あの先生、放任主義やし」

「指導や監督するのが面倒くさいだけだろ」

「まぁ、日室がトレーニングに乗り気なのは良いことだよ。片桐先生の手伝いが無かったら僕が誘おうと思ってたから」

「……御堂クンて見かけによらず、結構スパルタなんよね」


ニコリと惚れ惚れするような笑顔を見せる御堂ツルギに反して、日室遊助はげんなりした様子で乾いた笑みを浮かべた。


 そうして着替えを終えた三人は体育館へと向かった。入口近くでは片桐たゆねが退屈そうに欠伸をかましている。


「やあ、待ってたよ。悪いね、まだ昼休みなのに」

「いえいえ。全然です! 片桐先生に指導してもらえるやなんてラッキーやわぁ!」

「ん? 今日の担当は私じゃないよ」

「え、でもさっき準備あるて……」

「ああ、センパイに言われたんだよ。自分が用事あるからって準備を私に押し付けるんだから、本当に鬼だよね。あれで学年主任だって言うんだから……パワハラも甚だしい」


片桐たゆねはワザとらしく肩をすくめた。


 「マジかよ……」と、カズキはあからさまに肩を落とした。

 その時、隣にいた日室遊介がすかさず踵を返し猛スピードで走り去った。


「おいこら日室! なに一人で逃げ――」

「これ以上は減らさないよ」


同じように遁走を試みたが、強引に肩を掴まれ阻まれた。

 とても女性とは思えない握力と腕力。腹を括ったカズキは首根っこを抑えられる。


「アイツ、足速いんだな……」

「あれが授業や課題にも活かせればいいのにね」


そうして二人は高笑いする片桐たゆねと共に体育館へと向かった。

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