第018話 赤い鎧

 「あ、あのひと……」


白銀色の女は交差点に立ち尽くして、どこか遠くを見つめている。少なくともその視線はカズキに向けていない。


 どころか交差点の反対側に居るカズキなど意にも介さず、悠然とその場から立ち去った。

 彼女の姿はすぐに見えなくなった。けれどそれでも、カズキはその軌跡をじっと見つめ続けた。


 美しさに見惚れていたからではない。直感的な、言葉に表せない何かがカズキの胸に浮かんだ。


 気付けばカズキは、女の後を追っていた。


「どこ行ったんだ……」

『グル』


キョロキョロと辺り見回すカズキをスカイライナーが呼んだ。

 蒼い鼻先の向こうにカズキも視線をれば、そこには一体のAIVISアイヴィスが居た。


 赤い鎧だった。


 まるで西洋の鎧が紅蓮の炎に包まれているかのような風体。

 2メートルはありそうな赤い人間型ヒューマノイドが、図体に似合わない速さで脇目も降らず疾走している。


 辺りに所有者らしい人物は見られない。

 赤い鎧の人間型ヒューマノイドは、少し先にある高架道路の影に入り視界から消えた。


 今どきAIVISアイヴィスが単独で行動する姿など珍しくもない。エルグランディアにしても普段から自由に歩き回っている。


 けれど何か気になった。喉の奥に小骨が刺さったような感覚。

 銀髪の女も気になるが、あの赤い鎧の人間型ヒューマノイドからはそれ以上の「なにか」が感じられた。

 肩掛けのスポーツバッグから手甲型のBRAIDブレイドを取り出し、カズキは自身の右腕に装着した。


 『世のため人のため、AIVISアイヴィスのため』


不意に、片桐かたぎりたゆねに言われた言葉が思い出された。その他愛ない台詞に、カズキは背中を押されたのかもしれない。


「……行くぞ、ライナ」

『グル』


スカイライナーと共にカズキは走り出した。


 デルタアイランドと本土を結ぶ唯一の吊り橋。そこに繋がる大きな高架路の入り口は島に走る全ての道に通じている。

 その大きな高架路の下に広がる薄暗く不気味な空き地へ、赤い鎧を追ったカズキ達も踏み入った。


 島のライフラインとも呼べる華やかな高架橋とは打って、この空間は陰鬱として闇を表しているかのよう。

 潮と車の走行音が不協和音を奏で、風に吹かれたゴミが集まり、放棄された自動車や機械には赤錆が浮いている。


「汚ねーな。掃除くらいすれば良いのに」


怪訝な顔でカズキは足元の空き缶を足の爪先で小突いた、その瞬間。

 放棄された自動車の影から、何かが勢いよく飛び出してきた。


「なっ……!」


驚き身構えるカズキの前に姿を現したのは、白銀の女だった。


 絹糸のような長い銀髪に、ワインレッドの赤い瞳。澄んだ表情。スカートに刻まれたスリットから覗く艶めかしい足と形の良い胸元。


 突然と現れた驚きもさることながら、その芸術的な容姿にカズキは改めて視線と言葉を奪われた。


「お前」


透き通るような女の声と赤い瞳が、凝視するカズキを射抜いた。


「ここから離れろ。今すぐに」

「あ……え……?」


女の放った言葉の意味が呑み込めずカズキはあからさまに戸惑った。

 視線が、高架奥の暗がりへ向けられる。


 すると、その時。暗がりの奥からゆっくりと何かが現れた。ガチャン、ガチャン、と鉄を擦るような足音と共に。


「赤い……鎧」


薄明りの元に現れた姿を、カズキはそのまま言葉に変えた。


 全身を覆う装甲に太い腕。逞しい両足。巨躯でありながら美しい流線的なフォルム。金属の面に覆われた顔に切れ長の眼光は鋭く。


 先ほど全力疾走していた人間型ヒューマノイドに間違いない。


「……ん?」


よく見れば赤い手が何かを引き摺っている。動物型アニマロイドAIVISアイヴィスだろうか。


 しかしそれはボロボロに破壊され、もとは4本あったであろう脚の一つが欠けて頭部も原形を留めていない。

 外装は所々に砕け、赤い鎧が歩く度に破片を落としている。


 もはや何をモチーフにしているのかも分からない動物型アニマロイドの姿に、カズキは苦々しく顔をしかめた。


「あれに関わるな。今見たことは忘れろ」


赤い鎧を見つめていた女が呟くように言った。

 その言葉が何を意味しているのか。理解できないカズキは白銀の女と赤い鎧を交互に見やった。


「忠告はした」


淡白に言い放つや女は踵を返し、ヒラリと超人的な身のこなしで跳び去った。

 一足飛びでゆうに5メートルの跳躍。まるで強化スーツHARBEハーブでも着ているかのような動きだ。


「な、なんなんだ……あの人」


 ――ガシャンッ!


女の飛び去った方を見上げていると、赤い鎧が壊れた動物型アニマロイドを無造作に放り捨てた。

 かと思えば跳び去る女の背中を見上げて、その赤く太い脚を踏み出した。


「……ッ!」


ドクン、と胸の中で何かが弾けるように脈打つ。


 気付けばカズキは赤い鎧の前に立っていた。


 その行く手を、阻むかのように。

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