第081話 マイアとツルギ

 ――ねえ、マイア。


「なんだ、ツルギ」


君と出会った時から、僕はずっと考えてたことがあるんだ。


「なにを?」


この世界のことを。それにイロハネのこと。


「世界?」


ああ。僕はこの世界を守りたい。

 〈アクマ〉の誰が〈王〉なのか分からないけど、悪人が願いを叶えるのは絶対にダメだ。


「ならば悪人でなければ良いのか」


そうだね……だけどその人が悪人じゃなくたって、望む世界も悪じゃないとは限らない。


「どういうことだ」


例えば自分の家族や大事な人が悪人に捉われ脅されているとする。いわゆる人質だ。

 たとえ〈王〉を斃した〈テンシ〉が善人だとしても、脅迫されて悪人の願いを叶えるかもしれない。


「なるほど……確かにそうだな」


そういえば、君にも妹が居るんだよね。


「私が勝手にそう言っているだけだ。血の繋がりなどない。エーラは私にそのような感情など持っていないだろう」


そんなことはないと思うよ。


「どうかな……なあ、ツルギ」


なんだい?


「もしも私が人質となれば、お前は悪人の願いを叶えるか?」


それは……。


「フフ、すまない。意地の悪い質問だったな。だがそれでいい。それがお前だ。真っ直ぐに世界を愛せるお前だから、私はお前を選んだ」


あ、ありがとう。


「だからツルギ、私はお前に殺してほしい」


マイア!


「わかっている。しかし誰が〈王〉か分からない現段階は、裏を返せば〈アクマ〉の誰もが〈王〉となる可能性を秘めている

 もしかすれば私やお前の知らない場所で、今この瞬間にも〈王〉が生まれているかもしれない。気付かぬ内に私が〈王〉となっているもしれない。

 その可能性を根絶するには、全ての〈アクマ〉と〈テンシ〉を全て殺す他に無い。そうだろう?」


……。


「だから私を殺せ。そしてお前はお前の願う世界を創れ、ツルギ」


だけどマイア、僕は君のことを……。


「ありがとうツルギ。私もだ」


……妹さんのことはどうする。せっかく長瀬が友達になったんだろう。

 長瀬はいい奴だ。優しくて思いやりがある。長瀬ならきっとエーラさんを守ってくれるよ。


「そうか……だが、もとよりこの世界で〈アクマ〉が生きるなど出来るはずもない。

 我々はAIVISアイヴィスのエネルギーを喰らい、力を与え人間に害を成す。お前も気付いているはずだ。〈アクマ〉がその気になれば機械を操り人間を虐殺することも容易い」


そんな……少なくとも君は違う! 君はそんなことをする人じゃない! 


「だが〈アクマ〉は人間と違う。それは紛れもない事実だ。何も知らず何一つ持たない我々が、どうやってこの世界に生きられる?」


それは……そうだ! 僕の家に来ればいい! 君も妹も僕の家に住めばいいよ! 長瀬にも僕から事情を話す!


「ありがとうツルギ。だがそれは無理だ。エーラはまだ人間の中で生きていくことはできない。どのみち死ぬ運命であれば、私はお前の願う世界ために、この命を使いたい」


……わかったよマイア。約束する。僕は僕の望む世界を実現する。この今在る世界が変わることのないように。


「それは?」


 指切りだよ。本当に大切な約束をする時、人間はこうするんだ。嘘をついたら針を千本飲むんだよ?


「ふふっ、それは怖いな……」



 ◇◇◇



 ――マイア、君は嘘をついた。

僕には分かる。


 本当は妹さんに生きてほしいんだろう。長瀬と幸せになってほしいんだろう。


 だけど今の言葉も本心だ。二つの思いが君の中でせめぎ合ってる。


 その心を知りながら、僕は君の死を受け入れる。

 君の言ったとおりだ。この世界を守るにはそれ以上に最善の方法は考えられない。


 僕は全ての〈テンシ〉と〈アクマ〉を殺す。


 このゲームを……〈イロハネ〉を僕の手で終わらせるために。


 たとえそれが君の真意でなくとも僕は僕の責任を果たす。

 僕の望む最善の世界を創る。


 だけどこれは僕の願いじゃない。

 愛した人を殺す罪。


 そのあがないだ。

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