第082話 15歳

 「――ん……」


 目を開ければ眩い光が視界を覆った。

 意識と視界はまだボヤけている。

 清潔感のあるカーテンが周りを囲み、アルコールと薬品の香りが鼻を突く。

 掛け布団がひやりと冷たく心地よい。


 寝惚ねぼまなこでカズキは自分の両手を見た。肌色をした人間の手指だ。

 服は白い制服ではなく病衣のような装い。無論、鎧は纏っていない。


(ここ……保健室か?)


『グル』


まだ薄らぼやける意識でもって、カズキは足元に目をやった。スカイライナーがベッドの上に顎を乗せて見つめている。


「よお、ライナ……」


蒼い光沢の頭を優しく撫でると、スカイライナーは長い尾を振ってベッドの上に前足を乗せた。

 長い首や冷たい背中を撫でてやると、スカイライナーは甘えるように鼻先を顔に寄せてくる。

 硬いボディに手指を這わせている内、ようやくと意識が明瞭化してカズキは飛ぶように起きた。


「エーラ!?」


叫びながら周りを見回した。すると直後、カーテンが揺れて赤い瞳が隙間から覗く。


「お呼びですか」

「エーラ……よかった」


ほっと胸を撫で下ろすカズキに黙礼すると、エーラは傍の椅子に腰かけた。見れば学校指定のジャージを着ている。


「……エルは?」

御遣おつかいに出ています」


おもむろにペットボトルの水が差し出されて、よく冷えたそれを受け取り、カズキは喉を潤した。


「貴方が倒れて間もなく私はこの姿に戻りました。意識の無い貴方を、エルグランディアとこちらまで運んだのです」

「そうか……ありがとう」


言うとカズキはまた一口だけ水を飲んだ。

 スカイライナーが頬に蒼い鼻を寄せて愛撫を催促する。カズキの手が蒼い頭を優しく撫でた。


「これからどうするんだ」

「どうする、とは」

「あの屋敷に戻るのか」

「分かりません。ですがしばらくお嬢様の家で世話になるつもりです」

「そうか。なら安心だな」


ペットボトルを傍の机に置くと、そこに鞄と手甲型の蒼いBRAIDブレイドも一緒にあった。


「そういえば、機療きりょうは」

「今は必要ありません。貴方と一つになったことで私も……」

「そうか」

「そういえば、お姉様がお見えになられています」

泉美いずみぇが?」

「はい。今はたゆねお嬢様の個室でお待ちになられています」

「エルが連絡してくれたのか?」


と、その時。ドアの開くと音が聞こえてカーテンが静かに揺れた。


「連絡は私が入れたよ」


その声に導かれるよう視線を向けると、片桐かたぎりたゆねが笑顔で立っている。


「おはよう長瀬ながせ君。気分はどうだい」

「まだちょっとダルいです」

「それなら良かった。生きてる証拠だ」


優しく微笑み、片桐たゆねは黒いバインダーや機械をベッドの上に並べていく。


「エーラ、君は泉美を呼んできてくれ。たぶん近くの談話スペースじゃないかな。今は煙草を切らしているみたいだから、きっと珈琲でも飲んでるよ」


「畏まりました、お嬢様」


うやうやしく頭を下げ、エーラは保健室を後にした。

 エーラが座っていた椅子に腰かけ、片桐たゆねは輪っか型の器具を手に取った。


「全部あの子達から聞いたよ。大変だったね。まさか御堂みどう君まで〈テンシ〉だったとは驚いた。そんな素振りを露ほども見せていなかったから」


「……そうですね」


「……ともかく、皆無事でなによりだ」


屈託のない、けれどどこかいびつな笑みを浮かべて、片桐たゆねはカズキの右腕に輪っか型の器具を取り付けた。

 数秒の間を置いて、表示された数値をバインダーの用紙に書き込む。

 更に指先から血を1滴だけ採ると、同じ機械の上に乗せて再び数値を記録する。


「……うん、特に問題は無いようだね」


記録した数値を手元のデータと見比べ、再び用紙に書き込んだ。


「私は看護師じゃないけど、病院で精密検査をされるのは君も望む所ではないよね」


「……はい。ありがとうございます」


誤魔化したような言葉。だが真意はカズキも理解していた。〈王〉となった自分の体にどんな異常があるか分からない。


「ところで、少しだけ時間を貰えるかな?」

「え……あ、はい」

「ありがとう。それじゃあ早速だけど……長瀬君。君が起こした事件について聞かせてほしい」


「……っ!!」


言いながら片桐たゆねはバインダーのページを一枚捲った。その表情は笑顔ながら、目だけは笑っていない。


 瞳孔開いて驚くカズキは押し黙った。片桐たゆねはバインダーの用紙に何かを書き込んでいる。


「安心してよ。別に学校へ報告するわけじゃない。検査のついでに見た経歴で、私が個人的に気になっただけだから。

 ただ内容を改めるから、間違いがあれば教えてほしいんだ。いいかな?」


「……はい」


どこか深みを覚える片桐たゆねの声に、カズキは俯いたまま頷いて応えた。

 片桐たゆねは手元のバインダーに視線を落とす。


 「――長瀬ながせ一騎かずき。15歳、A型。

 父親は市内の病院で消化器内科医師として務めている。賢明な医師で患者からの評判も悪くない。

 母親はキミが幼少の頃に他界。

 5歳上の兄は私立の医療専科学校を卒業後、同系列の医療大学に進学している。

 この系列校は君の通っていた中学校であり、今年の4月から通うはずの高校でもあった」


神妙な面持ちで、カズキは審問でも受けているかのように一つ所を見つめている。


 片桐たゆねは一息ついて次の資料をる。


 眉間に皺を寄せるカズキは責め苦に耐えるよう、布団を固く握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る