第029話 死んだAIVISは治せない

 『ふうっ! 終わりましたね!』


仕上げに床を磨いていたエルグランディアが、汗もかいていないのに額を拭った。

 学校から渡されたゴミ袋には、はち切れんばかりの塵芥ゴミが詰め込まれている。


「ご苦労さん」


ねぎらいの言葉をかけると、エルグランディアは嬉しそうに桃色髪の頭を差し出した。

 顔を顰めながら手袋を外してエルグランディアの頭を撫でてやると、『えへへ』と照れ臭そうな笑顔が溢れた。


 最後にデータカードへ清掃後の倉庫を撮影・記録した。依頼を完了したという証拠だ。


 スカイライナーの首に巻いていた制服を羽織り、鍵の無い扉を閉じると、ゴミ袋と段ボール箱を抱え一同は帰路についた。


『坊ちゃま、学校はどうですか』


道中、ゴミ袋を提げるエルグランディアが唐突に切り出した。


「なんだよ。別に普通だよ」

『そうですか? でも坊ちゃま、LTSに入学してからはイキイキしてますよ』

「そんなことねーよ。前と変わらんわ」


つっけんどんなカズキの顔を、隣を歩くエルグランディアが嬉しそうに顔を覗き込んだ。


泉美イズミさんの言った通りでしたね。坊ちゃまは機核療法士レイバーに向いてるんですよ。たまにはお家でも課題の話とかしてあげたら、泉美さん喜びますよ』

「でも掃除とか雑用してるだけだろ」

『それでも坊ちゃまが元気で頑張ってる様子を聞きたいんですよ』

「あの泉美イズミぇが?」

『そうですよ。泉美さんはエルみたいに学校に通えるわけじゃないですし、それに坊ちゃまがお店に来てくれた次の日は、いつもよりちょっとだけ早起きなんですよ?』


笑顔に溢れるエルグランディアに反して、カズキの表情は徐々に暗くなる。


『あれ、どうかしました坊ちゃま』

「なあエル。………泉美姉ぇに連絡してくれたのって、お前なんだよな?」


神妙な面持ちで尋ねるカズキに対し、エルグランディアは一瞬言葉に詰まった様子で、あからさまに目線を右に左に泳がせた。


『な、なんのことだかエルにはさっぱりです~。あ、そうだ! エルこれから晩御飯の支度しなきゃでした! これ学課部に返しておいてください!』

「あ、おい!」


ゴミ袋をカズキに押し付け、エルグランディアは逃げるように駅へと走った。

意外にも足の早いエルグランディアを見送りながら、カズキは溜息をひとつ吐いて再び歩き出そうとした。けれど、スカイライナーが明後日の方向を注視したまま動かない。


「どうした、ライナ」


スカイライナーの無機質な視線。その先には昼休みに話題となった洋館。岸に建つレンガ造りの屋敷は周囲を空き地に囲まれている。確かに幽霊でも住み着いていそうな雰囲気だ。


『グル』


スカイライナーは唐突に走り出すと、すぐ近くの空き地で止まった。


「なにしてんだ、アイツ?」


段ボールとゴミ袋を抱えるカズキが近付くと、空き地のフェンスにもたれ掛かるようにAIVISアイヴィスが倒れていた。ライオンを模した動物型アニマロイドだ。


『グル……』


まるで同胞を悼んでいるかのように、スカイライナーは細く鳴いた。

 ライオンの動物型アニマロイドは息絶えた獣のように四足を投げ出し横たわっている。機械然として出で立ちで、鋼鉄のボディは汚れて腐食し爪や牙も欠けて。


「捨てられたのか……」

『グルゥ……』


おもむろに段ボールを降ろすと、カズキはバックから手甲型BRAIDブレイドを取り出して右腕に装着した。

 外装を手前に引き、蒼く光る手をフェンス越しにライオンへあてがう。


バシュンッ、と光る機粒菌きりゅうきんが放出された。

 けれど光子は風に流され消えてしまう。ライオンは何の変化を見せず横たえたまま。


「やっぱり無理か……」


右腕のBRAIDブレイドを外してバッグに仕舞うと、カズキは立ち上がった。


『グルォ……』

「ごめんなライナ。こいつはもう、治してやれねェんだ。片桐かたぎり先生に報告して、今度学校で弔ってやろうな』


蒼い頭を撫でると、カズキは段ボールを抱えて再び学校に足を向けた。

 後ろを付いて歩くスカイライナーが、時折引かれるように後ろを振り返る。


 機療きりょうは万能ではない。


 完全に停止したAIVISアイヴィスを再び稼働させることは今の技術ではまだ不可能とされている。

 難病を患った人間を放置すれば死に至る。そして死んだ人間は生き返らない。それと同じだ。



 ◇◇◇



 LTS第三支部校の下校定時は17時だが、多数の生徒が居残り自主トレーニングや報告書の作成に勤しんでいた。


 機療きりょうや清掃など課題に取り組んだ際、生徒はその経緯や状況をまとめた報告書を提出する義務がある。

 報告書の提出期限は課題を完了した日から4日間とされているため、多くの生徒は課題の翌日までに提出を終える。


 カズキは段ボールとゴミを学課部に返却すると、出入り口付近に置かれていた報告書用紙を1枚取って、すぐ近くの丸机に腰かけた。


「書かずに帰ってエルに小言いわれるのも面倒くさいしな」


報告書といっても現場の位置情報や作業時刻を簡潔に記入し、内容や流れを400~800文字程度に纏めれば良い。


 そうして報告書を早々に書き終え、データカードを添えて学課部のポストに投函した。担任教諭に直接手渡しても良いのだが、大半の生徒がこのポストを利用している。


 校門を出ると、夕陽がカズキとスカイライナーの背に長い影を作った。

 伸びた影を見ながら駅に向かっていると、突然にスカイライナーが反対方向に走りだした。


「おいライナ!」


慌ててカズキも後を追いかけ走り出したが、すぐに足を止めて息を呑んだ。


 視界の先に、白銀の髪をなびかせる赤い瞳の女が居たからだ。

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