第030話 炎のような瞳

 「あれは……」


目の前に居たのは赤い瞳を宿す銀髪の女。

 驚愕するカズキとは裏腹に女はこちらに気付いてすらいない。

 女はただ静かに、フェンスに囲まれた空き地を眺めている。


 見覚えがあった。


 そこは先ほど壊れたライオンの動物型アニマロイドが捨てられていた場所だ。否、ライオンは今なお力無くそこに横たわっている。


 次の瞬間、白銀の女はその場にしゃがみ込んだ。見ればカズキと同じようフェンス越しにライオンへ手を伸ばす。


 すると機械然とした動物型アニマロイドのボディが夕陽以上の輝きを発し、落ちていた暗い眼に光を灯した。


 まるで深い眠りから覚めたように鋼鉄のライオンはゆっくりと立ち上がる。

 ボロボロの装甲で銀髪の女を一瞥すると、軽やかにフェンスを跳び越えカズキに急接近した。


「うわっ!」

『グルルッ!!』


驚くカズキの隣でスカイライナーが威嚇する。

 ライオンは眼前で急停止すると、前脚を広げ鋭くカズキ達を睨み据えた。


「なんだ……?!」


先程まで横たわっていたにも関わらず、ライオンは明らかにカズキへ敵意を向けている。

 これも暴走なのか。カズキは肩掛けのバッグから手甲型BRAIDブレイドを取り出し、右腕に装着した。

 すると、その時。


「貴様は……」


白銀の女の声が、カズキの鼓膜を震わせた。

 見れば白銀の女が近づいてくる。

 芸術とも思える美しい肢体。それがオレンジ色の西日に一層と際立っていた。

 思わず見惚れるカズキを他所に、女はライオンの隣に立った。


「そうか……貴様も覚醒してしまったのか」

「覚醒?」


女の放った言葉の意味を理解できず、カズキは小さく首をひねって半歩前に踏み出した。

 

『ゴロァッ!』


ライオンの威嚇が一層と強くなった。それをなだめるように女は頭部に手を乗せる。


「こいつはいい。別を探せ」


そう告げるや否や、ライオンは『ゴロ』と低く鳴いて身を翻し走り出した。

 同時、女が赤い視線をカズキに向ける。


「貴様も〈テンシ〉になったのだな」


淡々と放たれたその一言に、カズキは大きく眼を見開いた。全身の毛穴から汗を噴き出す。


「ちょっと待ってください! 〈テンシ〉って……何か知ってるんですか!? この前も〈イロハネ〉って言ってましたよね!?」

「ああ」

「お、教えて下さい! 正直俺、此間こないだからなにがなんか……!」


身を乗り出すほど慌てふためくカズキ。反して女は努めて平静に、何も答えず踵を返した。


「あ、ちょっと!」

「付いて来い。教えてやる」


赤い横目を向けられカズキは身じろいだ。好奇心と不安、そして恐怖が頭の中でせめぎ合う。


『グルン』


けれどそんなカズキの懊悩を知る由もなくスカイライナーが尻尾を振りつつ小走りで女に近寄った。


「ライナ!」


カズキの静止など何処どこ吹く風とばかり、スカイライナーは軽快な足取りで女の長い脚に擦り寄った。


 自分の足に甘える蒼い動物型アニマロイドの頭を撫でながら、女は頭や首を優しく愛撫した。危害を加えるつもりはないようだ。


 ひとしきりスカイライナーをあやして、女は再び歩き出した。

 するとスカイライナーは尻尾を左右に振りつつ、女の美しいヒップラインの後に続いた。


「あ……あのバカっ!」


突拍子ないスカイライナーの行動に驚き呆れながらカズキも女の後を追った。

 〈イロハネ〉や〈テンシ〉のことも気になるが、スカイライナーを放ってはおけない。

 念のため右腕にBRAIDブレイドを着けたまま、カズキは前の二人に続いた。


 しばらく歩道を進んで右へ曲がれば、海沿いの道に出る。そこでマイアは足を止めた。


「ここは……」


目の前に現れたのは古びた洋館。昼休みにも話題に上がった館だ。まるでミステリー作品にでも登場しそうな洋風の佇まいを醸し出している。この冷たい人工島には似つかわしくない風体だ。


もう何年と主人の帰りを待っているのだろう。蔓植物に侵されたレンガの壁が、薄気味の悪さを一層と掻きたてている。

 

「入れ」


錆びつく鉄扉を女が開くと、スカイライナーは我が物顔で敷地に踏み入った。

 恐る恐るとカズキも続く。

 目の前には立派な玄関が待ち構え、左右には小道が伸びている。裏庭にでも続くのだろうか。


「ここで少し待て」


言い置くと、マイアはひとり屋敷に入った。

 玄関先に残されたカズキは手持ち無沙汰に館を見回した。

 館のレンガ壁に這い回る植物の根。敷地を囲う鉄柵に浮かぶ赤錆。

 格子状の外門はキシキシと風に煽られて、そこから玄関まで繋ぐように並んだ敷石。

 潮風にざわめく葉音が、カズキの背中に寒気を走らせた。


「おいライナ! やっぱもう帰ろう! なんか此処ここ気味が悪い!」

『グルル』


青ざめるカズキの嘆願も虚しく、スカイライナーはプイとそっぽを向いた。


「なんでだよ! そんなに美人が好きか! 綺麗なお姉さんに撫でられたいのか?! ウチに帰ったらエルも泉美イズミぇも居るだろ!」

『グルルッ!』


尻尾を引くもスカイライナーは頑として動じない。いよいよ抱きかかえようかと考えた、その時。


「ここで何をしているのです」


背後から若い女の声が聞こえた。


 振り返ればそこに、黒髪の少女が立っていた。


 炎のように紅い瞳で、カズキを見つめながら。

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