第028話 課題と学課部

 LTSで生徒が課題に取り組む方法は二つある。


 ひとつは教職員が生徒に直接指示を与える方法。先日に御堂みどうツルギと共に参加した機療きりょうの課題がそれだ。


 ふたつ目は学校側から提示された課題を生徒自らが選択し現場へ赴く方法。


 課題の多くは後者であり、生徒らは校内に設けられている装置を利用して課題を選択する。LTSではこの装置を専ら[掲示板]と呼んでいる。


 カズキらの通うこの第三支部校には北・南・西の各校舎に[掲示板]が設置されている。スクリーンモニターのように大きな[掲示板]もあれば、大学ノートサイズの物もある。


 多くの生徒が北館1階のエントランスや食堂横の大型[掲示板]を利用する中で、カズキは南館1階にある小型の[掲示板]へやって来た。

 HR教室が並ぶ北館とは違い、この南館は工室などの補助教室ばかりで生徒が少ないからだ。


『あ、コレなんて良いんじゃないですか?』

 

カズキが画面を操作していると、横からエルグランディアが覗き込んだ。

 彼女の白い指が示したのは、最低難易度【F】の清掃作業。


 LTSの生徒は機核療法士レイバーの卵であるものの学生であることに変わりはない。

 当然に機核療法士レイバーとしての正式な免許も持たない彼らに重要な案件は求められない。

 とりわけ機療きりょうの依頼は急を要するため、掲示ではなく教師からの直接指示に限られる。


 そのため生徒らが選択できる課題はBRAIDブレイドの操作訓練を目的とした簡易な雑用ばかりだ。清掃作業などその最たる例だろう。

 時にはLTSの広告配布や校内清掃が課題として掲示されることもある。


「まあ、コレなら危ないことも無いか」


まだ慣れきっていない手つきで課題を選択すると、手の平サイズのカードが機械から排出された。分厚いクレジットカードのような質感だ。


 指先でカードに触れると課題の詳細な内容と地図が表示される。

 教師が同伴しない場合は、原則この課題カードの指示に従って行動する。


「じゃあ行くか」

『はいっ!』

『グルッ!』


いやに元気な二人を引き連れ、カズキは北館にある学課部を訪れた。

 受付に居る女性型ガイノイドAIVISアイヴィスにカードを提示すれば、代わりに段ボール箱を渡された。何も言わずそれを抱えて、カズキらは目的の場所を目指す。


『坊ちゃまと課題に行くのはゴミ拾い以来ですね』

「そーだな」

『でもせっかくなら坊ちゃまが機療きりょうするところ見たかったです』

機療きりょうの課題なんて、そう何度も無いんだと。それに機療きりょうなんて見てて楽しいものでもないだろ。危ないし。俺なんてこないだ死にかけたぞ」

『坊ちゃまそれって……エルのことが心配で仕方がないってことですね!」


キラキラと翡翠色の眼を輝かせながら、エルグランディアはくねくねと体を動かした。


「いや別に」

『またまた〜っ! もうっ! ホントにもうっ! 坊ちゃまってば照れ屋さんなんですからっ』


ニヤニヤと照れ笑いをしながらエルグランディアはカズキの頬をつついた。勢い余って指先がめり込んでいる。


返す刀で彼女の頭を軽くはたけば、『え~ん』と泣き真似をされた。


 無視してカズキはデータカードを操作し表示された地図と写真を改める。周囲を見回し、道の向こうにある倉庫を目指した。


「ここか……?」


目の前に佇むそれは、倉庫というより物置のように小さい。

 周りには雑草の茂る空き地、がらんどうの平面駐車場、フェンスで囲われた用途不明の土地。どこもゴミが散乱していて手入れは皆無。見捨てられたように物悲しい雰囲気を醸している。


 抱えている段ボールを置いて倉庫の扉に手を掛けると赤錆が指に付いた。観音開きの扉は施錠もされていない。腐りかけの扉を開くと、鉄と砂の匂いが鼻を突いた。


『汚い所ですね~、何のお店だったんでしょう』

「店ではないだろ、たぶん」


カズキは学課部から支給された段ボールを開いた。中にはゴミ袋と使い捨てのクリーナーシート、不織布マスクに手袋やエプロンが詰め込まれていた。

 これが今日の課題だ。


 まだ入学間もないカズキらが出来る課題の多くは「誰にでも出来る仕事」や「誰もやりたくない業務」「期限に迫られていない作業」などだ。

 

普段は使われていない倉庫や街の清掃など、その典型である。


特にこの人工島デルタアイランドは個人や企業が所有する倉庫が多数あるので清掃の依頼は多い。


白い制服を脱いで黒いアンダースーツHARBEハーブの姿になった。ピッタリとしたスーツはボディラインを浮き彫りにする。傍らではエルグランディアが食い入るように凝視していた。


「なに見てんだよ」

『うふふ、眼福です――ぶっ!』


にやけた面に脱いだ制服を投げつけ、カズキは手袋とマスクにエプロンを着けた。


エルグランディアも手袋と布巾を着けて、クリーナーシートで壁や扉の埃を落としていく。


カズキの制服を首に巻かれたスカイライナーは外で大人しく待機していた。


時折集中を切らすカズキはスカイライナーとジャレたり空を見上げてサボった。その度にエルグランディアの小言が飛んで、カズキは唇を尖らせる。


そうこうするうちに清掃作業は完了した。綺麗になった倉庫を前に、カズキも少しだけ晴れやかな気分になった。

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