第062話 立花泉美のゼロ

 死にたかった。


『どうやって自分を殺そうか』


そんなことだけを考えて生きていた。


 学校はクソよりつまらない。

 周りの人間はゲロを吐くほど下らない。

 

 他人や周りと合わせるのが普通。合わせられないヤツも合わさないヤツも異常。


 皆が出来ることは出来て当然。皆ざ知ってることは知ってて当然。

 出来ないヤツは見下される。知らないヤツは馬鹿にされる。

 そのどちらもを享受できないヤツは、人間とさえ認められない。

 『自分らしく』とか『個性』とか、そんな言葉は理想と空想の中にしか存在しない幻。

 良識ある大人は教えない暗黙のルール


 アタシはそれが出来なかった。


 だから一人で生きていくしかなかった。

 それでよかった。


 たぶんアタシはこの世界に間違えて生まれてきたから。そう信じて疑わなかった。


 心に鍵を掛けて誰も立ち入らせなかった。

 汚れている自分の内側を指摘されたくなかった。


 それがアタシの選んだ〈セカイ〉だった。


 なのにアイツは……そんなアタシの〈セカイ〉を簡単に壊しやがった。



 ◇◇◇



 アイツは遠い親戚だった。

 だけど今まで会ったことはなかった。会いたくもなかった。どうせアタシは親戚からも煙たがられているから。


 親戚連中はどいつもこいつも医者だの弁護士だの社長だのと、絵に描いたような御立派な奴ばかり。

 だけどアタシの母親は駆け落ち同然に家を出て籍も入れずにアタシを産んだ。

 生まれた時には既に父親は居なかった。

 興味も無かった。


 物心ついた時から嫌われ者だった。

 肩書きのあるヤツしか人間じゃない。この世界は『普通』に生まれて『普通』に生きられるヤツしか真面まともじゃない。


 アタシは世界に『普通』と認められなかった。

 生まれた時から世界の『異常』だった。


 だからアタシは、この世界が嫌いだった。


 視界に入るもの全てがつまらなくて、耳に届くもの全てがわずらわしくて、肌に触れるもの全てが不快だった。


 アタシは世界を愛さない。

 だからアタシも世界に愛されない。


 全てを拒むことを選んだ私は誰にも見えず誰にも壊せない壁を作って、自分だけの〈セカイ〉の中に閉じこもった。


 その狭い〈セカイ〉の中で暇つぶし代わりに考えた死に方を実現するだけ……そのはずだった。


 なのにその小さい手は、積み上げてきたアタシの全てをあっさりブチ壊しやがった。


 当時アタシは中学生。アイツは幼稚園生。


 第一印象は『大嫌い』だった。



 ◇◇◇



 初めて出会ったその日。高価たかそうな服を着せてもらって、お人形みたいに綺麗なAIVISアイヴィスと手を繋いでいた。


 それだけで腹が立った。


 その頃のAIVISアイヴィスは高級外車なみに高価たかくて庶民が手を出せる品物モノじゃなかった。それを子供ガキ御守おもりに宛てがっている。


 クソみたいは現実。何の苦労も不安も知らないお坊ちゃんの笑顔はアタシの神経を逆撫でした。


 メイド服を着たAIVISアイヴィスから一度も手を離そうとしない甘ったれのクソガキ。

 アタシを見ても挨拶どころか、アイツはろくに目も合わせようとしなかった。


 なのにジジイは「遊び相手になれ」と言った。

 無視してやろうと思ったけど、母親も死んで唯一の肉親となったジジイだ。頭が上がらなかった。


 仕方な一緒に近くの川へ行った。ボードゲームやカードなんて、子供に気を利かせた物はアタシの家に無かった。


 川原に行くとアイツは一人で勝手に遊んでた。

 一言も喋らないアタシと居るより、そっちの方が楽しいのだろう。

 メイドのAIVISアイヴィスはそれを傍で見守っていた。アタシはただぼーっと座ってるだけだった。

 しばらくするとアイツが小さな足で走ってきた。


「おねえちゃん、げんきだして」


舌足らずに言いながら、ソイツは名前も分からない小さな花を束にして差し出した。

 手も顔も泥だらけにして、綺麗な服も汚して、屈託のない笑顔をアタシに向けてくれた。

 戸惑いながらも、アタシはその小さな花束を受けとった。


「アリガト」


小声で言うとソイツはにっこりと笑って、照れ臭そうに鼻の下を触った。手に泥が付いてたせいで綺麗な顔に髭が生えたみたくなった。


 その瞬間、アタシは鳩尾みぞおちのあたりがむず痒くなるのを感じた。


 気が付くと笑っていた。


 それまで築いてきたアタシの〈セカイ〉が崩れ始める瞬間だった。

 同時にアタシの中に新しい〈セカイ〉が生まれる瞬間だった。

 

 少しだけ、この世界を好きになった。


 おかげでアタシは、今日もまたこの世界で生きていられる。


 だから、アタシは――


 

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