第063話 血の繋がり

 町内レクリエーションは無事に終了し、参加者らは満足げに帰っていった。


 カズキ達も後片付けを手伝った後に帰校し、エルグランディアは立花たちばな泉美いずみと共に店へ戻った。


 片桐かたぎりたゆねが運転する帰りの車中で、居眠りしていたカズキと日室ひむろ遊介ゆうすけは寝惚け眼をこす欠伸あくびをかましながら校舎へ向かった。


 御堂みどうツルギはすぐにレポートの作成へ取り掛かったが、日室遊介は大いに渋った。

 結局ほとんど手を付けずに「疲れたから」と先に帰宅し、カズキも適当なところで切り上げた。


 が暮れるには少し早い。スカイライナーを連れてカズキは屋敷へと向かった。

 外門をくぐり右側の小道を抜ける。けれど庭先にエーラの姿は無い。


「どこか行ったのかな」


狭い庭の中を見回すカズキを尻目に、スカイライナーは居間へ繋がるテラス窓を前足でノックした。

 すると厚手の遮光カーテンと一緒に、大きな窓が音を立てて開かれた。


「不法侵入とは、いよいよもって犯罪者になるおつもりですか」

「だれが犯罪者だ。遊びに来ただけだ」

「そういうことにしておきましょう。てっきり私の淹れた紅茶の香りに虫の如く惹きつけられたのかと思いましたが」

「紅茶? そういや、なんかいい匂いがするな」

「お召し上がりになりますか」

「じゃあ、貰おうかな」

「ならば御用意いたします。どうぞ、玄関から御上がりください」


そう言うとエーラはスカイライナーだけ招き入れ、テラス窓を閉めた。

 玄関から邸内に入った瞬間、心地よい香りに包まれるようだった。靴を脱ぎ揃えると、カズキは足早に居間へ向かった。


 西日が差し込む部屋のローテーブルには、2脚のカップが並べられていた。何を言うまでもなく一人掛けのソファへ腰を下ろせば、エーラがポットから熱い茶を注いだ。


「この紅茶、お前が淹れたのか」

「ええ。マイアに教わりました。彼女のように上手くはありませんが」


差し出された紅茶は、白いカップの中で美しい薄紅色を湛えている。

 「いただきます」と、カズキはストレートで一口目を味わった。


「美味い」

「そうですか」


隣に腰かけたエーラも、気品ただよわせる振舞いで紅茶を口にする。


「あ、そうそう」


思い出したようにカズキは鞄の中から紙袋を取り出して、それをエーラに手渡した。

 「これは」と物珍しそうに受け取って、網目模様をしたそれを見つめる。


「メロンパンだよ。もう冷めてるけど」

「めろんぱん……」


手の中のそれをじっと見つめたまま、エーラはメロンパンを鼻先に寄せて息を吸った。


「甘くて、体の奥に届くような香りですね」

「焼きたてはもっとイイ匂いだろうけど」


待ち切れない様子で、エーラは「いただきます」とパンを齧った。

 ザクザクとクッキー生地の快い音が響く。味わいながら咀嚼し、上品に喉を鳴らして飲み込んだ。


「面白い食感ですね。硬いようで柔らかいようで、不思議です。まろやかな甘みも心地が良くて、癖になりそうです」

「よかった」

「貴方は召し上がらないのですか?」

「俺はいい」


言いながらカズキは笑って手を振った。

 するとエーラは食べる口を止めて、メロンパンをじっと見つめた。

 かと思えば端の欠けたパンを二つに割って、無言のまま一方をカズキに突きつけた。


「どうぞ」

「え? あ、いや俺はいいよ。全部食べな」

「私はこれで十分です。もともと、食事は摂らなくとも良いのですから」


引きそうにはなきエーラの腕。渋々とカズキは半分になったそれを受け取り、二人一緒に食べた。

 甘く蕩けるような感覚が、静寂の中にいる二人を包み込んだ。


「もしかしてこれ、お前がかじった方か?」

「私の持っている方が大きかったので」


素っ気なく答えるエーラに「じゃあこれも食えよ」と手元のパンを渡しかけたが、出掛かった声を喉の奥で塞き止め紅茶で流し込んだ。


「ところで、今日マイアさんは?」

りません。このところ、一日の殆どを外で過ごしています」


そう言って、エーラは小さく首を振った。


「家に居る間は、外の生活や日常について私に教授しています。この紅茶の淹れ方もマイアに教わりました。茶葉もマイアが用意したものです」

「彼女、外に出掛けて何してるんだ?」


問われ、俯くエーラはまた首を左右に振った。


「分かりかねます。ですが、日に日に外出の時間が増えているようです。身寄りも無いこの地でマイアが何をしているのか、私には見当も付きません」


「外の話は聞かないのか?」


「確かに以前は毎日のように外で見聞きしたことを私に話してくれました。私が現れて間もない頃には、風景や街並み、人間達の様子など事細かに聞かせてくれました。

 ですが最近は茶の淹れ方や買い物の仕方など人間の生活を教えられるばかりで、何気ない会話は無くなりました」


まだ熱さが残る紅茶を飲みながら、カズキはマイアに屋敷ここへ連れられた日のことを思い出した。


「マイアは私を妹のように扱っていますが、それは我々が生まれた時、偶然近くに居合わせただけのことです。血の繋がりなど無論ありません」


まるで遠い過去を想起するかのように、どこを見ずともエーラは語った。

  いつもと同じ熱の籠もらない表情だが、その横顔にカズキは哀愁に似た物悲しさを覚えた。


「分かるよ、その気持ち」

「……貴方に何が分かるのですか」


微笑むカズキに反し、エーラはムッと唇尖らせ紅い眼で睨んだ。


「俺も、泉美姉ぇとは本当の姉弟じゃないから」


瞬間、エーラから苛立ちの色が消えて小さな驚きに変わった。


 カズキはまたひとつ、メロンパンを齧る。

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