第079話 片桐誠の願い

 『半分正解だ』


明るい声の返答。その口調と佇まいを前に、カズキはふと片桐たゆねを重ねてしまった。

 赤鎧片桐誠は尚も続ける。


『私は何もAIVISアイヴィスになりたっかった訳じゃない。ただ不死の肉体が、恒久的な時間が欲しかった。学者として研究に没頭していたかった』


「なら不老不死の世界でも望めば良かっただろ」


突き跳ねるように言い返せば、赤鎧片桐誠は『チッチッチ』と人差し指を振った。


『それはナンセンスだ。物事には終わりがあるから良い。不老不死など願えば今度は死への渇望と葛藤が生まれる。

 その点、自分の意思でいつでもピリオドを打てるAIVISアイヴィスの体は私の願う世界に最適だ。

 機粒菌きりゅうきんさえあれば半永久的に活動が可能。壊れれば替えも利く。異常が生じても機核療法士レイバーという専門家も居るのだから』


『じゃ、じゃあLTSを創設されたのもそのためなんですか……?』


『無論だよ』


呆気に取られるエルグランディアを一瞥して、赤鎧片桐誠は嘲笑的な声で答えた。


『なによりAIVISアイヴィスが当然となったこの世界なら、今のような姿で出歩いたとて問題にならない。

 ただこの姿は御堂君の鎧を模しているが故に、少々目立ってしまうがね。普段使いの機体なら街を歩こうと見向きもされないよ』


「体を入れ替えてるのか?」


『そうだよ。最初は上手くいかず苦労したがマイアにAIVISアイヴィスを支配させ、時には鹵獲ろかくし、研究を重ねてやっと成功した』


言われてカズキはネズミの版権型キャラロイドのことを思い出した。あれも恐らく研究材料なのかと。

 カズキは黒い拳を握り締めた


『……おっと、少し話が過ぎたね。老害はこれにて退散させて頂こう。

 くれぐれも私が殺すまで他の〈テンシ〉や〈アクマ〉に殺されないようにね、長瀬君……いや、緋羽あかはねの魔王』


あっけらかんと言い残せば、赤鎧片桐誠は悠々と手を振り扉から出ていく。

 気が抜けるほど淡泊に、脅威は去った。


 「う……うう……」


庫奥から御堂ツルギの唸り声が聞こえた。

 横たわる白羽の〈テンシ〉に歩み寄ると、カズキは膝を付いて赤い腕をとった。


「立てるか」


肩に手をまわし、足元の覚束ない御堂ツルギを支えて立たせる。


「長瀬……なぜさっき僕を助けたんだ……僕は君達を殺そうとしたのに……」


「別に。俺達が、そうしたいと思っただけだ」


御堂ツルギは一瞬驚いた。けれどすぐに「フッ」と鼻で嗤う。

 ほぼ同時に御堂ツルギ身体が眩く輝いた。

 学校指定の白い制服姿に戻り、傍らには赤い馬の動物型アニマロイドが現れる。


「なんでだよ長瀬……そんな甘い考えで何が守れるんだ……」


「知るか」


カズキは赤馬の動物型アニマロイドの背を叩くと、虚脱する御堂ツルギを仰向けに乗せた。

 腕を垂らして瞳も虚ろ。赤馬・ブラエストギアスの背上で、御堂ツルギはボロの天井を仰いだ。


「僕は君達のことを殺そうとした………そんな僕が命を救われるなんて間違ってる」


「分かってるよ」


ぶっきらぼうに答えると、カズキは黒い右手を御堂ツルギの胸に充てた。

 掌から緋色の光子が放たれた。

 あかく輝く粒子が体に浸透して、体から疲弊感が抜けていく気がした。


「本当は自分でも正しいの思ってなかったんだろ。お前は自分を信じられなかった。

 だけど責任とか正義とかを理由に、ずっと自分を誤魔化してたんじゃねェのか」


「……ああ、そうだ」


何も言い返せなかった。

 自らの恥部を強引に晒されたような、隠していた汚れを明らかにされた気分だった。


「僕は卑怯者だ……臆病で見栄っ張りな大馬鹿だ。いっそのこと、このまま僕も死んでしまいたい」


隠すように、御堂ツルギは右腕で目頭を覆った。


「それがどうした」


顔を隠した腕の隙間から、御堂ツルギは視線の端をカズキに向けた。


「臆病だからなんだ。見栄っ張りだからどうした。

 お前が居たからマイアさんは今日まで生きてこれたんだ。そのマイアさんが居てくれたからエーラも生きられた。俺もそうだ」


「君も……?」


「そうだ。LTSに入学して今までやってこれたのは、お前が一緒に居てくれたからだ。

 俺達はみんな、お前に救われたんだ」


「………」


御堂ツルギは再び目元を腕に隠した。

 その隙間から一筋の滴が流れて落ちる。

 その涙が何を意味しているのか、御堂ツルギ自身にも分からなかった。


 初めて味わう感情。

 腹の中で蓄積する暗雲。

 それらとどう向き合えば良いのか分からず、顔の上で拳を握った。


「……でも僕は、君を殺す。片桐博士がどんな世界を願っているかは分からないけど……このまま僕が何も成さなければマイアの死が無駄になる。それだけは出来ない」


「ああ、分かってる」


カズキが赤馬の尻を触れ叩くと、ブラエストギアスは静かに歩き出し、御堂ツルギを乗せて倉庫から去っていった。


 その姿を見送るや、カズキは全ての力が抜け落ちたように倒れてしまった。


『坊ちゃま!』


再び訪れた朦朧の視界。エルグランディアの声も霞に覆われたよう。


 揺蕩たゆたう意識は深い闇の中へ沈んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る