第078話 赤鎧の正体

 けたたましい音と共に現れた赤鎧が、御堂みどうツルギの前に立ちはだかる。

 三叉の槍を掴んだ赤鎧は、驚愕に目を見開く御堂ツルギの身体ごと強引に投げ飛ばした。


 突然の出来事に黒紫の鎧を纏うカズキも言葉を失くしていた。

 そんな〈魔王〉に、赤鎧がゆっくりと振り返る。


『危ない所だったね。無事かい?』


赤鎧が声を発した。澄み切ったその声音は、爽やかで優しい青年男性を思わせる。

 始めて耳にした赤鎧の声。にも関わらずカズキはその口調に既視感を覚えた。


「お前は、誰だ」


紅蓮の瞳で赤鎧を睨み据えれば、赤鎧は静かに体を向けた。


片桐かたぎりまことと言えば分かるかな。長瀬ながせ一騎かずきくん』


見透かすかのような無機の眼に反して、ひどく人間臭い無駄なオーバーリアクションを加えて答えた。


『嘘です!』


瞬間響いたのはエルグランディアの声。


『片桐博士は何年も前に亡くなられてます! もし御存命だったとしても、そんなに若い声のはずがないです! だって博士は片桐先生の御祖父おじいさんなんですよ!』


『それは関係ないよ、エルグランディア』


赤鎧……否、片桐誠は声で笑いながら三叉の短剣を取り出した。ギラリと光る3つの刃にエルグランディアは萎縮したよう閉口する。


 咄嗟にカズキは黒い拳を握りしめた。同じくして苦悶の表情を呈す御堂ツルギも立ち上がる。

 すると御堂ツルギは赤鎧片桐誠が握る三叉の短剣を目にして驚いた。


「それは……」


『ああ、これはマイアの鎧から生成したものだよ。何度も試作を繰り返しようやく作ることが出来たんだ。

 せっかく御堂君の美しい結晶刃を模したというのに、この剣がもう作れないかと思うと残念でならないよ』


言いながら赤鎧片桐誠は御堂ツルギの持つ三叉の結晶刃を指し示した。


『それにしてもマイアは本当に頑張ってくれた。欲を言えば彼女を使って御堂君を〈王〉にしたかったが、これほど早く〈王〉を見つけ出すことが出来たんだ。結果オーライというところかな』


再び再びカズキに視線を送った赤鎧片桐誠剽軽ひょうきんに頷いてみせた。


「ふっ……ふざけるなぁあ!!」


赤鎧片桐誠に、御堂ツルギが怒号を張り上げた。

 嚇怒かくどの御堂ツルギは三叉の槍を構え片桐誠に飛び掛かる。


『おやおや、乱暴だね』


けれど御堂ツルギの力無い攻撃は、片桐誠の赤い腕にいともあっさり防がれて、カウンターに右ストレートを顔面に喰らう。

 片桐誠の足元で御堂ツルギは膝を折り血の涎を垂らした。

 その頭上で、片桐誠が短剣が振り上げられる。


『〈王〉が誕生したんだ。〈テンシ〉の君は、もう要らない』


ギラリと3つの刃が光った。けれどその手を、ズキの黒い左手が掴んで止める。


『おやおや、なにをするんだい長瀬君。私は君のために手を汚そうとしているんだが?』


「俺がいつ、そんなこと望んだ」


掴んだ右手に力を込めると、赤鎧の太い腕を捩じり上げた。

 赤い金属の面をカズキの視線が射抜く。

 赤鎧片桐誠はわざとらしく肩を竦めた。


『分かったよ。今はまだ君と戦うつもりはない』


両手もろてを上げて赤鎧片桐誠三叉の短剣を床に落とした。かと思えば御堂ツルギに強烈な蹴りを見舞う。

 蹴とばされた御堂ツルギは壁に叩きつけられ、汚い床を転がされた。


 けれどカズキは赤鎧片桐誠を睨みつけたまま微動だにしない。決して御堂ツルギを振り返らない。


『失礼したね長瀬君。お詫びとっては何だが、君の疑問に答えようじゃないか』


「俺の疑問……?」


『違うのかい? 私にはそんな風に見えるけれど』


言われてカズキは数瞬間だけ黙考すると、赤い瞳で見据えながらおもむろに口を開いた。


「アンタは前の〈イロハネ〉で、この世界を創り変えたんだろ」


『ああ、そうだよ』


AIVISアイヴィスを……機粒菌きりゅうきんを世界に撒き散らしたのは、そんな体になるのが目的だったのか?」


問われた赤鎧片桐誠は『ふむ』と顎に手を遣った。


『半分正解だ』


明るい声音の返答。その口調と佇まいを前に、カズキはふと片桐たゆねを重ねてしまった。

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