第077話 世界と〈セカイ〉

 〈アクマ〉の中から〈王〉は生まれる。


 それは言葉や映像で得た情報では無い。少なくとも御堂ツルギはそうだった。

 だが胸の内に存在する確信。神より授かった天啓や信託という言い方が正しいかもしれない。

 だからその言葉に疑いを持たなかった。

 

 今の今まで御堂みどうツルギは〈アクマ〉という群体ぐんたいから〈王〉という卓越した個が生まれる、或いは進化するものだと考えていた。


 けれど現実は違った。

 たった今それを理解したのは。


 〈王〉とは授かるもの。

 認められ、受け継ぐことで頂く象徴。

 長瀬ながせカズキの瞳に宿る〈アクマ〉と同じ紅蓮色が、それを明確に認識させる。


 その考えに至った御堂ツルギは、驚愕と焦燥に歯を噛み締めた。


緋羽あかはねの……〈王〉」


口をついたその言葉も既知ではなかった。〈王〉が誕生し目の当たりにした瞬間、彼は理解したのだ。

 

「エーラさんが〈王〉だった……いや、彼女の中に芽生えた〈王〉の因子を長瀬が取り込んだことで、〈王〉を発現したのか」


冷たい汗を浮かべる御堂ツルギが解を示す。けれどカズキは何も応えず表情にも色を出さない。

 エルグランディアを解放した御堂ツルギは鎧の足を踏み出し〈王〉の眼前で立ち止まると、三叉槍の結晶刃を紅い瞳に突きつけた。


「だけどこれで話は早くなった。君が一人死んでくれれば、このゲームは終わる。エルさんが納得出来ないなら僕をなぶり殺してくれて構わない。

 君の家族やエルさんが望む世界を、僕が代わりに叶えてもいい。だから――」


「嫌だ」


御堂ツルギが言い切るより早く、カズキは黒い右手で眼前の三叉槍を払い退けた。


「俺はまだ、みんなと一緒に居たい」


僅かに腰を落とし左手を伸ばせば、赤い鎧の腹部に触れる。

 ゾクリと背筋に悪寒が走って、御堂ツルギは反射的に後ろへ跳んだ。


 紅く冷たいカズキの眼が、それを追う。


 御堂ツルギは身を震わせた。その表情には余裕など微塵も無い。

 だが戦慄せんりつする心と体に鞭を打って、すぐさま三叉槍を構え直した。


「はぁあああっ!!」


 飛箭ひせんの如き速さで繰り出される槍捌やりさばき。カズキはそれを紙一重に躱してみせる。

 突き、払い、薙ぎ……繰り出される怒濤の攻撃を顔色一つ変えず躱していくカズキ。


 御堂ツルギはまた苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。


「なにが……なにが『一緒に居たい』だ!! 

 そんな子供みたいな我儘が通るほど世界は優しくない! 僕だって本当なら……!」


はらの内で積もる感情が、焦りと苛立ちによって爆発する。

 それでも御堂ツルギは自分を押し殺す。

 貫くのはあくまで正義。

 眉間に皺を寄せコメカミに血筋を浮かべ縦横無尽に三叉槍を捌いた。


「言っただろ! この世界には沢山の国がある! 数えきれない人達が生きてる! 君の身勝手な我儘で、世界中を危険に晒してもいいのか!!」


「知るか、そんなもん」


「……っ!?」


刹那、甘く撃たれた御堂ツルギの一撃。

 カズキの赤い瞳はそれを見逃さない。右手で槍の柄を掴むと、御堂ツルギの身体ごと強引に寄せて左の掌を赤い胸板に触れ当てた。


 痛みも衝撃もない。けれど妙な怖気が御堂ツルギの脚を退かせる。

 それをカズキの冷えた赤眼が追った。


「国だの人類だの世界だの、俺の知ったことじゃねェんだよ。

 見たこともねェ場所も、会ったことねェヤツも、俺には関係ない」


「か……関係ないだって?! 君にとって世界は、命はそんな程度のものなのか!!」


「お前の言う『世界』は知識と常識の『世界』だ。俺の〈セカイ〉は、今この瞬間だけだ」


「そんな台詞を、よくも……」


苦々しい様相で、御堂ツルギは半身に槍を構えた。同時に背中の白い粒子の羽が一層と輝きを増す。


「君はただの〈王〉じゃない! 〈魔王〉だ!」

「どっちでもいい。俺の〈セカイ〉が、その程度で守れるなら」


二人は同時に地面を蹴った。

 攻め立てる御堂ツルギの連撃を〈魔王〉カズキは余裕でいなす。

 息一つ乱さないカズキに反して御堂ツルギは攻撃を繰り出すたび額に浮かぶ汗が増していった。


(なんなんだ、これは……!)


見ればカズキのあかい結晶の羽は更に輝きを増している。

 対して御堂ツルギの白い羽は徐々に委縮し、放出する光子も少ない。

 心なしか、先程より体が重い。

 それでも御堂ツルギ必死に槍を繰り出した。

 撃てば打つほど蓄積される疲労と焦燥。その渦中で御堂ツルギはそれを見た。


 カズキの羽から漏れ出でるあかい光子が、エルグランディアやスカイライナーの元へ流れゆく様を。


『お、おかしいです。エル、どんどん元気になっていきます! 充電してるみたいに、エルの体の中にエネルギーが流れこんできます!』


赤く輝いて見えるほど、大量の光る粒子がエルグランディアの体を取り巻いている。

 スカイライナーも軽快な足取りでエルグランディアの元に駆け寄った。


(まさか…!!)


その光景を見ていた御堂ツルギは、自ら答えを導き出した。

 自身の機粒菌きりゅうきんがカズキの左掌から吸収されているのだと。

 そうして高濃度に蓄えられたエネルギーはあかい羽から放出されて、エルグランディア達へ遷移しているのだと。


「これが〈王〉の能力……!」


口惜しかった。恨めしかった。自分の非力さが腹立たしかった。

 だがそれ以上に、御堂ツルギはカズキを称賛していた。誇らしいとさえ思った。


 けれど『不謹慎だ』と自らをいさめ、一層の力を込めて槍を振るう。


(長瀬はさっきまでボロボロだった! 姿を変えようと長くはたないはず!)


眼の端で後ろを確認すると、御堂ツルギは大きく後ろへ跳んだ。

 追いかけるカズキも足を踏み出したが、すぐにブレーキをかけ体を強張らせた。

 目の前に、機療きりょうしたライオンのAIVISアイヴィスが横たわっていたから。


(今だ!!)


その隙を逃すことなく、御堂ツルギはすかさず戟刃げきじんを放つ。

 心の片隅で確信する勝利。

 だが、その直後。


 ――ドドォオッ!


 けたたましい音と共に現れた赤鎧が、御堂ツルギの槍を掴んだ。

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